VS魔族

ケルン男爵領

「グリンドさん、ケルン男爵という人物から使者が来ています」

「ケルン男爵? 一応お隣か」


 お隣と言っても、ゴルギオン自体が孤立した位置にある村なので一番近い町や村も隣という感覚はない。一応ゴルギオンからアルムとは逆の方向に一日歩くとケルン男爵の領地があるということはぎりぎり知っていた、という程度だ。


「通してくれ」


 普通貴族がギルドマスター、それも他領の村のギルドマスターに直接使者を送ってくることはない。そして貴族は嫌なことを言ってくることはあっても、いいことをしてくれることはあまりないため俺は嫌な予感がしていた。

 応接室に入ってきたのは二十過ぎの若者であった。使者というよりは小間使いに近いかもしれない。


「俺がここのマスターのグリンドだ」

「はい、お噂は常々聞いております。私はケルン男爵からの使者ですが、このたび一つ相談させていただきたいことがあるのです」

「何だ?」

「はい、この村では鉱山が見つかり、人もたくさん集まって喜ばしいことと聞いております。しかし集まっている人々は元を辿れば他領の冒険者。つまり我らの領地の冒険者がこちらにやってきてしまっているということです」

「なるほど」


 それはそうだろうが、それは俺がどうするとかは関係のない話だ。


「そのため最近は領内に魔物が出没しても討伐する冒険者の手が足りていないのです」

「それで俺にどうしろと言うんだ?」

「我が領で出た依頼をこちらの冒険者にも受けていただけないかと思いまして」

「いや、それは物理的に難しいんじゃないか? そちらの領地とここは健脚の者でも一日はかかる距離だが」


 もしケルン男爵の領地で出た依頼をこちらに回す場合、伝えるのに一日、そして受けた冒険者が戻るのにも最速で一日かかる。その間に男爵領で依頼を受ける者がいればすれ違いになるし、かといって「ゴルギオンに回したからこの依頼は男爵領では受けてを募集しない」というふうにするのも変な話である。


「でしたらそちらの冒険者をこちらに派遣していただくことは出来ないでしょうか?」

「俺は別に冒険者に指揮権がある訳じゃないからそれは出来ない」

「ですがこれも冒険者たちが鉱山に釣られてそちらに行ってしまったため起こったことでございます。我らはとても困っているのです」


 貴族の使者と言えばギルマー家のように居丈高なイメージがあったが、目の前の男はひたすら低姿勢であった。これは俺の同情を誘おうとしているのではないか、とも思ったが魔物の被害が出ていると言われれば出来ることはしたいと思ってしまう。


「分かった、それなら少しそちらの情勢を調査させてもらうから待ってくれ」

「分かりました、是非よろしくお願いします」


 そう言って使者は何度も頭を下げると帰っていく。基本的に深刻な魔物の被害が出る領地であれば高額な討伐の依頼が出るはずであり、そうなれば冒険者が流出することは避けられるはずだ。いくらうちで鉱石が出たといっても、だからといって高額の依頼がたくさんある訳でもない。今回の話には今の男が語った以上の何かがあるのではないか、と思う。

 そうと考えた俺はギルドの受付前に歩いていく。


「この中でケルン男爵領から来た者はいないか? 少し話を聞きたいんだが」

「ああ、俺たちは男爵領から来たが」


 俺の言葉に一つの中堅冒険者パーティーが応じる。


「ちょっと話を聞きたいから時間をとってもらっていいか?」

「日頃世話になってるしそれくらい構わないぜ」

「ありがとう」


 俺は彼らを応接室に案内する。そして先ほどの使者のことと、俺が感じた疑問について話す。それを聞いて男たちはそろって微妙な表情を見せた。


「ああ、なるほど。何というか、基本的に辺境の領地では貴族の兵士と冒険者、その二つが合わさって魔物退治や領地防衛をしているだろう?」

「そうだな」


 ゴルギオンはボルド伯爵領の中でもぽつんと山の中にあるため兵士すら派遣されないが、通常は辺境であれば貴族も対魔物用に兵士を用意していることが多い。


「ケルン男爵の領地にはなぜか兵士が少ないから、魔物退治は主に冒険者が請け負っていたんだ。それが一気にいなくなったから困っているんだろうな」

「でも仕事がいっぱいあるのに何でこっちに来たんだ?」


 分かるような分からないような話である。俺の言葉に冒険者はため息をついた。


「魔物がいっぱい出てきて、そのたびに依頼が出ているからだんだん依頼が安くなっていくんだ」

「なるほど。依頼を出す方も金がなくなってくる訳か」


 俺は何となく状況を理解した。要するにケルン男爵は自前の軍勢を派遣せずに冒険者だけで魔物に対処しようとしていた。しかし冒険者に依頼するには金がかかる。度重なる魔物の出現に依頼が重なっていくうちに、人々はだんだん貧しくなっていったということだろう。


「しかしなぜ男爵は兵士を派遣しないのだろうな?」

「さあ、俺たちに聞かれても」


 冒険者は首をかしげる。


「そう言えばそもそもケルン男爵の兵士は見たことないな。元々そこまで魔物が出る地域でもなかったし」

「魔物が出始めたのは最近なのか?」

「まあここ一、二年ぐらいだな」


 そう言われても俺は大体どういうことが起こっているのか察しがついた。元々男爵は大して魔物も出ないため自前の兵士を持っていなかった。魔物の出現頻度が増えて本来は軍勢を用意するべきだったが、金をけちったのか、そこまでするのが面倒だったのか、それをしなかった。そして平民が冒険者に出す防衛依頼だけで魔物の問題を解決しようとした結果、冒険者はいなくなったのだろう。


「ありがとう、大体状況は分かった」

「そうか? 役に立てて良かったぜ」


 そう言って冒険者の男たちは戻っていく。

 それを聞いて俺は困った。明らかに自業自得であり、自分の都合で兵士をけちっている男爵に協力するのは嫌だが、だからといって放っておいて困るのは領民である。何かいい方法はないのだろうか、と俺は考えることにした。

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