第42話 眠り姫と体調不良
東京タワーデートからしばらくの間、叶多の昼の時間に変化が訪れた。
端的にいうと、例の奇異的な視線が向けられていた。
いやまあ、そうなるだろうなと思っていたが。
おおかた、白音とのカフェでの一件が周知のものとなったのだろう。
名も知らない男子2名と、女子1名に「夢川さんとどういう関係なの?」的な質問を受けて「ただの友達」と返すというやりとりも発生した。
2ヶ月前はクラスで空気的な存在だった叶多にとってはビッグイベントである。
とはいえ、特にストレスにも感じなかった。
覚悟していたのもあったが、シンプルに慣れた、ともいうべきか。
とはいえ1週間もすればクラスの雰囲気も元に戻った。
再び叶多は空気の人となり、静かな学校生活を満喫している。
新たな火種のない人の噂なんて、そんなものだ。
……特定のクラスメイト、九条さんから妙に強い視線を向けられてるようになったのは、継続しているが。
対する夜の時間は変わりなく、白音との添い寝の日々は続いていた。
週に2,3日、バイト終わりからの時間を共に過ごす。
夕食を食べて、ふたりでクイズチョップを見て、日付が変わったくらいに眠りにつく。
それが叶多の中で当たり前の日常になっていた。
気がつくと、白音と添い寝フレンドになって2ヶ月が経っていた。
今後もこの関係がふわふわと続いていくのだろうかとぼんやりと考えていた12月最初の水曜日。
「……ごめんなさい」
ベッドの上。
頬を紅潮させた白音が、息の切れた声で呟く。
「謝るようなことじゃない」
先ほど氷を追加してきた氷嚢を、白音の額に乗せる叶多。
ほぅっと、白音が安心したように表情を緩ませるが、その小さくすべすべとした額はわずかに汗ばんでいて、前髪も心なしか水気を含んでいた。
「ありがとう……ございます」
「どういたしまして」
言いながら、叶多は白音の布団をかけ直してやる。
台詞だけを抜き取ると冷静沈着そのものだったが、内心、叶多は動揺していた。
今やっている処置が正しいのか、余計に悪化することをしていないか不安になりながらも、拙いネット検索で調べた看病法をぎこちなく実践している。
「気分はどうだ?」
「昼間よりかは……少しマシかもです」
「そうか。まだまだしんどそうだな」
今日一日、白音は調子悪そうだった。
顔色も悪く、息も荒い。
流石におかしいだろうと先ほど熱を測ったところ、『38.0』度というなかなかの高体温を記録した。
本人の自己診断と症状からして、典型的な風邪だろう。
病院に行くことを勧めたが、この程度だったらしばらく寝たら治りますとのことで、市販の薬とポカリを飲んで布団に包まっている次第である。
「季節の変わり目は……だいたいこんな感じなんです」
「なるほど。確かに最近、調子悪そうだったからな」
「……っ、バレてましたか」
「いつも見てるからな」
ただの客観事実を告げると、白音は「んぅっ……」と漏らして布団を口元まで被った。
「……熱、あがっちゃいそうです」
「だ、大丈夫か? 頭痛とか、吐き気とか……」
先ほどよりも肌が赤くなっていて、心配になる。
「そういうことじゃ、ないです」
「……と、いうと?」
叶多と問いかけに、白音は目元まで布団を被って言った。
「なんでも……ないです」
それから、「……はんそくです」とかなんとか、意図の汲み取れない呟きが聞こえたような気がした。
「まあとにかく、今日は温かくして、ゆっくり休まないと」
「ですね……来週から、テスト週間ですし」
「うっ……思い出したくない現実が」
「治ったら……また一緒に勉強会、しましょうね」
頭を抱える叶多に、白音がにへらっと、蕩けそうな笑顔を浮かべて言う。
「……ああ、よろしく頼む」
「えへへ……」
屈託のなく笑う白音。
声のトーンがいつもより高く、仕草や言動がいつもよりも幼い気がする。
熱で普段よりも一層、子供っぽくなっているのだろうか。
「今日は、泊まっていくよ」
「ええ……でも……」
「じゃないと、寝られないだろ?」
「う……そうですが……」
「感染(うつ)ったら感染(うつ)ったでその時は仕方がない。自分の免疫力に賭けるとするよ」
幸い、夢川家には布団が二組ある。
今日のところは来客用のを敷いて、下で寝れば問題ないだろう。
「なにからなにまで……ありがとうございます」
「どういたしまして」
それから自分の布団を敷き終え、今日はYoutubeは開かず消灯しようかと思ったとき、
「あの、叶多くん……」
「ん?」
白音がゆっくりと、小さくて白い手を伸ばして言った。
「少しだけ、手を……握っていてくれませんか?」
その表情は弱々しく、放っておいたら消えてしまいそうだった。
無言で、叶多はその手をとった。
ぎゅうっと、優しく、だけど力強く、握ってやる。
「ありがとう……ございます……」
それから白音は、ゆっくりと目を閉じた。
規則正しい寝息がすぅすぅと口元から漏れ始めてからも、叶多はしばらくの間、白音の手を握り続けていた。
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