デュークの憤懣

「くそ、この程度の仕事も終えられないとはなんと無能なんだ!」


 そう言ってブラントのギルド長デュークは酒瓶を投げつける。パリン、と音がして酒瓶は粉々に砕け散り、怒鳴られていたギルド職員はひっ、と小さな悲鳴を上げる。


 グリンドが退職して以来、ブラントのギルドはうまくいかないことばかりであった。元々デュークの性格が災いして職場の雰囲気は悪く、職員を採用してもすぐにやめていくなど良くない状況が続いていたがどうにか持ちこたえているという状況だった。


 しかし書類仕事を手際よくこなしていたグリンドが辞めてしまうと途端に仕事は回らなくなっていた。


「申し訳ありません」

「グリンドの野郎でもその程度の仕事は終わらせていたぞ! それに引き換えお前は……」

「あの、それはグリンドさんの仕事が速かったというだけです」


 怒られていた職員は小声で反論する。それを聞いてデュークはさらに眉を吊り上げる。


「何だと!? まさかお前この俺に口答えをするというのか!?」


 しかし怒ったところで彼は沈黙するだけで事態が解決する訳でもない。

 そしてギルドではそれ以外の問題も起こっていた。


「デューク様! ギルマー家から再び苦情の使者が来ています!」


 叫びながら血相を変えた職員が部屋に飛び込んでくる。

 元々権力をかさにきて度々文句を言ってくるギルマー家だったが、グリンドの件があって以来、さらにそれに拍車がかかった。そして些細なことでもいちいち使者を送って文句を言ってくるようになった。


「くそ、応対させられるやつもいない……採用希望者はいないのか!?」


 デュークは問いかけるが答えはない。デュークの評判も少しずつギルド外に知れ渡り、志望者は現れなかった。


「仕方ない、俺が書類仕事はやるからお前が応対しろ。どうせクレームだから謝っていればそれで済む、簡単な仕事だ」

「え、僕がですか!?」

「他に誰がいるんだ!」


 たった今まで怒られていた職員はこれまでギルマー家の応対などしたことないので困惑したが、デュークの命令に逆らうことは出来ない。やむなく使者の応対に向かった。


 代わりにデュークは男がやっていた書類仕事を引き受けるが、下の者がやるような仕事は久しくやっていなかったため全然進まない。それに苛々して彼はますます酒瓶に手を伸ばす。


「くそ、何とかならないか……ん?」


 ギルド長同士は日々の業務や指名手配犯やいくつもの町にまたがる重要な任務などのため、情報交換をしている。デュークは仕事の気晴らしにその報告を読んでいたが、デュークはここから離れたアルムという町で働いていることを知った。そこのギルド長によると彼はなかなか働きぶりがいいという。この報告書で一職員の勤務事情に触れられることはないので、よほど目覚ましい働きぶりなのだろう。


 そう思うと、デュークもグリンドはなかなかの働きぶりだったような気がしてきた。


「かくなる上はグリンドを呼び戻すか。あいつさえいれば仕事もその分は進むし、ギルマー家も文句の矛先はあいつに向けるだろう。おい、お前」


 デュークは帰宅しようとしていたミラという女性職員を呼び止める。確かグリンドとも時々話しており、仲は悪くなかったはずだからちょうどいい。


「何でしょう」


 ミラは恐る恐る振り返る。これまでデュークに声を掛けられていいことがあったためしがないためだ。


「お前、今日の仕事は終わったのか?」

「は、はい」

「だからといって俺が仕事をしているのに帰るとはどういう了見だ! 帰る前に何か手伝えることがないか訊くのがマナーじゃないのか?」

「すみません」


 ミラは俯いて小声で答える。

 自分の仕事が終わったから帰るのになぜ文句を言われなければならないのか、と彼女は思う。


「まあいい、ちょうどお前に任せたい仕事があるんだ」

「な、何でしょう」

「ちょっと前に辞めたグリンドのやつを連れ戻してこい。確かアルムという町にいるはずだ」

「そ、そんな」


 ミラは小さな悲鳴を上げる。自分ですら不満がある職場に、すでに辞めたグリンドを連れ帰ることなど難しい。その上彼は遠くの町にいる。そこまで行くだけでも一苦労だ。


「戻るなら給料を上げてやると言っておけ」

「ど、どのくらいですか?」

「それは戻ったら考える。連れ戻すためならどのくらいの値段を提示しても構わない」

「え……」


 それはグリンドが戻れば後から話をなかったことにするということであり、嘘を言って連れ戻せということを意味する。無茶な命令を受けたミラは困惑した。

 グリンドが辞めたときのことを思い出すと、戻ってくるとは思えない。彼が辞めたのはおそらく給料の問題ではないだろう。しかし連れ戻せなければデュークはミラを許さないに違いない。


「分かりました……」


 拒否することも出来ず彼女はとぼとぼとギルドを出た。

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