ボルド伯の事情
「ただいま戻りましたー」
ボルド伯爵家に数日振りに御用魔術師のアリカが戻ってくる。その奔放さに眉をひそめる者もいるが、屋敷の多くの者たちは彼女がいると屋敷が明るくなるため帰りを待ち望んでいた。そのため、「お帰りなさい」「ゆっくり休めましたか?」などと彼女をいたわる声がかけられるが、アリカは笑って手を振って彼らをやり過ごし、伯爵の元に向かった。
「お、お帰り」
ボルド伯はアリカの表情を見ると少し硬い表情で言う。
ボルド伯は四十ぐらいの男だが、色々あって一度妻と離婚しており、領内では常にトラブルが発生するなど、どちらかというと苦労人であった。もし普通の服を着ていたらアリカは目の前の人物を伯爵ではなく冴えない中年男性としか思わなかっただろう。
「まあ座りたまえ」
アリカはボルド伯に言われるがままに、向き合ってソファに腰かける。そこへメイドが二人分の紅茶と茶菓子を運んでくる。
「休暇ありがとうございましたー。ところで今回の休暇は何の休暇だったんですか?」
「いや、最近働きづめだったからたまにはと思ってな」
そう言ってボルド伯は目をそらす。動揺したのか紅茶やクッキーにも手を付けていない。
嘘をつくならもう少しうまくやってくれないとこっちが問い詰めているみたいで罪悪感が湧いてくる、とアリカは内心嘆息する。
仕えてみて御世辞にも有能な貴族とは思わないが、悪人かと言われるとそういう訳でもない。ただの小心者、というのが一番正確だろうか。貴族が世襲制度であるため、たまにこういう貴族らしからぬ人物が貴族になることもある。
そんなボルド伯に対し、アリカは一口紅茶を飲むといつものようにあっけらかんとした調子で話を続ける。
「教えていただけないならあててしまいましょうか。まずアルムのギルドから私をゴルギオンに派遣するよう要請が出ている」
「う、うむ、たまたま休暇を出した直後に要請が来て運が悪かったな」
「そうですかねー? まあそういうこともあるかもしれません。で、この国にはゴルギオンの新ギルドマスターであるグリンドをよく思っていない人物がいます」
「そんなことはない」
ボルド伯が苦々しく言うので、アリカは自分の言ったことが正しかったということが分かる。
「いえ、いるんですよ、これが。でもグリンドは最近までこの辺にいなかったので、いるとすれば以前まで働いていたブランドの街のギルドマスターでしょうかね。彼はグリンドが自分の元を飛び出して出世したのが気に食わなくて独り立ちした後も嫌がらせをしようとした。それでゴルギオンの領主である伯爵に手を伸ばしたそういう訳ですよね? まあ否定するなら否定してもらっても構いませんが」
アリカが言うと、ボルド伯はもはや隠し切れないと思ったのか苦い顔で頷いた。
「奴はあれでもギルドマスターだ。ギルドマスターの元には様々な情報が集まる。ああ、あの時気の迷いであの女に手を出さなければ」
そこまで言ってボルドは沈黙する。恐らくだが、若気の至りで手を出してはいけない女に手を出したのをデュークに知られてしまったのだろう。アリカは何で伯爵であるボルドがギルドマスターの言うことを聞いているのか疑問に思っていたが、解決した。そして女に手を出した、などといちいち口に出すところも詰めが甘いな、と思う。
が、そこで何かを思い出したかのように不意にボルドの表情が変わる。
「そう言えば君はグリンドとは知り合いだと言っていたね」
「そうですが」
「色々思うところはあるかもしれないが、くれぐれもグリンドに肩入れしないでくれよ? そんなことをあいつが知れば大変なことになる」
「なるほどー」
肩入れどころかもう助けてしまったんですけどね、とはさすがのアリカも口に出来ない。仕方がないので嘘にならないように言葉を選びながら答える。
「分かりました。今後この件が解決するまでグリンドの手助けはしません」
「すまない」
アリカの言葉にボルドはほっとする。そしてようやく目の前にある紅茶に手を伸ばすのだった。
そんなボルドを見てアリカはさすがに可哀想になってくるし、隠しごとをしている自分も後ろめたくなる。
(うーん、そのデュークってやつをどうにか出来るといいんだけどなー)
こうしてアリカはデュークについて情報収集を始めるのだった。
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