第11話 眠り姫と添い寝フレンドに
「週一でもいいので……私と、一緒に寝てくれませんか?」
白音の懇願に、叶多は言葉を詰まらせた。
極上の美少女に「一緒に寝てくれませんか?」とお願いされる。
その言葉に他意は無いことはわかってるが、それでもひとりの男としてくらっと来てしまうのは無理もない。
思考がごちゃりそうになるのをなんとか理性で抑え込んで、白音のお願いごとについて考える。
事情は把握した。
白音は一人では寝られない体質で。
一人暮しをしているから、夜は寝られなくて。
昼、周りに人がいる時に寝てはいるが、それだと疲れは取れなくて。
最近、その疲労の蓄積で身体が限界の兆候を見せてきたから、夜、一緒に寝てもらいたいと。
なるほど、突拍子も無い話だが筋は通っている。
学年一の美少女、夢川白音が眠り姫たる秘密。
それには、割とシリアスな事情があったようだ。
「二つ、質問がある」
「はい、なんなりと」
「まずひとつ目、これは俺の答え合わせなんだけど……エナジードリンクは、味が好きとかいう理由で飲んでるわけじゃ、ないよな?」
「……はい」
白音が目を伏せる。
「私、授業は基本寝ているので、夜はしっかり勉強しないと置いていかれちゃうのです。エナジードリンクは、その眠気覚ましに利用しています」
日野宮高校は都内トップクラスの進学校だ。
東大や早慶といった難関大学対策を想定した授業はどれもハイレベルで、気を抜くとすぐ置いてけぼりを食らい定期テストの順位に多大な影響を及ぼしてしまう。
授業を全寝しつつ好成績を維持するには必然的に、夜を勉強時間に充てることになるだろう。
授業を聞いていないということは独学で勉強していることになるが、そんな状態でも白音の成績は常に上位10名の常連。
置いていかれるどころがトップを先導してね?
ガチモンの天才なのだろうか、いや……。
ちらりと、勉強机を見やる。
ずらっと並ぶ付箋だらけの参考書や大量のノート類。
元々の頭の良さもあるかもしれない。
しかし、彼女が血の滲むような努力を重ねていることは間違いない。
「あれ、でも夜はそもそも元気なんじゃ?」
夜眠れないのなら、わざわざエナジーでファイト一発しなくても良さそうだが。
「私、もともとは朝型人間だったので、昼夜逆転があってないんです。そのせいか、夜眠れなくても眠気はあって……でも、眠りに落ちる寸前に頭痛がして、強制的に起こされるというか」
「うわ、やばいなそれ……」
眠いけど、寝ようとしたら頭痛で強制的に覚醒させられる、その繰り返し。
だったらエナジードリンクで無理やり覚醒させて少しでも勉強に集中できるようにする、といったところか。
ただの魔剤中毒者だと思っていたが、これまた相当深刻な理由が……って、あれ?
「もともと朝型人間? ということは、どこかのタイミングで夜寝られない体質になった、ってこと?」
「あっ……」
しまった、と白音の表情がはっとする。
「えっと……その……」
叶多の素朴な疑問に対し、白音は見てわかるほどの動揺を浮かべた。
すぐに叶多は、この話題が地雷であることを悟る。
「ごめん、言いたくないことは、無理に言わなくていい」
「……はい、ごめんなさい。お言葉に甘えさせていただけると、嬉しいです」
推測するにおそらく、白音が1人で寝られない体質に至るには、なにか深い理由があるのだろう。
たいして交流のない自分が踏み込んではならない理由が。
「もう一つの質問なんだけど」
話の舵を切る。
正直、聞きたかったのはこっちの方だ。
「なんで、俺なんだ?」
叶多の質問にきょとんとする白音。
「添い寝フレンド……いうなれば一緒に夜を明かす相手なら、俺よりも適役がいると思うんだ。もっと仲のいい友達とか……」
そもそも家族とか。
とは口にしなかった。
なんとなく、地雷センサーが反応したから。
「ああ、そういうことですね」
白音が柔らかく微笑んで口を開く。
「まず、私の体質のことを友達は知りません。……誰にも、言ってないので」
友達に心配をかけたくありませんでした。
力なく、白音が付け加える。
「でもさっき言った通り、私の身体は限界でした。そろそろ助けを求めないとダメだと、誰かにお願いしようと思って……でも、誰にお願いしようかなかなか決まらなくて……」
白音が叶多を見る。
「そんな時、黒崎さんが私の家に泊まったんです」
「……その節はほんと、お世話になった」
「いえいえ! むしろこちらこそ、です」
白音が目を細めて言う。
「実際に一晩過ごしてみて、黒崎さんが誠実で優しい、紳士的な人だとわかりました。それで、思ったんです。ああ、この人なら大丈夫だろう、って」
なるほど、そういうことか。
ぽりぽりと、叶多は頬を掻いた。
この手の言葉は言われ慣れていなくて、むず痒い。
「それはなんか……ありがとうって感じなんだけど。でも、ほんの一晩過ごしただけでだぞ? 判断を下すには早いような」
「意外とわかるものですよ? その人が纏ってる空気? オーラ? みたいなので、だいたい」
「そういうものなのか」
「私の場合は、ですけど」
それについてはとやかく言える立場では無いと、叶多は思った。
自分とは違いたくさんの人と関わっている分、他者の性質を見抜くセンサー的なものが備わっているのだろう。
「理由はもうひとつ、あります」
ぽつりと言った後、しばし間があった。
すうっと、白音が大きく息を吸い込んで、
「どうしても忘れられなかったんです!」
「……へ?」
急にばっと立ち上がって声を張るもんだから、叶多は呆気にとられてしまった。
「黒崎さんと明かした一晩の心地よさが……あの、全身にぎっとりと纏わり付いた疲れが、ほわほわほわーって解消されていく感じが!」
両手をギュッと握りしめ、都知事選挙の候補者かくやといった身振りで力説する白音。
「もう間違いなく、人生で一番の寝心地でした! 落ち着くというか、心が安らぐというか……これはもう、添い寝の相性が良かったとしか思えません!」
「添い寝の相性って」
厳密には別々の布団だったから添い寝では無い気がするが。
「それでもう、ああやっぱりこの人しかいないなって、思ったんです!」
………………なるほど?
言ってることは理解はできるし、筋も通っていると思う。
ただ、なんというか。
あれ、夢川さんってこんなキャラだっけ?
と首を傾げる思いの方が強かった。
「……理由は以上です。その……いかがで、しょう?」
白音の息がわずかに上がっている。
伺うようにじっと見つめられて、息を呑む。
正直、すぐには意思決定ができないと思った。
理由は三つある。
ひとつは、添い寝フレンドという関係性が外部に露出した時のリスクだ。
この関係性のことは誰にも言わない。
彼女なら固く守ってくれそうな気がするが、秘密というものはいつ、どのような経緯で白日のもとに晒されるかわかったもんじゃない。
万が一この関係が他の生徒に知れ渡ろうものなら、白音に対し好意的な感情を抱いている連中もとい眠り姫ファンクラブの皆さんに、叶多は市中引き摺り回しの上火炙り石投げつけ万歳三唱の刑に処されるだろう。
冗談だ。でも、奇異の視線に晒されることは間違いない。
なるべく、そういったリスクが付き纏う状況は避けたい。
高校は平和でゆったりとした学園ライフを送るのだと、叶多は決めているのだから。
次に、眠り姫のそばでぐっすり眠れるんか問題。
叶多だって一介の男子高校生だ。
夜、同じ部屋で、学年一の美少女と夜を過ごす。
その状況を必要以上に意識して、むしろ覚醒してしまうんじゃないか。
いや、でも布団は別々だし、先日はぐっすり寝られたな。
一般的な男子高校生よりはそういった欲求が希薄というか、関心が薄いというか。
この点は意外と大丈夫かもしれない。
……もしかするとこの点も、白音センサーで見抜かれていたのかもしれない。
この人は性欲薄そうだから襲ってくる心配はないだろう的な。知らんけど。
最後のひとつが……いや、これはいいか。
邪推になりすぎか。
白音に限ってそんなことをする人とは思えないし、しようものなら彼女の立場的にデメリットしかない。
そもそもああいった幼稚な所業を行うのは知能指数の低い中学までであって、高校にもなってやるものではないだろう。
そう信じたい。
てか、あまり思い出したくないからこれ以上考えたくない。
思考終了。
と、懸念点を言語化してみたが、意外と引っかかってるのはひとつ目の理由くらいか。
でもそのひとつ目の理由がネックなんだよなぁと、額に手を当てて眉間に皺を寄せる。
その時、気づく。
白音の肩が、手が、唇が、微かに震えていることに。
……まあ、そりゃそうだよな。
さほど交流も深くない異性のクラスメイトに、「添い寝フレンドになってください」とお願いする。
それがどれだけ勇気のいる行動だったのか、叶多には計り知れない。
計り知れないが、少なくとも並大抵のものでは無いことはわかる。
でもそのくらい、彼女は追い詰められていたのだろう。
さっきの力説も、感情と勢いに任せた彼女のなりの一生懸命だったのかもしれない。
そう思うと、胸の中でちくちくとした感情が生じた。
……多分、自分のような人間にも、スプーンひと匙くらいの同情心というか、思いやりの心があったらしい。
様々な感情と思考が入り混じり、叶多の中にひとつの結論を落として、言葉になる。
「わかった」
「……え?」
狐につままれた顔をする白音。
「この関係のことを誰にも言わない。それさえ守ってくれれば……」
「い、言いません言いません! 絶対言いません!」
白音がぶんぶんと首を振る。
意思の籠った強い断言のあとは、
「……本当に、なってくれるんですか?」
そっと、伺うように訊いてくる。
「……まずは、週一くらいでなら」
叶多が言った途端、白音の身体がぐらりと揺れた。
「お、おいっ」
「あっ……」
立ち上がって両手を伸ばしたのはとっさの判断だった。
重力に引っ張られ床に倒れそうになった白音を、叶多は太腿に力を入れて抱き留めた。
「……ご、ごめんなさい。なんか、力抜けちゃいまして」
腕の中。
頬を朱に染めた白音が、視線を逸らして言う。
「……あ、ああ、気にする、な」
脳髄をぐらぐら揺らす甘ったるい匂い。
小さな背中を支える腕から伝わってくる、柔らかい感覚。
あれ、これ、判断を誤ったんじゃね。
ばっくんばっくんと高鳴る心臓を宥めつつ、白音をそのまま隣に座らせる。
「あ、ありがとう、ございます……」
「いや……」
気まずい沈黙。
女性経験皆無の叶多にとって、先の一件は刺激が強すぎた。
先日、白音に抱き留められた時は高熱でぼやっとしてたから大丈夫だったが、通常状態だと心臓に悪すぎる。
妙な感情を抱かないよう気をつけねば。
「では、改めてっ、よろしくお願いします」
「あ、ああ、よろしく頼む」
こうして、叶多は白音と添い寝フレンドになった。
ぶっちゃけどうなることやら未知数ではあるが、しっかりと取り決めをしてコミュニケーションを取れば変なことにはならないはず。
よし、今日は帰って、そのあたりをゆったり考えるとす……。
「じゃあ早速、今日、お泊まりお願いしてもいいですか?」
……なんやて?
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