2ー5 父からの言葉
次の休日。
俺はクラウディアを連れて実家へと返ってきた。
ウォルト家は騎士爵を継ぐ家だ。貴族の爵位としては下の方だが、それなりのお金と権力を持っている。つまり、屋敷はそこそこ大きい。
馬車から降りるなり、屋敷の使用人達が出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、ノアお坊ちゃん。それと――貴女がクラウディア様ですね。ようこそおいでくださいました。ウォルト家は貴女を歓迎いたします」
使用人が恭しく頭を下げた。
ウォルト家の名前を出したと言うことは、父さんが歓迎していると言うことだ。その歓迎がどういうものかは分からないが……門前払いじゃなくて安心した。
案内されたのは中庭にあるテラス。
そこに設置されたテーブル席で、俺はクラウディアと共に両親と向き合っていた。
「よく帰ってきたな、ノア。それと――貴女がグランマの弟子、クラウディアさんだな。俺はウォルト家の当主オズワルド。そしてこっちは妻のアリアだ」
「初めまして、お目にかかれて光栄です」
笑顔で応じるが、クラウディアは少し緊張しているようだ。ただ、緊張している理由は、この場に母さんがいることが原因だろう。
母さんは第五階位に至る聖女だからだ。
ちなみに、第八階位に至ったグランマは別格だ。グランマを除けば第七階位に至った者すらいない。ゆえに、第五階位となれば一流の聖女に分類される。
ちなみに第五階位で授かる奇跡はターンアンデッド。瘴気に侵された一部の魔物に劇的な効果があるために、聖女としての格が大きくは上がる。
ついでに言うならば、第六階位で覚えるのはエクストラヒール。怪我をして間もない状況であれば、身体の欠損すら癒やすことの出来る奇跡だ。
ここまで使えるようになると、政治的価値すらも跳ね上がっていく。
なんてことを考えていたそのとき――
「――っ!」
視界に光る銀色を見て、とっさに腕を振り上げる。
とっさに掴み取れば、それは父さんが投げたナイフだった。
「ふっ、腕は衰えていないようだな」
「……父さん、勘弁してくれ」
クラウディアがドン引きするだろと思ったが、彼女はなぜか瞳をキラキラさせていた。
「ふむ。うちの流儀は聖女様には過激すぎるかと思ったが、クラウディアさんは楽しそうだな。殺伐とした雰囲気は怖くないか?」
「ありませんっ。実は先日、ノア様がエイブラ隊長と戦ったとき、ノア様が私を護ってくれたんです。あのときのことを思い出して、ちょっとドキドキしちゃいました」
「まぁ! その話、詳しく聞きたいわ!」
母さんが食い付いた。
最初は戸惑っていたクラウディアだが、母さんに促されるままにあの日の出来事を語っていく。しかも、だんだんと興に乗ったのか、話が大げさになっていく。
勘弁して欲しい。
なんとかしろと、ナイフを投げた張本人にジト目を向けると、さっと視線を逸らされた。
その後、俺と父さんはお茶会を離脱した。
母さんとクラウディアの話が止まらなくなったせいだ。
そんな訳で、俺と父さんは中庭を歩いていた。
「……ふむ、おまえとこうして歩くのも久しぶりだな」
「悪いな、学園が忙しかったんだ」
「あぁ、エンド王子に扱き使われていたらしいな」
本題に入った――と、俺は背筋を伸ばした。
それから呼吸を整えて尋ねる。
「……エンド王子に護衛騎士から外されたこと、やっぱり怒ってるよな?」
「まぁ……そうだな。エンド王子を見限るのが遅すぎたことについては、な」
「え、そっちか?」
「他になにがある。どう考えても泥船ではないか。おまえの努力と、あの聖女の存在が、エンド王子をクリフォード王子の対抗馬たらしめていたのだ」
「それは……さすがに言い過ぎだろ?」
「言いすぎではない。現に、おまえ達を追放したことでエンド王子の評判は地に落ちた。それによって支援者が離れ始めてる。彼はもう終わりだろうな」
生唾を飲み込んだ。
さすがにそこまでの大事になっているとは思ってもいなかった。
「じゃあ……父さんが俺を呼び戻したのは?」
「おまえが気にしてると思ったからだ。どうせ、家の名前に傷を付けるとかあれこれ考えてるうちに、護衛騎士を首になったと言い出せなかったんだろ?」
「……お見通しか」
「ま、おまえには騎士らしく生きろと教えたからな。だから、おまえは相当気に病んでいると思っていたのだが……くくっ。まさか、王子の元婚約者をモノにして、しかもクリフォード王子のもとにあっさり寝返っているとは思わなかったぞ」
思いっきり笑われた。
というか、こうして客観的に評価されると俺、物凄く悪いことしてないか?
「で、どうだ? 彼女とはもうやったの――ぐふっ」
みなまで言わせず、その鳩尾に拳を叩き込んだ。
「く~、良いパンチだ。しかしその反応、我が息子はいまだに童貞か。一緒に暮らしておきながら手を出せないとはこのヘタレめ。俺がおまえくらいの頃は、母さんと――」
「うるさい、両親ののろけ話なんて聞きたくない。というか、話が終わったなら帰るぞ」
「待て待て、まだ話は終わっていない」
立ち去ろうとすると、力強く腕を掴まれた。
本気で殴ったはずなのだが、さすがに防御はされていたようだ。
「……なんだよ。次に変な話をしたらホントに帰るからな?」
「分かっている。真面目な話、おまえのいまの立場についてだ」
「クリフォード王子についたことか?」
「そうだ。クリフォード王子は高等部の一年で、エンド王子は二年。そろそろ王太子を決めてもおかしくはない時期に、一気に情勢が傾いた」
「……そうだな」
エンド王子の支持者が離れて行っているのなら、様々な動きがあるはずだ。クリフォード王子に寝返る者、悪あがきで悪事に走る者、色々と現れるだろう。
「派閥争いは激化するはずだ。そして、おまえ達はエンド王子に無能と追放されたにもかかわらず、クリフォード王子に拾われた。どういうことか分かるな?」
「……もちろん分かってる」
俺達が活躍すればクリフォード王子の評価が上がり、俺達が失態を侵せばエンド王子の評判が上がる。クリフォード王子にも指摘されたことである。
エンド王子サイドが、あえて俺達に失態を侵させようとするかもしれない。もっと直接的に言えば、クラウディアに危害を加える者がいるかも知れない。
「……そうか、分かっているのならいい。今後、おまえやクラウディアさんは否応もなく巻き込まれるだろう。おまえが彼女を護ってやるんだぞ?」
「言われずとも。クラウディアは俺が護る」
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