第10話 添い寝フレンドになってください
「ごめんなさい、急に来てもらって」
「いや……」
先日お世話になったマンションの一室。
リビングのソファに、叶多は白音と肩を並べて腰掛けていた。
いや、なにがあったし。
経緯を事実ベースで記そう。
バイト終わり、白音が叶多を待ち構えていた。
曰く「お話があります。私の部屋に来てくれませんか?」とのこと。
白音の纏う真剣なオーラに抗えず、叶多は流されるまま了承した、以上。
いや、以上ちゃうわ。
自分が流されやすい性分であるという自覚はあるが、いくらなんでも草舟精神過ぎないだろうか。
とはいえ、過去を振り返っても仕方がない。
なにより今は別の問題に直面しているため、そちらに脳の全リソースを注がなければならない。
なぜ彼女は自分を呼び出したのか。
……まあ、心当たりしか無いのだが。
「おっ、お茶かレッドブル、どちらが良いですか?」
「その二択を提示されたのは人生初だよ」
「あっ、すみません、変でしたね。じゃあ、モンスターかレッドブル、どっちが良いですか?」
「なんで茶のほう消した?」
「はっ、確かに!」
手に口を当てる白音。
空気を読むことに疎い叶多でも、白音が焦りと緊張の最中にいるということはわかった。
そのことに、小さく安堵する。
「お茶、お願いできる?」
「は、はい! 持って来ますね」
ぱぁっと表情を明るくし、白音はキッチンへ小走りに駆けて行った。
気づく。
初めて会った日に比べると、スムーズにやりとりが出来ていることに。
この半年で培った接客スキルのおかげ、かもしれない。
手持ち無沙汰になった叶多は部屋を見渡す。
先日、強く印象に残ったエナジードリンクの空缶は綺麗に片付けられていた。
代わりに、付箋だらけの参考書類が白音の努力の象徴かのごとくずらりと並んでいる。
本棚もきっちり整頓されており、フローリングの床は埃ひとつない。
今度は準備万端ですっと、どこからか声が聞こえてきそうだ。
「どうぞっ」
「ありがとう」
白音が隣に座ってから、湯飲みを傾ける。
親しみ深い渋みが口内を満たし、身体の芯をじんわり温めてからようやく一息つくことができた。
「それで、話って?」
「あっ、えっと……」
湯飲みを持つ小さな手が落ち着きなさげに動く。
忙しない瞬き、ほのかに赤い頬。
ひしひしと、緊張が伝わってくる。
心を落ち着かせるように何度か深呼吸を繰り返したあと、白音は力の篭った眼差しで叶多の方を向いた。
「まずは改めて、昼間は驚かせてしまってごめんなさい」
ぺこりと、白音が頭を下げる。
「いきなり過ぎましたよね……添い寝フレンドとか急になに言ってんだって話ですし、自分で提案しておいて途中で恥ずかしくなって逃げるとか、もう人としてどうなのって話ですよね」
「ああ、いや……それは全然気にして無いんだけども」
正確には、気にしないことにした、が正しいが。
「ほんとですかっ? よかったぁ〜」
心底安心しきった様子の白音。
「もしかして、それを言うためだけに?」
「あ、えっと、それはそれで大事なミッションだったのですが、本題は別にありまして」
次の言葉までは、間があった。
さっきの謝罪は前菜で、次がメインディッシュ。
ぎゅっと結ばれていた唇が開いた途端、叶多は思わず身構えた。
「私、ひとりじゃ寝られないんです」
…………はい?
肩透かしとはまさにこのことだ。
いや、だってそんな、小学5年生の悩みみたいな言葉が、あの夢川白音から出て来るとは思わないだろう。
白音は白音で「言ってしまった〜〜〜〜」みたいな清々しさと達成感に包まれた表情をしているから、余計にリアクションに困る。
「あっ、すみません! また説明不足で……これだと、小学生のお悩みですよね」
「自覚はあったんだ」
安心する。
「えっと……確か夢川さんは、一人暮らしだよね?」
とりあえず、無難な質問を返す。
冗談だよね? という意味合いを込めて。
「はい、絶賛ホームアローンです」
「泥棒撃退コメディかな?」
じゃなくて。
「さっきの言葉をそのまま受け取ると……夢川さんは夜、一睡もできないことになるけど」
「はい、その通りです」
すぱんと野菜を切るように言われるから、また返答に困った。
その時、頭の中で複数の要素が浮かび上がり、朧げな一本の線で繋がる。
「まさかのまさかなんだけど」
自分は今、非常に馬鹿げたことを言おうとしている。
そんな自覚とともに、尋ねた。
「授業中に寝ているのは、周りにクラスメイトがいるから……?」
「……察しが良くて助かります」
マジかよ。
朧げだった線がクリアになる。
「つまり……夢川さんは、完全な昼夜逆転生活を送っている、ということ?」
「そうです。夜は一睡もしてなくて、昼に睡眠をとっています」
……マジかよ。
つまり白音は、夜寝ても寝足りないから昼も寝ている、ではなく。
夜寝られないぶん昼寝ることによって帳尻を合わせている、ということなのか?
……んなバカな。
真面目に考える一方、にわかには信じ切れない自分がいた。
でも、白音が嘘を言っているようにも見えない。
どっちつかずの思考を読まれたのか、白音がおずおずと言葉を繋げる。
「そういう体質……なんです。ひとりだと、どうしても寝られなくて……」
「…………マジかよ」
ついに、言葉が出てしまった。
「学校で寝ているといっても、机だとあんまり疲れが取れないんです。日を重ねるごとに、疲労がどんどん蓄積していって……」
「まあ、そうなるわな」
想像する。
毎日無理やり徹夜して、睡眠は授業中に机でとる。
それを毎日繰り返す。
控えめに言わなくても地獄だ。
自分なら1週間と持たない気がする。
同時に、脳裏に稲妻が走った。
「もしかして、添い寝フレンドになってほしいってのは……」
こくりと、白音が頷く。
「この前、黒崎さんが泊まってくれて……私、半年ぶりにぐっすり寝られたんです」
先日、看病中の寝落ちから覚醒して、なぜか嬉しそうだった白音。
一晩明けて、昼まで眠りこけた白音のこれまた嬉しそうな表情。
そのふたつが繋がった。
「これまでは、休日に図書館のソファや電気屋さんのマッサージチェアで寝溜めして、なんとか誤魔化してきたのですが……最近、そろそろ限界が来ているというか」
頭痛や目眩など、あまりよろしくない兆候が出始めたんです、と白音は力なく付け加えた。
その表情には、くっきりと疲労の色が浮かんでいる。
冗談やからかいの類では無いことは、叶多でもわかった。
「無理なお願い、というのはわかっています」
ぎゅっと、白音が祈るように指を重ねる。
懇願するような瞳で、叶多に言葉を放った。
「本当に、週一でもいいので……私と、一緒に寝てくれませんか?」
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