第18話 ひとりの夜

 何事もなく1日が終わった。


 学校を終えた叶多は、そのまま電車に揺られて世田谷代田駅に降り立つ。

 駅前のセブンでハンバーグ弁当を購入した後、そのまま住宅街エリアへ。

 駅から徒歩5分くらいの場所に建つ一軒家が、出生から今日に至るまでお世話になっている叶多の自宅だ。


「ただいま」

 

 玄関のドアを開けて呟いた言葉に、返ってくる声は無い。

 無表情のまま靴を脱ぎ、無駄に広いリビングへ。


 椅子にカバンを置いた後、ソファにどっかり座りこんだ。

 

 今日はバイトも無く、テスト週間ももう少し先。

 叶多に勉学を促す唯一の家族は今年の4月に引っ越してしまったため、明日の学校に行く時間まで完全なるフリータイムだ。


 昨日、見れなかった分のアニメとYoutubeを消化するぞ。


 と、電車の中では意気込んでいたはずなのに人間とは不思議なもので、いざ「なんでもやっていいよ」と自由を与えられると、かえってなにもしたくなくなる。

 いかんいかんこのままだとあっという間に明日の朝だと、叶多は頬を叩いて腰を上げた。


 お風呂、夜ご飯、歯磨き。

 食器洗い、洗濯、掃除。


 夜のルーティンと家事を済ませた後、自分の部屋へ。

 

 ベッド、勉強机、本棚、テレビで構成されたシンプルな、悪く言えば殺風景な部屋。

 インテリアにはまんま性格が反映されるなと、白音の部屋を思い出しながら思う。


 って、なんで今白音の部屋を思い出す。


 テスト週間にはまだ余裕があるとはいえ流石にノー勉はまずかろうと、本日の復習に取り掛かる。

 30分くらい軽く、のはずが気がつくと2時間もぶっ通していた。


 ああ、自分の集中力が恐ろしい。

 と、酔いしれてみせる。


 が、実際のところ「あれ、今日の授業内容全然理解できてね」と気づき、焦って復習を多めにしただけである。

 今日の授業は黒板ではなく、ある一人の少女に気を取られていたからだ。

 己の思考回路の単純さに酔いが醒める。


 一通り復習した後、ノートを閉じ、ベッドにごろんと横になる。


 しばし英気を養ってから、さあアニメ見るぞーとネットフリックスを起動しようとした時、ぴこんっとLINEの通知が鳴った。

 驚く。LINEの通知なんて普段こないもんだから。


 LINEを起動すると、白い花のアイコンからメッセージが届いていた。


ーーー


 しおん:

 黒崎さん、突然の連絡ごめんなさい(o*。_。)o

 どうしてもお礼を言いたくて……昨日はありがとうございました!

 お陰様で、授業をちゃんと受けることができました(*´□`*)

 本当に本当に、感謝しかありません。

 来週もまた、よろしくお願いします。٩(ˊᗜˋ*)و

 BS

 途中で寝落ちしちゃってごめんなさいでした!!

 ・゜・(。>д<。)・゜・


ーーー


 なんだこの、丁寧さとキュートみがミックスされた文面は。

 この手のメッセを受け取ったことのない叶多は、思考をフリーズさせてしまう。


 その間に、黒髪の二次元女の子が両手を合わせて「ごめんない!」するスタンプが送られてきた。

 胸のところに「しおん」と書かれてある。

 聞いたことがある、これが噂の『お名前スタンプ』というやつか。


 ……えーと、これはどう返せばいいんだ?

 同じように顔文字使ってフランクに返せばいいか?

 いや、性に合わないな。

 ならもう「ありがとう」と簡素に返した方が良いパティーンか?

 でも、こんなに丁寧に打ってくれたのにそれだけでは素っ気ないような……てか、BSってなに?

 

 ぴろろろろろん♪ ぴろろろろろん♪


 突然着信音が鳴り響き、反射的に通話ボタンをタップする。


「はい」

『BSじゃなくてPSです誤字りました!』

「…………えーーーと?」


 首を捻る。

 通話相手は言うまでもない。


「夢川さん、まさか、それだけを言うために?」

『あっ、すみません、違います! いや、違いはしないのですけど、あくまでもそれはついでといいますか、お電話した理由は別にありまして、えーとえーと……!!』

「落ち着け」


 あわあわと焦る様が通話口から伝わってくる。


『す、すみません、一旦落ち着きますねっ、熱いお茶入れてきます』

「それは落ち着きすぎだ」

『はっ、そうでした! ちょっと気合い入れ直します。えーと、レッドブルは……』

「魔剤を投入してどうする」

『あああっ、確かにですね……』


 すーはーと、わかりやすい深呼吸のあと、声を落ち着かせた白音が口を開く。


『まずは、ごめんなさい。いきなり電話かけてしまいまして』

「いや、それは全然大丈夫なんだけども」

『やっぱり、お礼はチャットじゃなくて、直接声で伝えたいなと思い……でも突然かけたら迷惑かなーと思っていたら、追伸(PS)が衛星放送(BS)になっていることに気づきまして……』

「それで、焦ってかけてきたと」

『うぅぅ……お恥ずかしい限りです』


 なんともまあ、彼女らしいというか、なんというか。

 生真面目で、丁寧で。

 そしてあれだ。『ド』のつく天然だ、この子。


『改めて、お礼させてください。昨日は、ありがとうございました』

「いえいえ、こちらこそ」


 なにが、こちらこそなのだろう。


『おかげさまで、今日はスッキリ授業を受けることができました』

「やっぱ全然違う?」

『宇宙とマントルくらい違いますね』

「落差激しすぎない? 天も地も突き抜けてるやん」

『それだけ睡眠は偉大ってことです。夜更かし気味なお寝坊さんは、一回しっかり寝た方が良いです、世界変わります』

「やめろ、その言葉は俺に響く」

『むむっ、さては黒崎さん、夜更かしさんですね?』

「学生は何かと忙しくてな」

 

 主にアニメとかYoutubeとかラノベとかアニメとかアニメとかアニメとか。

 

『それで、その……次回の添い寝は……』


 控えめな声。

 そういえば決めていなかった。


「希望の日にちとか、あったりする?」

『私はいつでも! お願いする側なので、黒崎さんの都合の良き時に』

「なるほど。えっと……」


 じゃあ。


「来週の火曜とか、どう?」

『来週の火曜日ですね、おっけーです!』


 ちょうど一週間後だ。


「その日はバイトだから、終わり次第行く」

『おー、了解です! 諸々準備して待ってます』

「なんだ、準備って」

『女の子にはいろいろあるのです』

「なるほど」


 その後は二言三言言葉を交わし、最後に白音のお礼で締めて通話を終えた。

 通話時間は一瞬だったが、嵐のような出来事に感じた。

 肩の力が抜けて脱力していると、ぴこんっと再びLINEの通知が鳴る。


ーーー


 しおん:

 黒崎さん、先程はお電話ありがとうございました!

 最初、ばたばたしてごめんなさい!(´இωஇ`)

 そして来週の火曜日、よろしくお願いしますね(*´□`*)

 また、連絡します。

 CS

 今日は夜更かしせず、しっかり寝てくださいね!(。-ω-)zzz

 

ーーー


 おいまた追伸が衛星放送になってんぞ。


 ぴろろろろろん♪ ぴろろろろろん♪


「はい」

『CSじゃなくてPSです誤字りました!』

「もういいって!」


 わたわたする白音に当たり障りのない受け答えをして、通話を切る。

 通話越しでも賑やかな人だと、改めて叶多は思った。


 それから宣告通りだらだらとアニメを視聴し、Youtubeを流し見したりして夜を過ごした。

 しかし、徐々に落ち着かなくなってきた。

 胸の上ら辺から冷たい水を少しずつ流し込まれて、きゅうっと締まっていく感覚。


 ……ああ、きたか。

 

 とため息をつく。


 たまにある。

 かつては4人で暮らしていた家に、自分ひとりだけ。

 そのことに、どうしようもない、胸を締め付けられるような寂寥感を覚えてしまうことが。


 昨日から今日にかけて白音と一緒にいた分、一人になった時のギャップが生じたのかもしれない。

 こういう時はYoutubeで『励ましボイス 男性向け』と検索をかけて癒しのASMRをかけるか、寝るに限る。


 ──今日は夜更かしせず、しっかり寝てくださいね!


 その文面に従った、というわけではないが、寝ることにした。

 いつもより早い就寝。


 電気を消して、ベッドに潜り込む。

 真っ暗闇の中、なんとなく、本当になんとなく、思った。


 誰かと一緒に寝るのも、悪くなかったなと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る