3ー6 決断

「え、まさか――ブラウンガルム!? この森にどうして魔物がいるの!?」


 クラウディアがうろたえる。


「考えるのは後だ。ブラウンガルムは狼が変異したと言われる低級の魔物だ。魔物化で強くなっているが、落ち着いて当たれば十分に対処できる!」

「う、うん、分かった!」


 叱咤すれば、すぐに平常心を取り戻した。

 クラウディアは意外とメンタルが強い。


「お兄ちゃん、そっちに行ったっ!」

「おうっ!」


 ティリアが討ち洩らした一体がこちらに突っ込んでくる。俺は自ら一歩踏み出し、先の先を取ってブラウンガルムに剣を振るう。

 だけど――


「なっ!?」


 まっすぐ突っ込んできたブラウンガルムは、けれど俺が動くのと同時に側面へと飛んだ。カウンターにはなった剣は虚しく空を斬り裂いた。

 その一瞬の隙に飛び掛かってくるが――


「舐めるなっ!」


 グッと大地を踏みしめて剣を切り返す。その一撃は今度こそカウンターとなって、飛び掛かってきたブラウンガルムを撃ち落とした。


 ただ、切り返したせいで威力が弱かったのか、ブラウンガルムはすぐに起き上がった。まだ敵意は失われていなかったが、俺はすかさず追撃を放って今度こそトドメを刺す。


 狼より強くなっているが、慣れれば対処は可能なレベルだ。続けて、残っているブラウンガルムも連携を取って倒していく。

 結局、戦闘が終われば、地面には八体のブラウンガルムが倒れていた。


「もう、いないな?」

「少なくとも、感じ取れる範囲に気配はないよ」

「よし、じゃあ……」


 俺は非常時を知らせるため、魔術で空に赤い光を打ち上げた。ほどなく、その光を察知したであろうlive中継用の魔導具が近付いてくる。


 それに見えるように、足下に倒れている魔物の群れを指し示す。

 魔導具の一部が明滅して、そのまま待機。

 しばらく待っていると、カルロス先生が駆け寄ってきた。


「魔物が出たというのはここか!?」


 報告を求めるカルロス先生に、俺が代表で答える。


「はい。ブラウンガルムに襲われました」

「……たしかに、これはブラウンガルムだな」


 カルロス先生は足下の魔物を見聞した後、手首に填めた魔導具に向かってなにかを告げる。続けて、魔導具からも声が聞こえて着た。

 どうやら、あれで本部と連絡を取り合っているらしい。


「魔物はこれですべてか?」

「確認できた八体はすべて倒しました。ただ、ここに魔物が出たと言うことは……」

「ああ。瘴気溜りが発生しているのだろうな。これで終わりのはずはない。いま、魔導具を総動員して、瘴気溜りの場所を特定している最中だ」


 さすがに手際がよいな。


「ノア、ティリア、クラウディア、緊急時にも動じず、よく知らせてくれた。早期に気付くことが出来たおかげで、被害は最小限に抑えられるだろう」

「役目を果たしたまでです。ひとまず、模擬訓練は中止ですかね」

「そうなるな。いま、他の先生達が中止の知らせをおこなっている最中だ――と、待て」


 カルロス先生の腕輪から再び声が聞こえる。

 その報告によると、チェックポイント付近に瘴気溜りが発生しているらしい。


「……ちっ、狙ったように森の中心に発生してやがる。いまから聖女を伴う浄化チームを急いで派遣しても、半日以上は掛かるな。それまでに、かなり魔物が増えそうだ」


 カルロス先生が顔をしかめた。

 無理もない。


 時間が経てば立つほど、瘴気溜りは周囲の動物を変異させていく。

 一定の時間を越えると魔物の増加は緩やかになるのだが、瘴気が発生した直後は爆発的に魔物が増えていく。半日という時間は、敵の戦力を大幅に拡大させてしまうだろう。


 俺はティリアやクラウディアと頷きあった。


「カルロス先生、俺達が向かいます」

「……なに?」

「俺達は明日の朝一で到着できる位置まで付けています。いまから強行軍をおこなえば、それほど時間を掛けずに瘴気溜りに到着できるはずです」

「生徒にそんな危険な真似をさせられるか! 普通の獣や殺さずの魔剣を使う俺達の攻撃で致命傷を負うことはまずないが、魔物の場合はその限りじゃないんだぞ」

「だからこそ、です。浄化チームの派遣を待てば、生徒に被害が出るかもしれません。他のチームがすべて、強行軍で森から抜け出すのは難しいでしょう」


 瘴気溜りの中心に近付くほど危ない。

 そして生徒の多くは、瘴気溜りを目指して野営中だ。明日の朝一で撤退を開始したとしても、既に周囲には魔物が多く生息しているだろう。

 だからといって、いますぐに無理して撤退すれば、獣などに襲われる危険がある。


「それは、その通りだが……」


 先生はそこで言葉を濁し、ティリアとクラウディアを見た。未熟な一年と、実戦訓練の乏しい聖女を危険に晒すことを問題視しているのだろう。


 それを理解してしまえば、俺も反論の言葉が出てこなかった。赤の他人よりも、クラウディアやティリアの安全の方が重要に決まっている。

 だけど――


 再び、カルロス先生の持つ腕輪の魔導具より報告が届く。

 魔力溜りからとても近い位置に、ガゼフ達のチームが野営している、と。その報告を聞き終えた先生が、表情を険しくして俺を見た。


「俺はいますぐチームの救援に向かう。だからノア、おまえ達は撤退しろ」

「……どういうことですか? さきほど、ガゼフのチームと聞こえました。であるなら、同行しているのはレティシア、第三階位に至った聖女のはずです」


 聖女は第三階位で瘴気を払う奇跡、聖域を授かる。レティシアが瘴気溜りの近くにいるのなら、聖域で瘴気を払って解決するはずだ。


「……そうか。おまえ達はガゼフ達と同じクラスだったな。あいつらは一番になるために無茶な強行軍をおこない、かなり消耗しているらしい」

「無事、なんですよね?」

「現時点では無事だ。ただ、聖女が魔力の使いすぎで疲弊している。ゆっくり休まなければ聖域は使えないそうだ」

「そんな、むちゃくちゃ危険な状況じゃないですか!」


 瘴気溜りの付近は一番多く魔物が発生する。

 そんな場所でゆっくり休むなんて不可能だ。


「分かっている。だから、瘴気溜りに一番近い俺が救援に向かうんだ。おまえなら、先生が付き添わなくても、仲間を連れて無事に撤退できると信じて、な」


 今度は、カルロス先生が俺から視線を外すことはなかった。だが、クラウディアとティリアを無事に撤退させろと、俺に言っていることは明らかだ。


 俺が答えに窮した瞬間――


「私達も、先生に同行します!」


 まるで俺の葛藤を知っているかのように、クラウディアが名乗りを上げた。

 

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