デーモン

「強いと聞いていたゴブリンライダーもあっという間でしたね」


 戦闘が終わるとセレンは感嘆の声を漏らす。


「そうだな。それもこれも三人がいてくれるおかげだ」

「でも、私たちが力を合わせられるのもグリンドさんが中心にいてこそです」

「それは三人の共通の知り合いが俺だけだからな」


 そう謙遜してみせるが、セレンに褒められて悪い気はしなかった。


「そうそう、グリンドのすごいところは自分が戦って強いところもそうなんだけど、どんな時も割と全体を見ているところだからね」

「むぅ、相変わらずアリカさんはグリンドさんの色々なところを知っていてずるいわ」


 気のせいなのかもしれないが、アリカが俺のことをよく知っていることを自慢(というほどでもないが)して、メリアがそれに嫉妬しているようにも見える。


「こほん、まああれだ、戦いはまだ始まったばかり。多分この後ろに大物がいる以上気を引き締めていくぞ」

「うん」「はい」「はーい」


 こうして、再び俺たちは狭い山道を歩いていく。ゴブリンライダーを撃破したせいか、もはや普通のゴブリンのような雑魚魔物が待ち伏せていることもなく、道中は快適だった。

 そして歩くこと一時間ほどだろうか、これまでずっと登りだった山道が下に向かっているところに出る。道の左右が斜面に挟まれていることは変わらないので頂上についた訳ではない。


「ちょっと様子を見てくる」


 俺は身をかがめながら音を立てぬよう進んでいく。

 そして登り道の一番上まで進んで息をのんだ。


 下に続く道の先にはすり鉢状の盆地が広がっていて、その下ではゴブリンからレッサーデーモンまで様々な魔族が集落を作って暮らしているのが見える。家や小屋だけでなく小規模ではあるが畑のようなものまで出来ており、小さいながらまるで人間の村のようであった。ただ、さっきゴブリンライダーたちが倒されたせいか集落の端の方に屈強な体躯の魔族たちが集まっている。俺たちを討伐するためだろう。


 ここまでの規模の魔族を統率しているということはよほど上位の魔族が棲みついているのだろう。


「全く、領主が領地を放置すると酷いことになるといういい例だ」


 討伐の手が入らないうえ、村からの略奪もし放題だったからこそここまでになってしまったのだろう。だが、それもここで終わりだ。先ほども言った通り、こうなった以上は敵の戦闘態勢が整う前にけりをつけてしまった方がいい。援軍が呼べるならその方がいいが、そもそも伯爵軍の手が借りられる状況であれば俺たちがわざわざ呼ばれることもなかっただろう。

 俺は三人の元に戻ると小声で今見た光景を報告する。それを聞いて三人は息をのんだ。


「まさか、そこまでの状況になっていたなんて……」

「とはいえ、大部分の魔族はもはや俺たちにとっては取るに足らない存在だ。ゴブリンライダーですら倒すのは一瞬だった。だから敵の数は問題じゃない。注意すべきは親玉だけだ」

「作戦は?」


 メリアが真剣な顔つきで尋ねる。


「まずはアリカが超範囲攻撃で雑魚を殲滅する。その後に俺たちが親玉を探して倒す。もっとも、雑魚がいきなり殲滅されるほどの魔法を使えばそいつの方から出てくると思うがな」

「それ作戦って言うほどじゃ……もし親玉が出て来なかったり逃げたりしたら?」

「その場合はこの集落を念入りに焼き払って凱旋だな。基本的に高位の魔族は単身で村を襲うようなことはしないから、手足がなくなればしばらく動きをとれない」


 その間に伯爵が他の方面の魔族も討伐し終えてきちんと兵士を配備してくれるだろう。


「なるほど……何が何でも親玉を討伐する必要はないって訳ね」

「どこにいるのか分からない敵を探し回るのは骨が折れるからな。もっとも魔族にも威厳やプライドはある。そこまでされたら出て来ざるを得ないはずだ」


 部下を皆殺しにされて拠点を焼き払われて逃げ出すような魔族はいくら高位であろうと、今後部下になろうと思う者はいなくなるだろう。魔族は実力が物を言う社会である以上、そこは人間以上にシビアかもしれない。


「まあ、そいつが大したことない奴だったら最初の一発で雑魚と一緒に一網打尽になる訳だけど」


 そう言ってアリカが不敵に笑う。相手の強さにもよるが、アリカは本当にそれが可能な実力を持っているのが怖いところだ。


「そうだな、そうしてくれるとこっちは楽出来て助かる」

「おっけー。じゃあ久しぶりに本気出しちゃおっかな」


 そう言ったアリカの周囲の空気が急に変わった気がする。

 いや、アリカの周囲に魔力がものすごい速さで集まっており、本当に空気が変わっているのだ。さっきのゴブリン戦や鉱毒を焼却した時は所詮本気ではなかったのだ。



「来たれ来たれ、全ての物質を焼き尽くす冥府の火山、煉獄の炎。今汝の力を以て我に歯向かう者全てを灰に帰せ……『ヘル・ファイア・ストーム・エクストラ』」



 彼女が唱え終わると、集落の上空に直径数メートルもある巨大な火球が現れる。そして次の瞬間、目がくらむ閃光とともに火球は爆発し、集落一帯は炎の海に包まれた。


 その中にいたゴブリンはもちろん、生命力にあふれたトロールやオーガ、旺盛な魔力を持つレッサーデーモンらも抵抗空しく次々と倒れていく。当然家や小屋、畑といったものも全て灰になっていた。


「何これ……」

「こんなの反則です……」


 アリカの本気を初めて見たメリアとセレンは絶句する。

 数分後、炎の渦が収まると集落一体はただの荒れ地になっていた。


 が、その中にぽつんと佇む影が一人……いや一体いた。身長は二メートルほどと人間と大して変わらないが、山羊のような角、黒々とした翼、長い尻尾。そして体の周囲に展開するどす黒い魔力。何よりこの猛火の中を耐え抜いたことが異様であった。


「あれがここのボスのデーモンのようだな」

「じゃあ、私は魔力を使い切ったから後は任せた」


 そう言ってアリカは後ろに下がり、見物モードに入る。普段なら軽く応じるところだが、こちらに向かって歩いて来るデーモンの全身から発される魔力の強さに俺は軽口をたたくことが出来なかった。

 デーモンは俺たちに向かって歩いて来ると、笑みを浮かべながら言った。


「我が数年かけて作った村を一年で灰にしてくれるとは、その代償高くつきますよ」

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