第40話 眠り姫とお土産
地上に降りてきた叶多と白音は、一旦ショッピングモールに身を滑らせた。
半ば強制的に、白音をフードコートの椅子につかせる。
「ごめんなさい、気を遣っていただいて」
「気にしない」
水を入れた紙コップを白音に手渡す。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。ちょっとトイレ行ってくる」
「はい〜」
くぴくぴと両手で水を飲む白音を横目に、叶多はお手洗いに足を運んだ。
メインデッキで飲んだコーヒーが利尿作用をもたらしたのかもしれない。
事を済ましてフードコートに戻る際、とある雑貨屋さんで足が止まる。
ふと3時間ほど前の光景が頭に過ぎった。
何を思い至ったのか。
そのまま雑貨屋さんに入店し、商品を一つ購入してから白音の元に戻った。
「おかえりなさいです!」
ぱぁっと、飼い主を待っていた子犬のように表情を明るくする白音。
「ただいま。あと……これ」
「えっ……!?」
叶多が差し出したラッピング袋を見て、白音が空になった紙コップを手から滑り落とした。
「そんな驚くことか?」
「な、なんですかこれ?」
「開けたらわかる」
「もしかして……爆弾!?」
「紙コップ落とすだけじゃ済まないなそれは」
「開けてみていいですか?」
「……どうぞ」
恐る恐るラッピングを解いて、白音が中に入っていた商品を手に取る。
「これは……」
商品……赤い花柄のヘアピンをまじまじと見つめてから、叶多の方を見る白音。
「上に行く前になんか、物欲しそうに見てたから」
白音は目を大きく見開いてから、ほっぺについたごはん粒を指摘された時みたいに顔を赤くした。
思い出す。
3時間前にショッピングモールをぶらぶらしていた際、先程の雑貨屋さんで白音がこのヘアピンを眺めていたのを。
これを買って渡したら、どんな反応をするんだろう。
そんな好奇心と、純粋に買ってあげたいという気持ちが湧いて購入に至った。
無論、女の子に何かを贈るなんて経験は初である。
渡した感想としては……めっちゃ恥ずかしいなこれ。
「……白音?」
フリーズして沈黙を保った白音。
空気に耐えかねて声を掛けると、白音は魔法が解けたようにはっとした。
「あっ、あぅっ……ごめんなさい、ちょっとほわってしてました」
「ほわって」
「あー、えっと、はい、なんというか……予想外すぎて驚いたといいますか」
「……不要だったかな? だとしたら、ごめん」
「いえいえいえいえいえ違います違います違います!」
白音が身を乗り出して勢いよく首を振る。
「うれしい、です」
ぽつんと、ほわっとした声で一言。
それから叶多を真っ直ぐにじっと見つめて、
「ありがとう、ございます……」
ぎゅっと、ヘアピンを両手で握りしめて言った。
まるで、たくさん探してようやく見つけた宝物を、もう無くさないと大事に包み込むように。
「つけてみていいですか?」
「あ、ああ、どうぞ」
壊物を扱うように、白音は前髪をヘアピンで留めた。
そのゆっくりとした動作を、叶多は食い入るように見つめてしまう。
「ど、どうでしょうか?」
恥じらいの感情を浮かべ、白音が上目遣い気味に尋ねてくる。
即座に感想を口にすることは、できなかった。
シンプルに、見惚れてしまったから。
白音の銀の髪と、濃すぎない赤のヘアピンは美しいコントラストを演出していた。
見る者の目線全てを奪ってしまうほど整った顔立ちについてはもう、言及するまでもない。
まるでどこかのお姫様だ、と思った。
今日、展望台から見た景色よりも視線を釘付けにされてしまう。
「とても、似合ってる……」
作った言葉ではない。
自然に、思った通りの感想が口からこぼれ落ちるように紡がれた。
叶多の感想に、白音が目を伏せる。
嬉しそうに、照れ臭そうに。
その仕草だけで、叶多はプレゼントを贈ったことに対する恥ずかしさとか、そういうのは全部吹き飛んで、嬉しいが上回った。
肺のあたりのむず痒さが限界に達して、思わず目を逸らしてしまう。
「ずっとずっと、大切にしますね」
心底嬉しそうな、弾んだ声が聞こえる。
しばらくの間、叶多は視線を白音の方に戻すことはできなかった。
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