第27話 眠り姫と謝罪
「今日はごめんなさい!」
夜、家に行くなり白音に頭を下げられた。
「……えっと、なんの謝罪?」
「あっ、その……」
怒られる前の子供みたいに視線を彷徨わせて、白音が言葉を溢す。
「今日、一日……お騒がせしてしまったというか……」
「ああ」
日中、ひそひそと噂されていた件か。
曰く、あの後、琴美に叶多との関係性を問い詰められ、それを聞きつけた他の友人が興味を持ち……。
という流れで広まってしまったらしい。
「まさか、ここまで大きな噂になってしまうとは思っていなくて……本当にごめんなさい」
前回は、関係性を確定づける言動がなかったから噂はボヤ騒ぎにもならなかった。
だが、今回は白音が明確に”友達だ”と口にしたため、”あの地味なヤツが眠り姫と!?”という風なインパクトが発生したらしい。
ほんと、どんだけゴシップに飢えてんだこの学校は。
いや、それよりも、白音に対する人気が凄すぎるゆえか。
どちらにせよ。
「別に、謝ることでもない」
「えっ……」
その返答は予想外、とばかりにぽかんとする白音。
「怒ってない、ですか……?」
おずおずと、白音が伺うように尋ねてくる。
ぽりぽりと、叶多は頭を掻いた。
前にも思ったが、白音は少々、いや、かなり人目を気にしーなところがある。
怒っていないことを感情的に表現することは叶多にとって困難を極める所業のため、頭を回転させてから言葉を口にする。
「発端は確かに、今朝のやり取りから始まったけど、ただ白音は挨拶をしただけで、そこには悪意はない。だから、俺が怒りを覚えるというのはお門違いにもほどがある」
叶多の言葉に、白音は目をぱちくりさせたあと、「ありがとう、ございます」と何に対してかわからない礼を口にした。
「本当に、優しいですね、叶多くんは」
「そんなこと怒れるほど感情が豊かじゃない、が正解かな」
「充分豊かだと思いますよ? 叶多くんは」
「どうだか。むしろ、白音の方こそ大丈夫だったの?」
「え?」
「いや、だって、俺みたいなのと友達って言ったら、それこそ奇異の視線に晒されるんじゃ?」
言うと、白音は「ああ」と合点のいったように手を打った。
「確かに、みんなからは驚かれましたけど、友達ですってはっきり言い続けたら、特にそれ以上は何もなかったです」
「なるほど……それは良かった」
少なくとも、これ以上騒がれることはなさそうで、安心する。
「ちなみに、どういう経緯で友達になった、みたいな設定ってあったりするの?」
「特にありませんよ?」
「えっ、そんなのでいいの?」
「クラスメイトなんですから、挨拶をしているうちに話すようになった、じゃダメなんでしょうか?」
淀みのない瞳を向けられて、返答に詰まった。
白音にとっては友達という関係は先の言葉の通りで、それ以上でもそれ以下でもないのだろう。
友達という関係性になるには明確なきっかけや基準がなければならない。
的な価値観を保有している叶多にとっては、新鮮な感覚だった。
「ダメ、じゃないな。うん、いいと思う」
「はいっ」
溢れんばかりの笑顔を浮かべて、白音が頷いた。
と同時に、
くうぅ〜と、とても可愛らしいハラヘリ虫の鳴き声が聞こえてきた。
自分のではない。
「あっ……えとっ、その、これは……」
かああぁぁっと、顔をストロベリー色に染めた白音がお腹を押さえて前屈みになる。
「こ、これはですねっ、別にお腹が空いたというわけじゃなくて、そのっ……胃袋が収縮した際の摩擦で音が出てしまっただけで、別にお腹が空いたわけでは」
「……お腹、すいた?」
こくんと、小さなひと頷き。
「ご飯、作るよ」
ぱあぁっと、白音はちゅーるを前にした猫みたいに目を輝かせた。
撫でたい欲が吹き出して手が伸びそうになったのを、叶多は鋼の理性でぐっと抑え込むのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます