第26話 眠り姫と友達と、2度目の噂話
宣言通り、叶多は白音と週に2,3回のペースで添い寝をした。
バイト終わりに白音の家によって、二人で夕食を囲んで、クイズチョップを見て、添い寝して、起きて、一緒にご飯食べて、時間をずらして登校する。
という流れを、2週間ほど繰り返した。
「さぶ……」
テスト週間が刻々と近づいてきた10月の下旬。
白音と添い寝をし始めて、そろそろ1ヶ月になる。
赤坂見附駅から学校へと続く道を、叶多はポケットに手を突っ込んで歩く。
そろそろ11月というこの時期ですでに外に出たくないレベルで寒いのに、12月にはもっと気温が下がると思うと憂鬱だ。
北海道に生息するヒグマのごとく、大量に食材を買い込んで家の中で冬を越す方がよっぽど合理的でないかと思うが、文明社会がそれを許してくれない。
「あっ、叶多くん!」
靴箱で上履きに履き替えていると、最近よく聞く声が鼓膜を震わせた。
振り向かずとも、銀髪の美少女が笑顔を浮かべて近づいてくるのがわかる。
「おはようございます!」
いつの間にか叶多の前に躍り出て言う白音。
やはり、振り向く必要はなかった。
「おはよう」
返すと、白音はくふふっと笑顔を弾かせる。
「やけに嬉しそうだな」
「そうですか? あ、でも、朝から叶多くんと会えて嬉しいです!」
「どういう意味で言ってんの、それ」
「そのままの意味ですよ?」
ふわりと笑う白音の表情は、以前よりも生き生きしているように見えた。
添い寝の効果が出ている、のかもしれない。
「叶多くん、叶多くん」
「ん?」
白音が背伸びして、囁くように言う。
「今日も、お願いしますね」
「あ、ああ」
耳打ちされて、なにやら後ろめたい約束事をしているような気分になる。
いや、実際は知られたくない内容なのだけれども。
「しーちゃん?」
第三者の声が耳朶を打って、振り向く。
視界に、表情を驚きに染めた一人の少女が映った。
腰まで下ろした長い黒髪。
気の強そうな切れ長の瞳。
すらりと高めの背丈。
その少女には見覚えがあった。
確か同じクラスの、名前は……なんだっけ?
「琴美さん!」
ぱっと表情を輝かせた白音が、少女に駆け寄る。
「おはようございます、琴美さん!」
「おはよ、しーちゃん」
白音を前にして、少女は初めて笑顔を見せた。
ああ、思い出した。
苗字は九条(くじょう)で、名は琴美(ことみ)。
白音のグループでよく見かけるクラスメイトだ。
改めて見ると、琴美もえらい整った顔立ちをしていた。
美少女、というよりも、美人という部類の方が的確か。
白音が北欧のお姫様だとすれば、琴美は大和撫子を彷彿とさせる。
噂ではどこかの財閥の令嬢だとか、古き良き貴族の家系の末裔とか色々と囁かれていた気がするが、真偽は定かではないし叶多にとってはどうでも良いことだ。
ただ、琴美が明らかに好意的ではない視線を叶多に向けているのは、どうでもよくない事態に思えた。
「しーちゃん、この人は」
白音を守るように腕を回す琴美。
まるで姫様と、姫を守る騎士みたいな構図だ。
「友達ですよ?」
この、そこらへんに生えていそうな雑草が?
みたいな目を向けられたような気がしたのは流石に被害妄想だろう。
被害妄想じゃないとしても、地味なクラスメイト代表の叶多と友達だという白音の発言に、驚いていることは確かだ。
なるべく波風のない学園生活を送りたい叶多にとってはあまり好ましくない状況である。
添い寝フレンドのことは明かさないと約束しているから、それについて触れられることはないだろう。
しかし、学園一の人気を誇る眠り姫が、アルティメットモブキングたる叶多と仲良くしている。
みたいな形で白音の側近に知られることは、話題に尾ひれや背びれが追加されて妙な噂に発展しかねない。
「それじゃ、これで」
3秒で出した結論は、さっさとこの場から立ち去る、という選択だった。
あくまでも挨拶を交わす程度の関係性で、そんなに親密じゃないですよという意思表示。
「ちょっと、待っ……」
なにやら後ろから声が聞こえてくるが、気にしない。
聞こえていないふりをして、叶多は教室へ急いだ。
◇◇◇
案の定、噂になった。
背中にちくちくと刺さる視線と、明らか自分に関する噂話がひそひそと囁かれている。
白音は白音でいつものグループの面子に問い詰められているようだった。
「く、黒崎とどういう関係なの?」
「ただの友達ですよ?」
みたいなやりとりも聞こえてきて内心ひやひやしたが、うまいこと浅い関係であることを明言してくれているようで安心する。
対して、叶多には誰も話しかけてはこなかった。
そりゃそうだ。
入学して半年の間、誰とも言葉を交わさず自分だけの空間を作っているクラスメイトに、今更誰が話しかけるというのだ。
「かなっち、姫となんかあったん?」
いや、一人だけいた。
昼休み。
コンビニ弁当と『世界一のクイズVol.12』を手に屋上へ向かおうとした叶多に、ランチくんが話しかけてきた。
「別に、朝、下駄箱で会ったから挨拶しただけだよ」
「それだけ?」
「あと、俺に背後霊が憑いていることを教えてくれたんだ。付き合ったら重いタイプの女の幽霊だから、気に入られないように気をつけてって」
「ぷはっ、なんだそりゃ」
お腹を襲えて愉快そうに笑うランチくん。
「やっぱり面白いね、かなっち」
「冗談だ」
「わかってるって」
「マジで普通に、挨拶してただけ」
「だろうね。いくら姫とはいえ、みんな騒ぎすぎなんだよ」
「まあ、その手の話題が少ないしな、うちの高校」
本校はその手のゴシップ系に敏感なところがある。
その話題の発端が、学年一の人気を誇る眠り姫に関することであればなおさらだ。
「まあそれはともかくとして」
これが本題だと、改めて尋ねられる。
「今日、ランチ一緒にどう?」
「……いや、いい。今日も、一人で食べたい気分」
「およよよ、そうか、じゃあまた今度だな」
特に残念そうな素振りも見せないランチくん。
「また誘うわー」
そう言い残して、ランチくんは別のグループへ足を伸ばした。
もの好きもいるもんだなと、叶多は心の中だけで呟いた。
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