第31話 眠り姫と勉強会と、ぷりん



「あ、ここの計算間違えてますね」

「うげ、本当だ。なんたるケアレスミス」

「人間あるあるです」


 翌々日、土曜日。

 先週明けのテストを乗り切るため、先日の宣言通り叶多と白音は二人で勉強会を開催していた。


 昨晩は添い寝をしていないため昼くらいに部屋に訪問し、昼食を二人で済ました後かれこれ3時間。

 白音はひとり、ずっとカリカリやっていて終始順調そうだった。


 時折叶多が問題に躓くも、白音に聞いたら「あっ、これはですね」とすぐに教えてくれた。

 流石は優等生と、心底感心する。


「そろそろ休憩しましょうか」

「おけ」


 時刻は午後の3時。

 “おやつ”の語源にもなった、江戸時代でいう八つ時である。

 

「ノーマルぷりんとかぼちゃぷりん、どっちがいいですか?」

「わざわざ買ってきてくれたのか」

「3割引だったので、つい。勉強に糖分補給は大事ですからね」

「それは激しく同意。ありがとう」

「いえいえ、どういたしまして」

「ちなみに、白音はどっちが好きなんだ?」

「私はかぼちゃですかね」

「じゃあ俺ノーマルで」

「じゃあって……叶多くん、かぼちゃの方が好きならかぼちゃあげますよ?」

「いや、ノーマルの方が好きだから、大丈夫」


 ぶっちゃけのところ特にこだわりはなく、どっちでも良いというのが本音であるが。


「本当にですか?」


 じっと、疑いの視線を向けられる。

 やべえ、顔に出てたか。


「あ、ああ、本当だよ」

「本当に本当に?」

「シンプルながらも飾り気のない、これがプリンだって感じで勝負している素朴な味わいが好きなんだ。イマドキの多種多様なプリンたちに”私たちの誰が一番なのよ!?”って聞かれたら、間違いなくノーマルぷりんを選ぶね」

「なんですか、それ」


 くすくすと、白音が口に手を当てて笑った。

 対する叶多は、なんで俺はぷりんでハーレムラブコメ作ってるんだと、自分の頭が少し心配になってきた。


 その後、ノーマルぷりんを食べながら、ふと思う。

 もしかすると白音は、自分よりも他の人が幸せになってほしい的な、利他的思考がかなり強いのかもしれない。

 たかがぷりん如きだとは思うが、ただ純粋に心優しさというよりも、自分の幸福を差し置いてまで他者を優先する、みたいな信条を僅かながらも感じ取った。


 将来、悪い大人にいいように使われないか、ちょっとだけ心配になる。


「んぅー、おいひいです!」


 ほっぺに手を当てて、感動を抑えきれないといった感じに身体を揺らす白音。

 コンビニのぷりんでこの喜びよう、神戸のお高めのぷりんとか買ってきてあげたらどうなるんだろう。

 ちょっとだけ気になる。

 

「叶多くん叶多くん」

「ん?」

「一口、いかがですか?」

「え」

 

 白音に、かぼちゃぷりんを乗せたスプーンを差し出された。

 これはいわゆる”あーん”。


「どうしたのですか?」


 不思議そうに小首を倒す白音。

 その些細な仕草も妙に可愛らしいと思ってしまったのは、シチュエーションのせいだろうか。


 ……落ち着け。きっと深い意味はない。

 これはただ、かぼちゃぷりんの味も気になるだろうから一口分けてあげようという、彼女の純粋な気遣いによるものだ。


 そう、深い意味はない。

 気を落ち着かせ、身を乗り出しぱくりと、スプーンを口に含む。


 口内に広がる強いくらいの甘み。

 かぼちゃの風味がすっと鼻腔を抜ける。


「うまい……」

「ですよね!? 私、ぷりんの中でかぼちゃぷりんが一番好きなんですよね」

「そうなんだ」


 覚えておこう、念のため。

 そしてお返しに、ノーマルぷりんも一口、白音にシェアすることにする。


「はい」

「んぇっ?」


 スプーンを差し出すと、白音が変な声をあげた。

 自分の方も分けてくれるとは思ってなかったのか、マメ鉄砲を食らった鳩みたいな反応。


「いや、お返しに一口どうかなと」

「あ、ですよね、そうですよねっ」


 それから白音は、さっきの叶多と同じような表情を浮かべた後、意を決したように身を乗り出して、


「はむっ」


 小鳥がエサを啄(つい)ばむように、小さな口がぷりんを捉える。 

 スプーンから伝わってくる振動に、なぜか背中に汗が滲んだ。


「……おいしい、です」


 感動より気恥ずかしさが優っているように見えるのは気のせいだろうか。


「さ、されると恥ずかしいですね、これ」


 気のせいではなかったらしい。


「わかってくれたようで、なによりだよ」


 ぽりぽりと、叶多は頭を掻いた。

 それから、不思議なことに味のしなくなったぷりんを黙々と食べ終えた後、


「……勉強、しますか」

「……そうだな」


 ノートを開き、テスト勉強を再開する。

 妙にそわそわとした胸中をなだめるため集中した結果、今日一番の捗りを見せたことをここに記しておこう。


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