第22話 眠り姫と、一緒の布団で寝ようか
結論から言うと、1問も持たなかった。
「んぅ……」
問題が始まってすぐ、白音は切れかけの蛍光灯みたいにパチパチと瞼を瞬かせ始めた。
そしてへにゃへにゃと、起こしていた身体を布団と密着させる。
「うん、これは睡魔来てるね」
「すみません、急に眠気が……」
「謝罪案件じゃないだろ、むしろゆっくり休まないと」
「いえ……エナジーパワーさえ注入すればまだなんとか」
「俺が泊まりにきた意味」
こしこしと瞼を擦る白音。
くあぁと、寝起きの猫みたいに欠伸をしていた。
そろそろ寝落ちする、って感じだがまだ意識ははっきりしている。
良かった、今回は平和に寝床を分けられそうだと上半身を起こすと、
……きゅっ。
腰を上げようとした叶多の袖口を、白音の親指と人差し指が摘んだ。
「……あの、夢川さん?」
「……」
念のため確認する。
とろんとした目が、半分くらい開いている。
「起きてるよね?」
「……起きてますよ?」
「離してくれないと、移動できないんですが」
「移動する必要……あるんですか?」
oh。
「えっと、流石に一緒のベッドは色々まずいというか」
「なにが、まずいのれすか?」
「なにがって……」
言われてみて、なにがだろう? と思った。
いや、なんなら一回一緒に寝て、何も起きないことは証明されてしまっている。
確かに、まずいことはない。
ないのだが。
「黒崎さんは……」
どこか、心細げな声。
「夜……ひとりで寝るの、寂しいとか思いません?」
これは、いつだったか。
そうだ、初めて白音の家に泊まった夜、彼女が投げかけてきた問い。
あの時の自分は、”別に、思わない”と答えた。
今は……?
「私は、寂しい、です」
ぎゅっと、今度は手首を掴まれる。
「……一緒の部屋に、いるだろ」
ふるふる。
銀髪が左右に揺れる。
そして、一言。
「そばに……いてほしい、です」
消え入るような声に、胸がきゅうっと締まった。
なんだこれ。
同時に、参ったな、と思った。
いくら察しが悪い叶多でも、わかる。
同じベッドで、一晩一緒に寝てほしい。
それが、彼女の望みなのだと。
「……わかった」
気がつくと、了承していた。
今回は途中で寝落ちで仕方がなくという、不可避的な流れではない。
自分の意思で、白音と布団を共有することを選んだ。
論理よりも先に感情的な結論が出たことに、驚く。
……多分、心配になったのだろう。
行かないでと懇願するように、手首を掴む白音。
ぎゅっと唇を結び、目を伏せ、微かに震えるその姿はどこか儚げで、触れると粉々になってしまうんじゃないかという怖さがあった。
彼女にとって、一人で寝るという行為は寂しく、深い孤独を伴うものなのだろう。
出来るだけ誰かに近くにいてほしい。
そんな思いが根本にあるように感じられた。
その思いから湧き出たお願いを拒否する理由も、気持ちも、叶多には無かった。
自分の添い寝程度で寂しさが緩和されるなら、いいか。
アラームを設定したスマホを充電器に挿し、電気を消してから横になる。
「すみません、本当に……わがままばかりで」
すぐ横から、声。
「いや、気にしてない。むしろ……」
気を遣ったのか、本心なのか。
「俺も、そばにいてくれた方が、落ち着く……から」
きっと、本心だ。
──夜……ひとりで寝るの、寂しいとか思いません?
その問いに対し、今ならこう答える。
“わかる、かもしれない”
思い返す。
広い一軒家の一室。
ベッドで独り、目を閉じる毎日。
なるべく考えないよう感情に蓋をしていたが、たまに溢れ出して、胸の中に冷たい水が広がるような寂寥感を覚える。
たぶん、あれをきっと、”寂しい”というのだ。
そんな時に、そばに誰かがいたらいいなと、叶多自身も望んでいたのだ、心のどこかで。
「優しいんですね……黒崎さん」
多分、気を遣ったのだと思われたのだろう。
別にどう捉えられたって構わない。
「あの……」
「ん?」
「手、ぎゅってして、いいですか……?」
「……ん」
少しだけ、手を伸ばす。
もぞもぞと、衣擦れ音。
左手に、ひんやりとした感覚がふたつ。
叶多の手を、白音は大事な宝物を扱うように両手で包み込んだ。
「あったかい、です……」
まるで何日も、何ヶ月も母親を探して、ようやく再会できたみたいな声。
それが、最後だった。
すぅすぅと規則正しい寝息を立てて、白音は夢の世界へ旅立って行った。
……結局一緒に寝ることになってしまったが、まあいいか。
すぐそばから、白音の気配と、息づかいと、匂いを五感で感じ取りながら瞼を閉じる。
穏やかで、心地よい、暖かいさざ波が胸を満たした。
大きく息を吸い込んで、改めて実感する。
やっぱり、落ち着くな、と。
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