2ー4 男の言い訳は無意味に長い

 その日の夜。クリフォード王子の屋敷に間借りしている部屋。クラウディアと共にマッタリした時間を過ごしていると、唐突にノックの音が響いた。


「はい、どちらさ――っ」


 扉を開けた俺は息を呑んだ。

 無言で扉を閉めようとするが、扉の前にいた男女の片割れ、金髪ツインテールの少女が扉のあいだに足を滑り込ませてきた。


「ノアお兄ちゃん、どうして扉を閉めようとするのかな?」


 笑顔を浮かべているが、その青い瞳はちっとも笑っていない。ちなみに、このツンツンしてるのが妹のティリア。その隣に立つ優男が兄のラファエルである。


 二人とも線は細いが騙されてはいけない。

 兄は俺よりも強いし、妹も優秀な騎士――しかも見かけによらずパワータイプである。魔術で自己強化しているのだが、その細い腕で大剣を軽々と振り回す。やべぇヤツである。


「……ノアお兄ちゃん、なにか失礼なことを考えてない?」

「いいや、また一段と強くなってそうだなって思っただけだ」

「ならいいけど……どうして閉めようとしたのかな?」

「いや、それは――」


 部屋にクラウディアがいるからだ。なんて言える訳がない。

 なかったのだが――


「ノア様、お客さん?」


 速攻でバレた。



 そんなこんなでリビング。

 ローテーブルを挟み、俺は兄妹と向き合ってソファに座っていた。


「どうぞ、紅茶です」


 そつなく、クラウディアが紅茶を並べてくれる。

 それを受け取ったラファエル兄さんはちらりとクラウディアを見た。


「……ずいぶんと、露出の高いメイドだな」


 クラウディアがびくりと身を震わせて、俺は思わず顔をそむけた。


「なんだ、ノア、どうかしたのか?」

「いや、その……えっと」


 色々なパターンでの言い訳を考える。

 だが、下手な誤魔化しはクラウディアを悲しませることになるだろう。


「出来ればここだけの話にして欲しいんだが、彼女は俺の恋人だ」

「……ほぅ? メイドと付き合っているのか」

「いや、そうじゃなくて、えっと……」


 クラウディアはすまし顔だが、その耳が赤くなっている。

 物凄く気まずい。

 察してくれなくても良いから、それ以上は突っ込まないで欲しい。


「なんだ、ハッキリしないヤツだな。俺は別に、おまえが使用人と付き合おうと文句を言ったりはしない――ぐふっ!?」


 ラファエル兄さんが突然くの字になった。一瞬だったが、隣に座るティリアの拳が、ラファエル兄さんの鳩尾に突き刺さるのが見えた。なんて強烈なツッコミ。


「……おま、なに、を……っ」

「察しの悪いダメダメお兄ちゃんは黙ってようね」

「は? なにを言って……」

「い い か ら」

「……分かった」


 妹、つおい。

 だが、今日ばかりは察しのよいティリアに感謝だ。

 そのティリアが、クラウディアを見上げる。


「初めまして。ノアお兄ちゃんの妹のティリアだよ。よろしくね。えっと……未来のえっちなお義姉ちゃん?」

「――っ!?」


 油断させたところへの必殺の一撃。さすが俺の妹……ではなく。

 察しのよすぎる妹はこれだから嫌なのだ。


「えっと……その、違う、よ?」


 クラウディアもまた、不意を突かれたせいで否定に勢いがない。


「あ、そうだよね。えっと……えっちな、未来のお義姉ちゃんだね」


 より指摘の精度が上がった。

 いや、そこで精度をあげないで欲しいのだが……


「あ~その、すまん。彼女はクラウディア。俺の恋人で同居人で、いまは学園祭で着る衣装を試着してもらっていたんだ。学園祭でカフェをするからな。クラウディアが露出の多いメイド服を着ていたのはそれが理由だ」


 一気に捲し立てる。


「そうだったんだね。よろしくね、クラウディアお義姉ちゃん」

「う、うん。こちらこそ、よろしくね、ティリアちゃん。それと――」

「そっちはラファエル兄さんだ」

「ラファエルさんもよろしくお願いします」

「ああ、こちらこそ、弟がいつも世話になっているようで」


 噴きそうになった。


 いや、分かってる。兄さんに他意がないことは分かってる。だが、ティリアとクラウディアのやりとりの後にそれは反則だ。


 クラウディアは顔が真っ赤だし、ティリアは笑いを我慢しているのかぷるぷる震えてる。さすがに勘弁してくれと、俺は素知らぬふりで明後日の方を向いた。



 ――という訳で、クラウディアは着替えた。

 そうして、あらためて四人で向かい合って座る。


「……それで、二人はなにをしに来たんだ?」

「なにをしに来たんだ、じゃないだろう? 弟がエンド王子の護衛騎士を首になったって、他人から聞かされた兄の身にもなって欲しいね」

「いや、それは……悪かった」


 連絡する気がなかった訳ではないのだが、色々あって後回しにしていたら忘れていたのだ。


「それで慌てて寮に行ったら空き部屋になってるし。周囲の人に聞いて、ノアがいまはクリフォード王子の屋敷で世話になっていると聞いて本当に驚いたんだ」

「そうだよ。それだけでもびっくりなのに、いつの間にかこんなに可愛い彼女まで作って。お兄ちゃんは、恋人が出来たことを妹に報告する義務があるんだよ?」

「そんな義務はない」


 便乗するティリアの訴えを切って捨てる。

 取り敢えず、困った妹は無視して兄へと視線を向けた。


「取り敢えず、心配してきてくれた――ってことか?」

「まぁそんなところだ。教室に行くのは目立つかと思って寮に行ったんだが、まさかクリフォード王子の屋敷へ足を運ぶことになるとは思わなかった」

「……すまん」


 連絡不足が原因なので反論の余地はない。


「で、父さんから伝言だよ。一度状況を報告に来い、バカ息子って」

「おぉふ……」

「――いつですか?」


 クラウディアが身を乗り出した。


「……って言うか、なんでクラウディアが乗り気なんだよ?」

「え?」

「なんで、そんな自分も行くのが当然みたいな……いや、連れて行った方が良いのか?」


 用件は間違いなくエンド王子の護衛騎士を首になった件だが、クラウディアとは色々あって同棲生活を送っている。兄妹にバレた以上、放っておいても耳に入るだろう。


 ……連れて行くか。

 はぁ……面倒なことにならなきゃいいけど。


 とまぁ、そんな訳で、兄と妹を外へ送る。別れ際、ティリアから「お兄ちゃん、言い訳が長くなるクセ、直した方がいいよ?」と言われた。

 色々バレバレである。

 ……実家に帰るまでに絶対に直そう。

 

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