第17話 眠り姫と、いつもと違う平日

 朝食を食べ終えた後、叶多と白音はそれぞれ時間をずらして登校した。

 

 学校の最寄りの赤坂見附駅までは、小田急線梅が丘駅から千代田線直通の電車に乗って25分ほど。

 代々木上原駅で多くの乗客が入れ替わる光景も、赤坂見附駅で自分と同じ制服の生徒が降りる光景も、教室に入って誰も自分に見向きもしない光景も、いつも通り。

 が、今日は普段とは違う光景を目にすることとなる。

 

「おい、眠り姫が……」

「起きてる……だと?」


 1時間目の授業中。

 クラスメイトたちの目線は、黒板ではなく1人の少女に向けられていた。


 背筋をピンと伸ばし、黒板を真っ直ぐ見つめ、真剣な面持ちでノートを取る少女──白音だ。

 

 全ての授業を夢の中で過ごす眠り姫が、今日は目をぱっちり開けて授業に臨んでいる。

 その光景は周りの生徒に、人気声優の交際が報じられたかのような衝撃をもたらした。


 ──ただひとり、事情を知っている叶多を除いて。 


(起きて授業を受けるだけで、こんなに注目されるもんかね)


 冷静に叶多は思う。

 白音が普段、徹底して居眠りを敢行している分、覚醒状態がレアレアしいというのはわかる。

 彼らにしてみれば、白音が起きて授業を受けていることは1年に1度しか咲かない月下美人を拝められるような出来事なのだろう。


 が、それをごく一般的な生徒がしたところでここまでの注目は集まるまい。

 学年一の美少女にして、圧倒的な人気を誇る夢川白音だからこそ起こる現象なのだ。

 

 そんな彼女と昨日、同じベッドで一夜を明かした。

 という話をしたとして、一体何人が信じるのだろう。

 下手すると精神科にぶち込まれるかもしれない。

 

 なんなら叶多自身ですら、非日常的な体験過ぎて未だ現実感がない。


 ポケットから出したスマホをちらりと見やる。

 LINEのホーム画面の『新しい友達』の欄に、可愛らしい花のイラストのアイコンが表示されている。

 その横には『夢川白音』の名が刻まれていた。


 まさか自身の初となるLINEの友達が眠り姫になるとは夢にも思わなんだ。

 もちろん、叶多の自発的な行動ではなく「ラインを交換しましょう。これから、連絡を取り合う機会もあると思うので」という白音の提案の結果だ。


 紛れもなく、叶多と白音の繋がりの証。

 しかしクラスのざわつきを見る限り、自分はひょっとしてとんでもない契約を結んでしまったのではないかと、今更ながら思った。


 1時間目の授業が終わって、休み時間。


 白音は机に突っ伏し仮眠を取り始めた。

 その後、2時間目が始まって覚醒し、休み時間で仮眠をし、3時間目でまた起きてというサイクルを見せた白音。


 まだ疲れの取れ具合が十分ではないのだろう。

 いくら10代の元気な身体とはいえ、日頃の疲労の蓄積が一晩で解消されるものではない。


 むしろ授業中、よく起きれたものだと感心する。

 彼女の生真面目な一面が強く印象付けられた午前であった。


 昼休み。

 

 いつも通り屋上へぼっち飯を決めに行こうと立ち上がる。

 弁当と、『世界一のクイズvol.12』を手に教室を出る途中、平常通りクラスメイトたちに囲まれる白音が視界に入った。


 心なしか、いつもより表情が輝いて見える。

 多分、気のせいではあるまい。

 睡眠は偉大だなあと、改めて思った。

 

 ふと、白音と視線が交差する。

 向こうもこちらに気づき、にっこりと微笑んでくれた。


 その表情には、こんなメッセージが浮かんでいるように思えた。


 “ありがとうございます”


 これはもしかすると、気のせいかもしれない。

 特にアクションを返すこともせず、教室を出る叶多。


 廊下を歩きながら、気づいた。

 屋上へ向かう足取りが、いつもよりも軽いことに。


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