第4話 眠り姫と”おやすみ”

「友達とお泊りだなんてドキドキですねー」


 叶多の視界から見て左斜め上。

 家主を乗せたベッドから、弾んだ声が聞こえてくる。


「いつから君と、友達になった」

「違うのですか?」

「少なくとも俺は……その日初めて話したクラスメイトを友達として定義しない」

「むむむ、なかなかに理屈っぽい」

「線引きがはっきりしているとも言う」


 叶多は今、ベッド横の床に敷かれた布団で寝ている。

 別に引き摺り下ろされたわけではない。


 つい先ほどの会話は以下の通りである。

 

「俺は、ソファで寝るよ」

「ダメです。病人なんですから、ベットで寝てください」

「いや、一晩宿を借りる身分でそれはない」

「気にしなくていいですよ? 家族が来た時用の布団があるので」

「じゃあ、俺がそこで寝る」

「でも床、固いですし……」

「大丈夫だから、本当に」

「でも……」

「これ以上は、罪悪感で頭痛くなる」

「……むぅ。そこまで言うのでしたら」


 回想終了。


 かくして、二人は健全に、別々の布団で寝ることになった。


 美少女と同じ布団の中でドキドキ添い寝展開。

 なんてのは、ベタなラブコメの中だけで起こるイベントであって、現実世界で起こるはずもない。

  

 起こるとしたらそれこそ来来来世くらいだろう。


 明日は土曜日のため、目覚ましはかけていない。

 白音も、「私もかけませんので、心ゆくまで眠りましょう」とのことだった。

 いつも心ゆくまで寝ている気がするが。


 ふわぁと、小さな欠伸が鼓膜を震わせる。


「夜も、しっかり眠くなるんだな」


 普通、昼間あれだけ睡眠をとっていたら夜はギンギンになってしまう気がするが。

 という、素朴な疑問から出た言葉を投げる。


「………………そりゃあ、眠いですよ」


 返答まで間があった。

 叶多はその間を、眠気で反応が遅れたんだと解釈した。


「黒崎さんは……」


 ぽつりと、今までとは違った声。


「夜、ひとりで寝るの、寂しいとか思いません?」


 なんの脈絡もない質問で、今度は叶多の反応が遅れた。


「別に、思わない」

「どうして」

「どうしてって……」


 考えたこともなかった。

 少しだけ考えて、自分なりにしっくりくる答えを言葉にする。


「慣れてるから」


 その返答を、白音がどのように受け取ったかはわからない。


「……そう、ですか」


 ただ、僅かに消沈した白音の声を聞いて、叶多は内心”しまったな”と思った。


「私はけっこう、寂しんぼなんです」


 息を浅くして、聴覚に神経を集める。


「だから今日、久しぶりに誰かと寝ることができて……すごく嬉しい、です」


 ……やっぱり優しい子だな、と叶多は思った。


 君が泊まることは私にとっても良いこと、と言って後ろめたさを少しでも軽減してくれようとしている。

 そう思った。この時は。


「……そうか」

「ごめんなさい、長々と」

「いや、別に……」


 もっとコミュニケーションに長けていたら、もう少しマシな受け答えも出来ただろうに。

 あいにく、自分には対人スキルというものが決定的に欠落している故、無理な話である。

 

「あの、さ」

「はい」

「改めて、ありがとう」


 気遣いの帳尻を合わせるかのように言う。


「ふふっ、どういたしまして」


 ごそごそと衣擦れ音。

 感情と身体の動きが連動しているんだろうなと、勝手に推測する。

 

「おやすみなさい、黒崎さん」

「……おやすみ」

 

 それで、会話は最後だった。

 秒針が時を刻む音と、自分以外の寝息だけの空間。


 いつもと違いすぎる睡眠環境に違和感を覚えつつも、思う。


 いつぶりだろうか。

 ”おやすみ”を口にしたのは、と。

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