第29話 眠り姫と朝のぎゅー?
翌朝。
胸に圧迫感を感じて瞼を持ち上げると、目の前に天使の寝顔が現れた。
!?!?!?!?
飛び上がるかと思った。
しかし、人一人の体重が胸に乗った態勢ではそれも叶わない。
代わりに、飼い主のいたずらで背後にこっそりきゅうりを置かれた猫が思い浮かんだ。
目と鼻の先に、恐ろしいほど整った顔立ち。
確かな熱を帯びた体温。
小さいながらもしっかりと感じる人の重み。
寝起きの脳に刺激が強すぎる五感情報がぶっ刺さって、心臓が止まりそうになる。
……落ち着け、まずは深呼吸しろ。
思考に平穏をもたらすため息を吸い込む。
鼻腔に甘ったるい香りが雪崩の如く殺到して意識が飛びかけた。
いや、だから落ち着け。
……よし。
クールダウンしてきて冷静に状況を確認する。
仰向けの叶多の胸に、抱きつくようにして眠る白音。
安心しきった表情ですぅすぅと寝息を立てている。
推測する。
寒くなったこの季節。
毛布の温もりだけでは足りず、暖を求める子猫の如く人の体温を求めてきたのだろう。
もう10回目くらいにはなる、同じベッドでの添い寝。
いつかこういった事態になるんじゃないかと薄っすら予感していたが、まさかがっつり抱きつかれることになるとは。
とりあえず、この態勢は非常によろしくない(主にメンタル的に)。
こっそりと身を離そうと──ひしっ。
離すまいと、白音の両腕から力が伝わってきた。
コアラになった夢でも見ているのだろうか。
「白音」
すぅすぅ。
「あの……白音さーん?」
すやすや。
「……」
んみゃぅ……。
普通の声がけでは起きる気配は無し。
うん、そんな気がした。
10回の添い寝を通じて、彼女が朝に弱いことは自明の理である。
とりあえず風邪を引いてしまうといけないので、わずかにはだけた布団を掛け直してあげた。
外気が遮断されて、白音の体温がよりしっかりと感じられた。
同時に、蕩けるような眠気が再来する。
……まずい。
わかってはいるが、11月上旬のそろそろ寒い季節の朝に、このぽかぽか感は抗え難いものがある。
意識がぼやけてきて、うとうとしてきた。
不意に何を思ったのか、いや、思う力が失われて半ば本能的な行動だったんだろうが。
白音の背中に、腕を回していた。
優しく抱き締めるように、そっと。
それから瞼を、ゆっくりと下ろす。
意識を聴覚に集中させると、吐息に混じってとくんとくんと、誰のものかわからない心音が聞こえてきた。
鼓動には心を落ち着かせる作用がある、らしい。
生前、母体にいた時の名残とかなんとか……あかん、本格的にボケてきた。
意識が大海原のように安らいでいく感覚。
微睡みの空間で守られているような包容感。
人の体温が、こんなにも落ち着くものだとは知らなかった。
最近初知り学だらけだ、誰かさんのおかげで……ぐう……。
抗えない睡眠欲に白旗を挙げ、意識を飛ばそうとしたところで──。
ピピピピッ!!
けたたましいアラーム音が耳朶を打って、全身がびくぅっと跳ねた。
無機質な機械音に意識が冷水を浴びたように覚醒し、背中にぞわわっとチキン肌が立つ。
慌ててスマホに片手を伸ばす。
「んぅ……」
アラームを切ると同時に、触れたら溶けてしまいそうな吐息。
ゆっくりと、小さな瞼が持ち上がって、澄んだ瞳が叶多の目を捉える。
「おは……よぅ……ございます」
ふにゃふにゃとした声。
「……おはよう」
返すと、白音が目をぱちくりさせた。
叶多の顔と、自分が今いる場所を交互に見比べた後、
「これは夢れすね……おやしゅみなさい」
「待て」
「んぁっ」
再び夢の国行きの飛行機に搭乗しようとする白音の額を突つく。
「あぅ……額に風穴が空きました」
「俺は貫通系の能力者かなにかか?」
「どちらかというと、今の私は幻覚の能力に襲われてますね。だって、こんなにも気持ちいい……」
「おーけーわかった、まだ夢を見ているつもりだな?」
「んにゃっ」
再び胸に顔を埋めてこようとする白音を、両肩を掴むことで阻止する。
叶多なりの強硬手段。
白音の目を真っ直ぐに見つめ、絞り出すように言う。
「そろそろ退いてくれないと、いろいろと持たない」
とろんとした目が、徐々にエネルギーを帯びていき、見開かれた。
「………………ふぇ?」
その後、ようやく夢と現実の区別がついた白音が飛び上がって、驚いた叶多がベッドからずり落ち床に頭をぶつける流れはあまりにも見苦しいものがあったため割愛させていただこう。
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