第46話 眠り姫に、尋ねる。


「テスト、お疲れ様でした〜」


 バイト後。

 叶多は白音の部屋で、ささやかなテストお疲れ会を開催していた。


「いや〜、今回のテストも疲れましたねー」


 ふいーと、白音が額の汗を拭う動作をする。


「前回よりも範囲は狭かったからマシだったとはいえ、気は相当張ったな」

「お、マシってことは」


 期待の眼差しに、叶多は控えめに指を「b」にして返す。

 

「おーっ、それはなによりです!」


 両頬に手を添え、白音がニッコーと笑う。

 他人の幸せを心の底から祝う、眩い笑顔だ。


「今回もありがとう、勉強見てくれて」

「とんでもないです! むしろ私も、叶多くんと一緒に勉強ができて助かりました」


 テスト週間中、叶多は白音とテスト勉強を敢行していた。

 この度のテストの手応えも、白音のハイレベルなレクチャーのお陰あってなのは言うまでもない。


「白音は、どうだったんだ?」

「私ですか? 私は……」


 そのまま言葉を口にしようとして、一回飲み込んで。

 すぐに表情を繕った後、ぱっと笑顔を咲かせて答える。 


「いつも通りっちゃいつも通りですかね!」


 その一瞬の変化に、妙な違和感を覚えた。


「……さすがだな」

「えへへー」


 褒められた子犬みたいにころころと笑う白音。

 その表情は一見快活そうに見えて……なにか、薄い影的なものがうかがえた。


 ……テスト勉強中も、白音はどこか疲労の色を浮かべていた。

 元気なのは元気。

 いつものように快活な言動で、周囲の空間をぽわぽわさせていた。


(でも……俺はわかる)


 ここ2ヶ月、白音と過ごす時間が多かったから、わかる。

 白音がやはり、慢性的に調子が悪そうだということを。


 なんなら、今だって。


「んぅ? どうしたのですか、叶多くん?」


 叶多がだんまりしていることを怪訝に思ったのか、白音が顔を覗き込むようにして尋ねてくる。

 急にふわりと漂ってきた甘い香りに鼓動を早めようとする心臓を宥めつつ、


「あの、さ」


 意を決して、口にする。


「最近なんか、ずっと調子悪かったりしない?」


 決定的な言葉を。

 今後、ふたりの関係性を大きく変化させてしまう言葉を、空気に乗せてしまう。


 ぱちぱち。

 白音の反応は、速い瞬き。


 叶多の質問の意味が理解できない。

 ではなく、叶多の問いに対しどんな返答をするべきかを考えている、そんな反応。


 調子が『良い』or『悪い』単純な二択を口にするのに、不思議なタイムラグ。


「ぜーんぜん。私は元気ですよー?」


 にぱーと笑って白音が言う。

 その言葉に、ほっと胸を撫で……下ろせるほど、叶多は楽観思考ではなかった。

 

「いや、でも」

「大丈夫ですから」


 深掘りのために放たれた叶多の言葉を、白音が遮る。

 耳にしたことのない感情を含んだ声に、叶多の口が半開きのまま静止した。


「本当に」


 へらっ……と浮かんだぎこちない笑顔に浮かぶのは……罪悪感?


「だい、じょうぶなので」


 逡巡。

 胸の内に秘めたなにかを、出そうとして引っ込めたかのような。

 そんな表情を、白音は浮かべていた。

 

 叶多はそれ以上、追求できなかった。

 口はいつの間にか、閉ざされていた。


「……そう、か」

「心配してくれてありがとうございます、でも大丈夫です! 私はいつも通り、元気100倍白音ちゃんです」


 むきっと元気ポーズを披露する白音。

 その姿は叶多には空元気を張っているようにしか見えなかった。


 でも、もしかすると自分の思い込みなのかもしれない。

 白音は嘘をつくタイプでもないし、本人が大丈夫だと言うのなら、それを率直に受け止めてもいいかもしれない。

 もともと自分は人の些細な変化に気づくような性質でもなかったし、先日白音がぶっ倒れた一件を、過剰に心配しているだけかも……。


 必死に、自分を納得させようとする。

 これ以上、白音に体調のことを聞かなくても良いような立て付けを探していた。


 でも、厳しいものがあった。

 胸にじゅくじゅくと残った『嫌な予感』は、ずっと晴れないままだった。


 そしてその『嫌な予感』は、目にはっきりと見える形で的中することになる。

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