第34話 叶多の変化
「クロ! これ2番テーブルに持って行ってくれ!」
「はい、ついでに1番テーブル片してきますね」
「おう、助かる!」
放課後のバイトはかなりの忙しさを極めた。
テーブル席は全て埋まっており、そのうち2グループが料理もお酒もたくさん頼むお客さんたちだったため、叶多と店長は休む暇もなく身体を動かした。
「クロ、ハンバーグの盛り付けも頼む!」
「それならさっきやっておきました」
「おおっ、流石!」
多忙な割には焦ることなく効率的に動くことができた。
「クロ、ちょっとお客さん増えて暑くなってきたから、暖房切っておいてくれ」
「さっきお客さんが暑そうにしてたので、切っておきました」
「おお、やるじゃねえか」
神経が研ぎ澄まされたかのような感覚の中、二手、三手先を予測して諸々を捌いていく。
「叶多くん、きびきび動くようになったねー」
テーブル席のお客さんがある程度はけて食器をじゃぶじゃぶ洗っていると、カウンター席のつぐさんが頷きながら言った。
「流石にもう、7ヶ月目ですからね」
「違う違う、なんというか、最近急に機敏になったというか」
「暇な時よりもある程度忙しい時の方がパフォーマンスが上がる法則ですね」
「あっ、それわかる。私もテスト3ヶ月前よりも、1ヶ月前の方が追い込まれてる感あってブーストかかるもん」
「テスト1ヶ月前で追い込まれてる感? 早くないですか?」
つい先日行われたテストは、一週間前になった「やべえやべえ」となったものだ。
「そう? 周りもそんなもんよ?」
恐るべし、大学生。
大学受験という名の試練を乗り越えた後も、勉強漬けの毎日を送らないといけないのか。
まあ、就職する気満々の叶多にとっては関係のない話ではあるが。
「いや、今日だけ特別じゃねえな」
一息ついていた店長が腕を組み、これまた深く頷きながら言う。
「つぐちゃんのいう通り、最近のクロは動きが良くなった。前まで手足に重りでも括り付けてるんじゃないかって動きだったが、最近はそれが取れたみたいな」
「そんなトロかったですかね俺」
「トロかったつうか、終始疲労困憊で本調子じゃないって感じ?」
「ああ……」
店長の言わんとしていることを察する。
「確かに確かに! 叶多くん、前と比べると顔色すっごく良くなったと思う」
ふんふんと、つぐさんも頷き、叶多は確信した。
添い寝の効果が、どうやらここにも現れているらしい。
白音と添い寝する機会が増えたことによって生活リズムが改善。
慢性的な寝不足で低下していたパフォーマンスが本来の数値に戻った、といったところか。
「これは、彼女ができたな?」
拭いてる皿落っことすかと思った。
「なんですか、急に」
「とぼけんな。気が回らなかった男が気遣いできるようになるってパターンは、だいたい彼女できたからって相場が決まってるんだ」
「範囲狭すぎじゃないですかねその相場」
「彼女以外に何して遊ぶってんだ男子高校生は!?」
「すべての男子高校生が彼女作る以外にやることないみたいな事言わないでください。いろいろ遊びますよ、アニメ見たり、クイズ解いたり、youtuber見たり……」
「へえ! 叶多くん、youtube見るんだ、意外!」
つぐさんがぱあっと表情を明るくして言う。
「てっきりVtuberの方見てると思ってた」
「それは否定できませんね」
「誰見てるのー?」
「クイズチョップです」
「あー! 半沢くんの! 面白いよねー、クイズチョップ」
つぐさんが身を乗り出して瞳を輝かせる。
「つぐさんも見るんですか? クイズチョップ?」
「んー、ぼちぼちかな? あ、そうそう半沢くん、動画だとめっちゃしっかりしているように見えるけど、大学だと講義全寝のグータラさんなんだよ? あとメンバーのけーちゃんも、動画だとぽわぽわしてるけど実はゴリゴリの体育会系で……」
「いや、めっちゃ詳しいじゃないですか」
その情報は毎日視聴ユーザーの叶多も初耳だった。
ネットのまとめサイトか、Twitterのタレコミだろうか。
ふと、講義全寝、と聞いて白音の顔が頭に浮かんだ。
クイズチョップの半沢さんも、もしかすると一人で寝れなかったりして。
んなわけないか。
ふと、その時。
つぐさんが、肩を摩っているのが見えた。
そういえば暖房、消したままだったことに気づき、再度電源を入れる。
「これ、よかったら」
部屋が暖まるまで寒かろうと、タオルケットを持ってきてつぐさんに差し出す。
「ん、ありがとう叶多くん! よく気づいたね」
「寒そうにしてましたから」
驚く。
つい先日、白音が自分にしてくれた事と同じシチュエーションだと。
「あと、周りをよく見えるようになったな」
店長の言葉で、振り向く。
うんうんと、店長は満足げに頷いていた。
「前までは言われたことしかやらなかったのが、最近は周りを見て、自分の頭でちゃんと考えて行動できるようになったと思う」
……なんだろう、肺のあたりがくすぐったい。
そうか、嬉しいのか、これは。
──気遣いのコツは、簡単です。相手に、興味を持つんです。
……不意に白音の声が頭に響いた。
興味を持った、かどうかはわからないけども、白音の行動や言葉と接しているうちに、無意識に身についたのかもしれない。
自分だけではなく、他人にも気を回すという習慣が。
「やっぱ出来たな、彼女」
「出来てませんって」
店長が揶揄うように笑う。
それに対し、叶多もほんの少しだけ口角を持ち上げて見せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます