第28話 眠り姫と提案
「おいひいです!!」
「口に物を入れて喋るもんじゃありません」
「はふっ、つい!」
もぐもぐもぐ、ごくん。
「美味しいです!!」
「言い直さなくても伝わってる」
「何度でも言いたいくらい美味しいです!」
「オーバーな」
今夜のメニュー、デミカツ丼を頬張りながら目を輝かせる白音に突っ込む。
気分はさながら、ハムスターに餌付けする飼い主の気分だ。
「肉厚なとんかつと濃厚なデミグラスソースのマッチ具合がもう、堪りません!」
「気に入ってくれたようで何より」
「私の大好物リストにバッチリ追加されました!」
「ちなみにそのリストにはいくつくらいメニューが追加されているんだ?」
叶多の質問に、白音の動きがピタリと止まる。
目を|明々後日(しあさって)の方向へ逸らし、一言。
「……100個くらい?」
「大好物とは」
「ぜ、全部美味しいんですもん! 仕方がないじゃないですか」
お箸をぎゅっと握って、白音が身を乗り出してくる。
眼前に端正な顔立ちが迫る。
デミグラスソースの芳醇な香りをくぐり抜けて、甘い匂いが漂ってきた。
「……近いんだけど」
「あっ……すみませんっ」
ぽすん、と自分のクッションに戻る白音。
朱色に染まる頬を見て、こっちまで恥ずかしくなった。
それからは黙々とデミカツ丼を食し、寝る準備を済ませた後、白音と共にベッドへGO。
先日の寝落ち以降、白音が敷布団を敷くことは無くなり、代わりにふたりして同じベッドで寝るようになった。
流されるままと言えばそれまでだが、断る理由もないしお互いにそれなりのメリットがあるよねという暗黙の了解があって、そうなった次第である。
改めて冷静になってみると中々に異常な状況だなこれ。
「そういえば、そろそろテストが始まりますね」
これまたルーティンとなったクイズチョップに二人で勤しんでいると、白音が思い出したように言った。
「思い出したくなかったそのイベント」
「ダメですよ、ちゃんと勉強しないと」
「俺は勉強しなくてもなんとなくで好成績を修めるタイプだから、勉強はテスト前日で充分だ」
「ほ、本当ですかっ!?」
「人生で一度は言ってみたいよね、こんなセリフ」
「ダメじゃないですか、もうっ」
「俺も自分で言ってて悲しくなった」
幼い頃からクイズに興じていたのもあってか、勉強は嫌いではなかった。
とはいえ、誰もが思いつかないような天才的な閃きや、一度見たものを忘れない某インなんとかさん的な記憶力を保有しているわけでもない。
加えてシンプルに日野宮高校は授業レベルが高く、テスト範囲もなかなかにえげつないため、それなりの労力と時間を費やさなければならない。
「明日、近所のカフェで勉強会するんですよね」
ふと、白音が言った。
「クラスメイトと?」
「琴美さんとです!」
「ほう」
今朝、凍てつくような瞳を向けてきた大和撫子を思い出す。
「仲いいんだ」
「はい! 琴美さんには一番と言っていいくらい、良くしていただいています」
「ふむふむ」
「よくお菓子をくれるんですよー」
「友達というか、妹みたいな扱いされてるねそれ」
「む、そんなことはないですよ。琴美ちゃんはとても優しいんです、今日も、購買で買ってきたパン半分こしよーって、大きい方をくれました!」
「甘やかされまくってる妹やんけ」
なんとなく、わかったかもしれない。
琴美さんが俺に向けてきた、子供を守る母親の如く警戒的な視線の理由が。
「琴美さん、実はご近所さんなんです」
「へえ、そうなんだ」
「と言っても隣駅ですが」
「下北沢か」
「ですです!」
まあ、近所っちゃ近所か。
距離の近さゆえに親交度が深いというのもあるのだろうと、勝手に推測する。
「俺は行かんぞ?」
「むむ、私まだ、なにも言ってません」
「じゃあなんでちょっとワクワクしてるんだ?」
「バレましたか」
えへへと、ぽりぽり頬を掻く白音。
仕草がいちいちあどけない。
「明後日、ここで一緒に勉強会しませんか?」
「明後日……土曜日か」
「ですです! 迷惑じゃなければ……ですけど」
小さなボリュームで綴られた提案に、少し考えてから返答する。
「別に、いいけど」
「ほんとですかっ!?」
ぱあぁっと、顔に満開の笑顔花を咲かせる白音。
「そんな嬉しいことかね」
「嬉しいも嬉しいですよ〜。勉強は一人の方が効率的だって、断られるかと」
「一番最初にそれは浮かんだけど、わからない問題を聞けるという利点の方が大きいと判断した」
「おっ、それは良き判断です! なんでもお任せあれ!」
ふんすっと、白音が得意げに鼻を鳴らす。
「ちなみに、なんで勉強会?」
「叶多くんと一緒に勉強をしたいからですよ?」
「……どういう意味で言ってんのそれ」
「そのままの意味ですけど……」
なにか変でしょうか?
と言わんばかりに小首を傾げる白音に言葉を重ねようとして、止めた。
きっと深い意味はない。
「……そろそろ寝るか」
「はいっ」
体温が少しばかり上昇したのを悟られないよう、さっさと寝床につくことにする。
「最近寒くなりましたねー」
「風邪引かないようにしないとな」
「毛布出してきたんですよー」
「あ、本当だ。なんかモコモコしていると思ったら、温いな、これ」
「それでもまだ、ちょっとぶるっときますけどね」
もぞもぞと白音が動く。
摩擦熱でも生成しているのだろうか。
「でも……一人の時よりは断然あったかいです」
ぽつりと、白音が言う。
雪かきから帰ってきて、暖炉でホッと手をかざしたみたいに。
「……それは、確かに」
返すと、もぞもぞがピタリと止んで静かになった。
なんとなく、空気がこそばゆくなった気がした。
「……おやすみ、白音」
「おやすみなさい、叶多くん」
ぱちんと、もう何度目かもわからない消灯スイッチを押し、二人は眠りについた。
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