2ー7 誤解の連鎖

 学園祭の準備期間も通常授業は普通にある。

 その日は朝から社交ダンスの授業があった。礼儀作法を担当する先生の元、体育館でワルツを踊る。そのダンスの相手が――レティシアだった。


 レティシア。第三階位にまで至った優秀な聖女で、クラスの代表でもある。

 ついでにいうと、ガゼフがこのあいだ失恋したと騒いでいた相手である。

 ……いや、ガゼフはいつも誰かに振られたとかいっているのであれだけど。


「あら、今日はノアくんが相手なのね」

「ガゼフじゃなくて残念だったな」


 そう囁けば軽く睨まれた。

 俺は肩をすくめてホールドを取り、ワルツのリズムに合わせてリードを始める。レティシアはそのリードに危なげなく追随してきた。

 特派の生徒はあまりダンスの授業がないのだが、ずいぶんと練習をしているようだ。


「ノアくんは、意外とダンスが上手なのね」

「うちは親が厳しいからな。それと妹が……いや、なんでもない」

「妹さんと踊ってるの?」

「いや、踊っているというか、戦っているというか……」


 ティリアは戦闘狂だ。リードを読むのは、相手の動きを読むのと一緒! 舞踏は武闘に通じているんだよ! とか言って、ときどきダンスで挑みかかってくるのだ。

 意味が分からない。


「ずいぶんと面白い妹さんなのね?」

「レティシアはずいぶんと面白い従妹、みたいだけどな?」


 再びつつけば、レティシアはむぅっと唸った。

 ガゼフは、レティシアがリックと付き合っていると言っていた。だが、俺はそれが嘘だと思ってる。なぜなら、レティシアはリックの従妹だからだ。

 無論、従妹だから恋人になれない訳ではないが――


「ガゼフくん、落ち込んでた?」

「まぁ……な。ただ、すぐに別の女の子を追い掛けてたけど」

「そっかぁ~」


 しょんぼりとした顔。


「なんで、そんな嘘を吐いたんだ?」

「ん?」


 ステップを踏みながら、レティシアは小首をかしげた。とぼけているのだろう。ちょっと複雑なステップをリードで示し、彼女の思考する余裕を奪う。

 そして――


「レティシアはガゼフのことが好きで好きでしょうがないほど好きなのに」

「なっ、なななっなにを根拠に!?」

「いまのその態度を根拠に」

「うぐぅ」


 チョロすぎである。

 いや、難しいステップを踏んでたから、誤魔化す余裕がなかったんだろう。比較的単純なステップを示せば、余裕を取り戻したレティシアが口を開く。


「聞き方を変えるね。どうして、気付いたの?」

「前に、ガゼフに助けられたことがあっただろ? で、それまでのレティシアはわりと地味な見た目だったのに、それから――」

「もういい、もう十分だから」


 顔が赤い。やっぱり、ガゼフの好みに合わせてイメチェンしたらしい。


「それで、どうしてリックと付き合ってるなんて誤解させたんだ?」

「もう気付いてると思うからいうけど、私はイメチェンするくらい本気なの。でも、ガゼフくんは、私に恋人がいるかもって聞いて、確認もせずに諦めたんでしょ?」

「……まぁ、そうだな」


 なるほど、真実をたしかめるくらいの気概が欲しかった、と言うことか。


「一応言っておくが、ガゼフは――」

「知ってるよ。トラウマがあるんでしょ?」

「知った上での行動なのか」

「それでも……うぅん、だからこそ、かな? ガゼフくんに、私じゃないと嫌だって言わせたいの。……いま、重い女とか考えたでしょ?」

「いや、だいぶ重――いてぇっ」


 足を踏まれた。


「あらごめんなさい、足が滑りました」

「俺も口が滑ったから許してやるよ。それに……」

「それに、なによ?」


 言うか言うまいか迷うが、真剣な眼差しに催促されて内心を吐き出す。


「ガゼフのトラウマを克服させられるのは、レティシアみたいに行動力のある女の子なのかもな、って。まぁちょっとだけ思った訳だが」

「……そうだといいわね」


 少しだけ寂しそうに微笑む。まあ……自分が惚れてる相手に、トラウマで自棄になって言い寄られるって、わりとキツいよな、たぶん。


「なんか、俺に出来ることはあるか?」

「えっと、それじゃ……私に恋人がいるのは誤解だって、否定してくれるかしら?」

「はいよ」



 ――と引き受けたのが間違いだった。いや、引き受けたこと自体は別に良かったのだが、ガゼフに伝えたタイミングがまずかった。


 ダンスの後は選択科目――つまり、騎士は剣術の稽古だった。しかも、いまは学園祭で開催される模擬訓練が目前なので、クラスの代表であるガゼフ達は気合いが入りまくりである。

 対戦中に伝えた結果――


「くっ、クラウディアちゃんだけならず、レティシアまでも! 絶対に許さないっ! 絶対にだ! 死ね、って言うか、死ねぇっ!」

「おまっ、ちょ、危ないって!」


 ガゼフが本気で剣を振るって襲ってくる。使っているのは殺さずの魔剣なので怪我をするようなことはないが、喰らうと死ぬほど痛いのだ。


「待てって、なんで怒るんだよ!」

「決まってるだろ! 俺には誤解されても訂正しなかったんだぞ! それをおまえには訂正した。つまり、おまえに気があるってことだろうが、死ねっ!」

「酷い誤解だ!?」


 この後、なんとか誤解を解くことが出来た。

 しかし、ガゼフがここまで突っかかってくるとは……実は脈有りだったりするのだろうか?

 

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