初ギルドマスター

提案

 色々あったが、俺たちはアルムの街に戻って来た。


 その後王都の噂を聞いたところによると、大司教ゴンザレスは過去に失脚させた貴族の一族に暗殺されたという。まさに因果応報だ。王都の政情は混迷しているが、レーゼは神官として頑張っているらしい。それを聞いた俺たちはひとまず安堵した。


「おぬしの顔を見るのも久しぶりじゃな」


 ギルドに顔を出すと、マスターは忙しそうにしていたが、俺を見ると声をかけてくれた。


「結局二週間ぐらい離れちゃったからな。しかしマスターも忙しそうだが、何かあったのか?」

「うむ、王都の本部から面倒な仕事が舞い込んでな」

「何だ? 出来ることなら手伝うが」


 この時俺はお世話になったギルドマスターのため、深く考えずにこんなことを口走ったせいで今後の人生が大きく変わることになる。

 俺の言葉にギルドマスターはおっ、と何かに気づいたように頷くとじっと俺を見つめる。

 それを見て不穏な気配を察したメリアがそっと俺の袖を引く。


「ちょっと、簡単にOKしないでくれる? 今のあなたは私たちのパーティーの一員なんだけど」

「そうですよ、私たちはまだまだ駆け出しなのでグリンドさんがいてくれないと困ります」


 セレンもそれに同調する。

 それを見てギルドマスターは目を細める。


「おお、なかなかモテモテじゃな」

「誰がモテモテだ」

「わしの若いころを思い出すわい。わしも今はこんなだが、若いころは現役冒険者としてブイブイ言わせていて……」

「なんか話長そうだし、もう行こう」


 マスターの長話が始まったところでメリアが小声で言う。長話を聞くのが嫌というよりも俺が再びギルドに戻って冒険者をやめてしまうのではないか、という危惧があるように見えた。


「悪い悪い、しかしそう警戒するな。今回の件は別にお二人とグリンドを離れ離れにしようというものではない。まあ、聞いてくれ」


 そう言ってマスターは俺たちを奥の小部屋に招く。メリアはなおもマスターを訝しげに見つめていたが、ついてくる。

 俺たちが向き合って座ると、マスターは少しだけ真面目な表情になる。


「こほん、では改めて。この近くにゴルギオンという村があるのは知っているか?」


 俺たちは揃って首を捻る。俺たちは全員よそからやってきたばかりで、この辺りのことには全く詳しくない。


「ここから少し山間に入ったところにある村だ。近くといっても普通の人なら丸一日歩かないとたどり着けないがな。最近はゴルギオン周囲の山から珍しい鉱石がとれるとかで人が集まりだしているが、山の中には魔物も棲んでいる。だからゴルギオンにもギルドを建てようという話になり、一番近くのわしに声がかかったという訳だ」

「なるほど」


 人気店が次々と出店するように、ギルドも国の発展に従って支部が増えていくと言う訳か。確かにそれは大変だろう。


「とはいえ、わしももう年が年じゃからな、これから新しい支部の長を務めるのも辛い。これがもう二十年若ければ話は違ったんだがな。あの頃は……」

「その話は大丈夫です」


 話が脱線しかけるのをメリアがぴしゃりと抑える。


「こほん、そうじゃった。それでおぬしが協力してくれるというのであればおぬしに新天地のギルドマスターを任せたい」

「は?」


 突然の話に俺は困惑する。どこをどうするとそうなるのだろうか。


「いや、俺は結局職員としての経験はほとんどないんだが」

「そんなことはない。裏方の事務仕事はおおむね出来るだろう」

「だとしてももっと適任がいるだろう」


 少なくとも十年二十年務めている先輩職員もいる。

 が、マスターはゆっくりと首を横に振った。


「新天地のギルドマスターに一番大切なのは何だと思う?」

「さあ……やっぱり経験とか?」

「違う。荒くれ冒険者たちと渡り合う度胸と、襲撃してくる魔物を撃退する力じゃ」

「なるほど」


 確かに話を聞いた限りではゴルギオンというところは周りに魔物がいるらしい。そこに人が集まれば必然的に襲撃の危険性は高まるだろう。

 加えてそんなところに集まるのは命知らずの荒くれ冒険者たちだ。そういう冒険者の相手をするのは骨が折れる。そこで冒険者としての実力もある俺に白羽の矢が立ったのか。そう言われると多少納得はしなくもない。


「だからといって、俺にマスターなんか出来るのか?」

「どうせ最初は職員もほとんどいないし冒険者も一握りじゃ。依頼と報酬の管理さえ出来て村が守れれば御の字じゃ」

「それはそうかもしれないが……」


 俺はなおも逡巡した。いきなり新しい土地のギルドマスターを任せるなどと言われれば誰でもこういう反応になるのではないか。


「もちろんお二人も一緒にいってもらって構わないし、うちからも応援は出そう」

「大丈夫、あなたならきっと出来るわ」


 不意にメリアがそんなことを言う。先ほどまであんなに警戒していたが、ついていけると言われた瞬間手の平を返すように意見を変える。


「はい、辺境の村には神の加護が得られぬ人も多いと聞きます。そんな人たちの役に立てるのであれば私も行きたいです」


 一方のセレンは真面目な理由を言う。確かにこの街には一応教会があり、病の者がいれば治癒を受けられるがゴルギオンは話を聞く限り怪しい。

 それに、俺としても最初に職員になったのは冒険者ギルドをもっと良くしたいという気持ちがあってのことだ。経験はまだ足りないが、ギルドマスターになれれば目標を実現する一歩になる。


「分かった、そこまで言われるなら引き受けよう」

「良かった良かった、お主なら安心して送り出すことが出来るというものじゃ」


 俺の言葉にマスターは破顔した。

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