第30話 眠り姫と寝相


「さっきはごめんなさい!!」


 朝食中、白音が首が捥げそうな勢いで頭を下げた。


「いくら寒かったとはいえ、上に乗っかって寝てしまうなんて……ううぅ……息苦しかったですよね? 本当にごめんなさい!」


 ぺこぺこぺこと、まるで赤べこみたいだ。

 動作も、顔の色も。


「いや、俺は全然気にしていないというか」


 むしろ叶多は、寝ている白音を抱き締めそのまま二度寝しそうになっているため、彼女から謝罪を受ける道理はないと思っている。

 ……いけない、思い出すと脈拍が上がってしまう。

 寝起きの一幕を意識の外へ追い出す。

 

「わ、私が気にします! 昨晩もがっつりご飯食べてしまったので、きっと重かったに違いありません!」

「え、そっち?」

「でも、謝罪の言葉だけではお詫びにならないので、朝食はいつもよりボリューミーに作ってしまいました……」

「あ、なんかおかずが一品多いと思ったらそういうことね」

「ううぅ……これはもう、負のループです、無限道です! もう私、恥ずかしくてお嫁にいけませんっ……」


 りんご飴のように赤くした顔を両手で覆う白音。

 会話がわけわからんことになってきた。


「とりあえず、睡眠に支障は全くなかったから、気にしないで。息苦しくもなかったし、重くもなかった」

「……ほん、とうに?」


 ちらっ。

 中指と薬指の間から目で伺ってくる白音。


「あ、ああ、本当だよ」


 その仕草は破壊力が過ぎるぞ。


「よかったぁ……」


 ほっと、胸に手を当て安堵の息をつく白音。

 しかしすぐに「ハッ」と恥ずかしそうに言った。


「い、いつもは寝相、いいんですよ?」

「え、あれで?」


 反射的に突っ込んでしまった。

 いつも先に起きる叶多的には、隣で眠る白音の寝相はお世辞にも良いとは言えない。


「……えっ?」

「いや、なんでもない。……そういえば、疲れが溜まってると、寝相が悪くなるみたいだぞ」


 白音の表情から温度が消えた気がしたのでお茶を濁した。


「あ、それはわかります。なんででしょうね?」

「疲労が溜まって硬直している筋肉を、無意識に身体が動かすことによって解したり、血行を良くしたりするらしい」

「へえええーーなるほどっ」


 ふむふむふむと、白音がしきりに頷く。


「凄い、物知り! 流石はクイズチョッパーですね」

「ただの視聴者やがな。まあ、諸説あるタイプの話だから、どこまで本当かは知らないけど」

「でも確かに、最近少し、疲れが溜まっていたかもしれません」

「まあ、テスト期間中だしな」

「ですです」


 ガチ進学校である日野宮高校の中でもトップクラスの成績を誇る白音だ。

 その努力量は、凡人にうぶ毛が生えた程度の叶多には計り知れない。


「とはいえ、今までよりかは全然マシですけど」


 ふわりと、白音が柔和な笑みを向けてきてくれる。

 感謝の気持ちが表出したような笑顔。


「テスト期間中は、どうしてたんだ?」

「というと?」

「ほら、添い寝をし始める前は、日中は寝て夜起きる生活だったんだろ? 日中に実施されるテスト、どうしてたのかなって」

「なるほどっ。……えっと、テスト期間中は、放課後すぐに夜遅くまでやってる電気屋さんや、イートインのあるコンビニに行って睡眠をとって、それから帰って一晩勉強して、そのままテストを受けていました」

「おおう……それはまた……」


 やっぱり計り知れない。


「あと、エナジーの力を借りて背中に翼を生やしてましたね」

「偽りの翼だな」

「イカロスもびっくりです。途中で墜落しちゃうかと思ったんですが、意外と、死ぬ気になればどうにかなるものですね」


 あっけらかんに言っているが、きっとそこには想像を絶する戦いがあったに違いない。


「……大変、だったよな」

「超大変でしたよー」


 ふにゃーんと、白音が机に顎を預け脱力する。

 

「眠いし、頭痛いし、数学のテスト中なんか頭の奥がチリチリしてきて、帰り道はずっと目がチカチカしてました」


 どこか悲痛さを感じるその声を聞いて、自分の手が、白音の頭に伸びそうになるのを叶多は感じた。

 なぜだ。

 

「だから」


 面(おもて)をあげた白音が、今度は気持ちを言葉にする。


「ありがとうございます、本当に、助かってます」

「……役に立てているようなら、なにより」

「はい、もう、たっくさん」


 ストレートすぎる感謝の言葉。

 胸のあたりがウズウズしてきて、叶多は眩し過ぎる笑顔に目を逸らすように白ご飯を掻き込むのであった。

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