3ー5 フラグ回収
食事を終えれば、睡眠の時間がやってくる。
だが同時に襲撃を警戒して、見張りを立てる必要もある。
「見張りは俺とティリアが交代で、かな」
「え、私もするよ」
クラウディアが名乗りを上げる。
「いや、森に不慣れなクラウディアが見張りは危険だろ。それに、聖女はいざというときに体力と魔力が必要だ。寝られるときに寝た方がいい」
「むぅ……」
物凄く不満気な顔。
どうしたモノかと考えていると、ティリアが「良いんじゃない?」と口を開いた。
「さすがに一人で任せるのは危険だけど、クラウディアお義姉ちゃんだって、これから森に入ることになるんでしょ? なら、ここで練習しておいた方がいいと思う」
「……なるほど、それもそうか。なら、ティリアとクラウディアが先で、俺は後かな」
どちらが大変と言われると悩ましいが、夜中に起きて朝まで見張る方が少しキツい。ついでに言えば、クラウディアが先に見張れば、途中で眠くなったときに眠ることが出来る。
「そうだね、クラウディアお義姉ちゃんは先の方がいいね。でも私は先に寝させてもらうよ」
「……良いのか?」
「うん。と言うか、もう眠い」
ティリアはそういって、さっさとテントの中に引っ込んでしまった。
ずいぶん気遣われた気がするが……まぁ本当に眠いのもあるんだろう。うちの妹様はなかなかに健康的な生活を送ってるからな、俺と違って。
そんなことを考えていると、クラウディアが俺の隣に腰掛けた。
「ねぇ、ノア様。さっき言ったよね。私のためにエンド王子のところに留まってたって」
「……あぁ、そう言った」
肯定が、同時に違うことも肯定すると理解した上で頷く。
クラウディアは不安と期待をないまぜにしたような顔で俺を見た。
「ノア様は……私と子供の頃に会ったこと、覚えてたの?」
「ああ、覚えてるし、すぐに分かった。その夜色の髪に、意志の強そうなアメシストの瞳。いたずらっ子のように笑うクセとか、そっくりだったからな」
そうだ。
俺はクラウディアと再会してすぐに、彼女が俺の初恋の相手だと気付いた。
だがそれは、彼女がエンド王子の婚約者だと紹介されたときでもあった。
クラウディアとエンド王子の婚約は、侯爵の後押しがあって、陛下が許可をしたと聞いた。
一介の騎士である俺には、どうやっても手の届かない存在となっていた。
だから俺は、クラウディアを護るために、エンド王子の護衛騎士になった。
「クラウディアが俺のことを覚えてなかったとしても、一緒にいることが楽しかったんだ」
「……私も、だよ。私はノア様の側にいたくて、聖女になることを決断したんだから」
俺の前から急に消えた平民の女の子。彼女が聖女見習いとして俺の前に再び現れたとき、急に消えのは聖女になるためだったと知った。
せめて、お別れ位して欲しいって思っていたけど……
そっか、俺と再会するため……だったんだ。
「クラウディア……」
「ノア様……」
互いに見つめ合う。
たき火のパチパチと弾ける音が響き、クラウディア顔を炎が照らしている。その頬が赤く染まっているのは炎の光だけじゃないだろう。
アメシストの瞳も濡れていて――
「……そういえば、撮影されているんだったな」
顔を近付ける寸前、その事実を思いだした。
クラウディアもハッとして、ますます頬を赤く染める。
「そ、そうだったね」
捨てられた子犬みたいな顔をした。
「……クラウディア、家に帰るまで我慢だぞ?」
「も、もうもうもうっ! 私、そんなに欲しがりじゃないよっ!」
「違ったのか?」
「ち、違うよぅ。ただ、その……早く帰りたいなぁとは思ったけど」
恥ずかしそうに視線を逸らす。クラウディアがヤバイくらい可愛い。
「でもまぁ……そうだな。俺も早く帰りたいよ」
「……ノア様」
「いつ襲撃があるか分からない状況だと気が休まらないからな」
「……ノア様?」
一度目は甘えるように、二度目はジトッとした視線と共に名前を呼ばれた。勝手に誤解しただけなのに、俺がクラウディアを弄んだみたいな目を向けるのは止めて欲しい。
「クラウディアはあまり実感がないかもしれないが、ホントに油断は出来ないんだぞ。野営中は狙撃される可能性だってあるんだ」
「そ、狙撃っ!?」
クラウディアがびくりと身を震わせて周囲を見回す。
「ここは王都近くの森だから、その可能性は低いけどな。他所に行けば野盗が矢を射かけてくる可能性だってあるし、魔物が発生している地域なら、魔法が飛んでくる可能性もある」
「じゃ、じゃあ……いまは大丈夫?」
少し怯えさせてしまったようで、クラウディアが身を寄せてくる。
「獣はもちろん、先生も遠距離での不意打ちは仕掛けてこない。警戒はしているけど、実際に狙撃される可能性はほとんどないだろうな」
これは別にフリでもなんでもない。
王都の側にある森で、しかも今日は魔導具で撮影されている。そんな一大イベントに野盗なんかが紛れ込むのはたんなる自殺行為だ。
魔物の場合も同じだ。
もし仮にこの森に瘴気溜りが発生しても、最初は魔物化した獣が襲ってくるだけだ。
それでも十分に脅威だし、この森は獣が多いので大変なことにはなるかもしれないが、最初から魔術や弓を扱うような魔物は滅多に出現しない。
「ただ、先生の場合は……気配を消すのが上手いからな。剣で不意打ちをされる可能性が否定できない。気を付けないと――危ないかもしれないな」
途中で気配を察知して、けれどなんでもない風に会話を続ける。それから身振りで、クラウディアにティリアを起こすように頼んだ。
クラウディアは息を呑んで、それから強張った顔でティリアを呼びに行った。
「……先生の襲撃?」
即座にティリアが簡易テントから抜け出してきた。遠征用の軽装備を身に纏ったまま眠っていた彼女は、即座に戦える状態を保っている。
「気配がいくつかある。だが、これは……」
人の気配じゃない。
だが同時に、狼のような獣とも違うプレッシャーを感じる。
刹那、辺りから草を掻き分けるような音が響く。
「――来るぞっ!」
即座に立ち上がって迎撃の態勢に入る。茂みから抜け出し飛び掛かってきたのは四足歩行の生き物――狼が変質したといわれる魔物だった。
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