第12話 眠り姫と布団戦争
「……どうしてこうなった」
小田急線各駅停車本厚木行き。
世田谷代田駅から梅が丘駅の2分ほどの乗車時間を、叶多は振り返りの時間とした。
──今日、お泊まりお願いしてもいいですか?
てっきり、白音との添い寝(厳密には添い寝では無いがわかりやすいので)は日を置いて始まるものだと思っていた。
でも冷静に考えると、白音は連日の昼夜逆転生活により身体が限界だと言っていた。
それを加味すると、事は早ければ早い方が良い。単純な話だ。
理屈を飲み込んでから白音の要請を承諾し、叶多は一旦自分の家に帰ることにした。
シャワーを浴びて夕食を済まし、学校に必要な諸々一式を持って来るために。
「シャワーくらい、私の家の使っていいですよ?」
「いや、流石にそれは」
というやりとりと、
「夕食も私、作りますよ? なにが良いですか?」
「……いや、ゆっくり休んでいてくれ」
「でも、私から無理を言ってお願いしているので、なにかお返しをしたいといいますか」
「疲労困憊の同級生に料理をさせてしまう方が罪悪感で死ぬ」
「お気になさらず。一食分の料理を作るくらいは大丈夫です」
「いや、気持ち的な問題だから。ほんと、ゆっくり休んでいてくれ」
「むぅ……そうですか」
というやりとりがあったことをここに記しておく。
どんだけしてあげたい気質なんだ。
尽くしたがりで男をダメにするタイプの女の子って、こんな感じなのかもしれない。
「あっ、おかえりなさいです!」
部屋に戻ると、白音がぱっと笑顔を咲かせた。
まるでチワワだ。2日ぶりに帰って来た飼い主に飛びつく感じの。
「準備は万端ですか?」
「ああ、まあ」
おおよそ人の家に泊まる際の事前準備は済ましてきた。
心の準備を除いては。
「夢川さんは?」
「私も、スタンバイOKです!」
薄桃色のパジャマを自慢するように見せてくる白音。
ふわりと、シャンプーの甘い匂いが漂ってきた。
叶多が帰っている間にシャワーを浴びたのだろうか。
さらさらの銀髪はしっとり水気を帯びていて、頬はほんのりと朱に染まっている。
妙に色っぽく感じてしまったのは、邪な気も何もない本能なので許してほしい。
「じゃあ、寝るか」
「はい、お願いします」
時刻は23時。
少しでも白音の睡眠時間を確保するため、ふたりは寝床につく運びとなった。
夢川家の間取りはLDK。
ダイニングとキッチンが一緒になったリビングは広々としていて、そこに生活圏を集約しているらしい。
「今日こそは、こっちの大きい方のベッドを堪能してください」
リビングの端に設置されたビックサイズのベッドを白音が指差す。
「いや、いいよ。こっちの布団で」
叶多はそう言って、床に敷かれた布団に膝を突こうとする。
「ダーメーでーす!」
ぐいぐいと服を引っ張られる。小学生か。
「これ以上は、私の気が済みません」
「いや、ほんと気遣わなくていいから」
「広々としててすっごく気持ちいいのですよ、このベッド?」
「それはこの前お世話になってたから知ってる」
「あの時はへにょへにょモードだったので寝心地を充分に堪能できていないはずです! 今のぴんぴんモードで味わって欲しいのです!」
「なんだ、へにょへにょモードって」
これ以上の会話はあまりにも不毛かつ中身のないものだったので割愛する。
結論を言うと、彼女の主張に反論できるほどの理屈を用意することができず、半ば押し切られる形で叶多は白音のベッドで寝ることになった。
おずおずと、ベッドに腰掛ける。
白音の言う通り、マットはふかふかで適度な弾力があった。
いや、まあそうだろうなと、それくらいの感想しか出てこない。
いいお値段のベッドなんだろうが、根が庶民の叶多には大きな違いはよくわからない。
一点特筆するとすれば、妙に甘ったるい香りを嗅覚が捉えたことだろうか。
なるべく意識しないようにして、叶多はベッドに身を横たえた。
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