少女の実力

 その後俺はその日のうちにやらなければならない仕事を急いで終わらせると、早退させてもらった。


「待たせたな」


 俺が仕事を終えて出てくると少女はギルドの待合室でじっと空を睨みつけていた。


「いえ。改めまして、私はメリア・カルデント」

「俺はグリンド。……しかしカルデントというのはもしや?」

「ええ、私はカール・カルデントの娘よ」


 剣聖カール・カルデントと言えば十年以上前に魔族との戦いで大活躍した人物である。当時は物語や楽曲も多くつくられ、おそらく十代以上の人物であれば知らない者はいないだろうという知名度の人物だ。最近は歳をとって一線を退いたと聞いていたが、まさかその娘と会うとは。

 俺は有名人に会ったときのように一瞬浮かれてしまうが、それはそれで失礼だと思い直す。


「ということは幼少期から剣術の英才教育を受けていたということか?」

「そうね。もっとも父も兄も周りの人も皆私より強かったから私は大したことないけど」

「そりゃ、剣聖カールが強いのは当たり前だからな」


 そんなことを話しているうちに俺たちは町を出て平原につく。

 そこで俺は彼女に用意していた木刀を渡す。


「君は魔法は使わないオーソドックスな剣士だな?」

「見ただけで分かるのね」

「まあな」


 その辺りは魔力の気配や装備などを見ればすぐに分かる。


「ならばその木刀で好きなように打ちこんできてくれ。お互い怪我はしたくないから、先に一本入れた方が勝ちだ」

「でも……」


 俺の言葉にメリアは不満そうな表情を見せた。


「確かに使い慣れた得物じゃないから不自由かもしれないが、俺も魔法は使わないことにするからそれで互角ということにしてくれ」

「違うわ。幼いころからずっと訓練を積んできた私とただのギルド職員が互角に勝負できるとは思えないんだけど」


 そうか、そっちの不満か。言われてみれば彼女から見れば俺はただのギルド職員だ。

 彼女からすれば自分のことを馬鹿にされたように感じたのだろう。とはいえその辺のことは実際に対峙して分かってもらう方が早い。


「いや、大丈夫だ。遠慮なくかかってこい」

「協力してくれるのは嬉しいけど、侮られるのは心外だわ」


 そう言って彼女は静かに木刀を構える。初心者にありがちな力みがなく、それでいてどこから打ち込まれても対応出来るように力が分散されている。

 対する俺もまだ傷が癒えていない左手は添えるだけにして、ほぼ右手一本で木刀を構える。


「かかってこい」

「なかなかやるようだけど、左手の使い方がなってないわ」


 俺が左手に力を込めてないことを即座に見抜いたのはさすがと言うべきか。


 メリアが俺の言葉に応じるように一歩踏み出したかと思うと、次の瞬間には目の前まで近づいていた。そしてそのまま俺に向かって木刀を振り降ろす。並みの人であれば気づいた時には一刀両断にされているだろう。


 が、俺はそんなメリアに向かって軽く木刀を突き出す。これまでメリアの移動速度についてこられる相手はいなかったからか、メリアは不意を突かれて俺の木刀を避ける。そして間髪を入れずに、今度は俺の右手側から第二撃を繰り出してくる。


 俺は軽く後ろに下がって彼女の攻撃をぎりぎりで避け、メリアの木刀が俺のすぐ目の前を通り過ぎていく。

 メリアはそれを見て舌打ちしたが、すぐに今度は下から斬り上げるように第三撃を放ってくる。俺はそれも軽く横に跳んで避ける。


 そんなやりとりが数回続くと、メリアは軽く後ろに下がってこちらを睨みつけた。

 隠そうとしているが、かすかに息が上がっているのが見える。


「私の攻撃を何回も避けるなんて……」

「隙のない、高速の連続攻撃。戦闘の腕だけで言えばAランクはあるだろうな」

「そんなことは今はどうでもいいわ。それよりもそっちは攻撃しないの?」

「相手が互角以上だと思った時ほど焦りや苛立ちは禁物だ」


 そう言って今度は俺が攻撃に移る。基本的に俺は魔法と剣技を併用することが多いので木刀だけで攻撃するのは不慣れであった。しかし先ほどの連続攻撃でメリアのタイミングや呼吸は分かった。おそらくそれがカルデント家のリズムなのだろう。


 そのため、俺はそれを乱すようにあえて変則的な打ち込みをする。するとこれまでよりもメリアの反応は少しだけ遅くなる。


 メリアはそれでもどうにかかわすが、リズムを乱されたせいかどうしても動きに無駄が大きくなり、どんどん防戦一方になっていく。そしておもむろに俺は足を突き出す。木刀の攻撃に気をとられていたメリアは俺の足に絡めとられるようにして体勢を崩す。そこですかさず俺は彼女の首筋に木刀を突き付ける。


「嘘……あなた何者?」


 彼女は悔しさと驚愕、そして未だに信じられないという感情が混ざったような表情で言う。


「実はこれでも元Sランク冒険者だったんだ。もっとも今は見抜かれた通り、左手を怪我して休止しているが」

「道理で強かった訳だわ……でも魔法なしのハンデがあってここまで一方的に負けるなんて」


 メリアは悔し気に唇を噛む。


「こればかりは技術というよりは経験だな。いくら自分の剣術が優れていても、色んな相手と戦った経験がないと、相手への対応力は身に着かない」

「なるほど」

「とはいえ君の実力は分かった。BかCランクで一人でも問題なさそうな依頼を紹介しよう」

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