第44話 ランチ君と、ニヤニヤ


 夜には、白音の熱も下がった。

 熱が下がるまでの間、叶多は白音のそばにいた。

 

 ネットで齧った看病法が功を奏したのかはわからないが、大事にならなくてなによりである。


 翌日、学校。

 クラスの人気者らしく、白音は登校するなり友人たちに囲まれていた。

 同じように休んでいたはずの叶多の元には誰も来なかったことをついでに記しておこう。


 白音はすっかり回復ムードで、クラスメイトたちに丁寧に受け応えている。

 その様子は平常運転っぽかったが、叶多の胸にはざわざわと騒ぐものがあった。


 ゴミ箱にぎっしりと詰まっていたエナドリの空缶について、ずっと引っかかっていた。


 添い寝をするようになって夜寝られるようになったとはいえ、叶多が泊まりにきていない夜は起きているはずだ。

 その時に飲んでいるのだろうと思い至りその時は深く考えなかったが、時間が経つにつれ胸にしこりが生じたような違和感を抱いていた。


 根拠は特にない。ただの勘である。

 東京タワーでの白音の様子、いや、そのもっと前から、違和感のある事象はちょいちょいあったような気も……。


「よう兄弟」


 昼休み。

 弁当と、先日購入した『世界一のクイズvol.13』を手に屋上へ足を運ぼうとした時、ランチ君が弁当を手に声をかけてきた。

 

「昨日は風邪か?」

「あー、うん、最近構ってくれなくて寂しいベッドが、俺に風邪になる呪いをかけたみたいでさ」

「なんじゃそりゃ」


 うははと、ランチ君がお腹を抱えて笑う。


「元気になったようで、何よりだよ」

「そりゃどうも」

「夢川さんも、昨日休みだったみたいだな」

「……へえ、そうなんだ」

「休みの日も同じなんて、気が合う二人だねえ」

「何が言いたい」 

「別にー」


 ランチ君は掴みどころのない表情でわざとらしく語尾を伸ばした。

 

 ……大丈夫だ、落ち着け。

 ワンチャンその可能性も、くらいの冗談だろう。

 変に動揺しなければ問題ない。


「ちなみに話は変わるけど、かなっち、クリスマスの予定は?」

「クリスマス……ああ、なんかあったなそんな行事」

「ないってことでOK?」

「ホワイトクリスマスだな」

「予定がホワイトってか。浅見たちは、夢川さんをクリスマスに遊びに誘うおうと躍起っぽいぜ?」

「浅見って?」

「……お前それマジで言ってる?」

「ああ、浅見ね、はいはい……えっと、学生が羨むスペックをこれでもかと搭載した浅見ね」


 流石の叶多も思い出した。


「そうそう、その浅見だよ。ほら、今も夢川さんと一緒にいる」


 ランチ君が指差す。

 白音のグループの中で、すらっと身長が高く、俳優かと思うほど顔の整ったイケメンがスマートに会話を展開していた。

 ポジション的にグループの中心人物であることは一目で分かった。

 

 あのグループの中心ということはすなわち、クラスの中心人物だ。

 

 レベル違いの美少女たる白音とも、彼となら並んでも釣り合いが取れるだろう。


「成績は学年1位、サッカー部のエースで顔もいいって、どこのラノベから飛び出してきたんだろうな」

「ラノベの主人公はどちらかというと、正反対の人種だろう」


 例えば俺みたいな。

 さてはランチ君、あまりラノベを摂取していないな?


「いやいやかなっち、主人公じゃなく、主人公の親友とか敵キャラにいるタイプってことよ」


 前言撤回。

 なかなか摂取しているようだ。


 ランチ君との距離は少しだけ縮まったような気がした。少しだけ。


「まあどちらにせよ、俺には縁のない人種だな。……てか、なんで浅見が躍起になってるの? 普通に誘えばいいじゃん」

「夢川さん、遊びの誘いとか結構断るタイプらしくてさ、ついてくるのは割とレアらしい」

「……へえ、そうなんだ」


 体質のこともあってなかなか自由に行動ができない、といったところか。

 かなり意外だった。

 この前とか、自分からノリノリで東京タワーに誘ってきたし。


「夢川さんと、クリスマスどっか行かないのか?」

「はい?」

「いや、夢川さんと割と仲いいんだろ?」

「なんか色々と噂が曲解しているかもしれないからこの際言うけど……俺と夢川さんは、そういうのじゃないから」

「そっかー、残念」


 なにが残念なんだ。

 全然残念そうじゃないランチ君に心の中でツッコミを入れる。


 というか。


「なんで、さっきから夢川さんの話題ばかりすんの?」


 ランチ君の真意がわからず、尋ねる。


 するとランチ君は、にこにこ、ではなく、ニヤニヤ、といった種類の笑顔を浮かべて、


「お前、自分の視線がいつもどこに向いてるか、自覚ないだろ?」


 訳のわからないことを抜かした。


「……なんの話?」

「ま、俺は応援してるぜ」


 ぽんっと、叶多の肩に手を置くランチ君。

 頭上に疑問符を浮かべる叶多を置き去りに、ランチ君はいつもの構文に移行した。


「それはそうと、かなっち」

「ランチか?」

「正解! どうよ?」

「あー……」


 ちらりと、『世界一のクイズvol.13』を見やって、ランチ君に戻してから、


「……行こうか、じゃあ」

「そっかー、じゃあまた……およ?」


 ぱちくりと、ランチ君が目を丸める。


「行くっつった? 今?」

「承諾の返答に聞こえなかったのか、今の?」

「うおーまじか! ついにか! よっしよっしよっし!」

「そんな嬉しいことかね」

「そりゃあな」


 けらけらと上機嫌に笑うランチ君。


「初ランチ祝いだ、奢るぜ」

「コンビニ弁当があるからいい」

「それだけじゃ偏るだろ。購買でサラダ買ってやるよ」

「うっ、それは結構ありがたいかも」


 少しだけ、叶多の表情に笑顔が浮かぶ。

 『世界一のクイズvol.13』を引き出しにしまって、叶多はランチ君とランチするため教室を出た。

 

 ……そろそろ覚えないとな、名前。



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