そのころのブラックギルド

「おい貴様、何でその程度の仕事は終わらないんだ!」


 ブラントのギルドでは相変わらず毎日のようにデュークの怒声が響いていた。むしろグリンドやミラがいなくなり、その後新しく入った職員もすぐに辞めていったためさらに業務は厳しくなったと言える。


「全く、最近仕事は増えているというのにお前は……」


 当然デュークの苛々も募り、当たり散らす時間も増えていく。そして業務はより遅れていく。まさに絵に描いたような負のスパイラルであった。

 職員は黙って叱責を受けていたが、意を決した表情でデュークを見つめ返す。


「何だその目は。この俺に文句があるのか?」

「いえ。ただ、僕も今日限りで辞めさせていただきたいと思います」

「何だと!?」


 当然デュークは激昂する。思わず目の前の男を殴りつけそうになったがどうにかそれをこらえる。代わりに手元にあった酒をぐいっとあおり、目の前の男をギロリと睨みつける。


「お前みたいなやつはここを辞めても他でやっていくことは出来ない! それが分からないのか」

「いえ、よそから誘いがあったので。少し考えさせてくださいと言っていましたが、今決めました」

「よそから誘い?」


 デュークは怒りながらも少し困惑する。基本的に冒険者ギルドの支部同士では無用なトラブルを避けるため、人材の引き抜きなどは発生しないことが多い。とはいえ同じ街にある他業種の商売でもわざわざ冒険者ギルドの人材を引き抜こうとする者がいるとも思えない。


「一体誰に誘われた?」

「それを言う義理はありません。追いかけてこられても迷惑ですので」


 辞めると決めたからか、職員はこれまでの低姿勢が嘘のようにきっぱりと言い放つ。

 すでに職員の中にはデュークがグリンドを連れ戻しにミラを派遣したことが知られており、辞めても追ってこられるのではないかという危惧が広まっていた。


「そうか。是が非でも見つけ出してやる」


 デュークは業務の手を止めると他のギルドの情報を探し始める。最近忙しくてあまりよその情報まではチェックしていなかったが、もしかしたら何か事件があって人手不足のところが増えているのかもしれない。


 が、そんな予想に反して大規模な人手不足になっているギルドはなさそうであった。もしかするとあいつはギルド以外に転職しようとしているのだろうか。

 そう思った時だった。


『ゴルギオンに新支部設立』


 ふとデュークは気になるニュースを見つけた。ゴルギオンはここから結構離れた小さい村だが、ギルドの新支部が設立するのであれば人手が必要になってもおかしくはない。気になったデュークはゴルギオンの新支部についての情報をさらに調べる。

 すると、そこには衝撃の事実が書かれていた。


『ギルドマスター(予定):グリンド』


 デュークに恨まれているグリンドであれば気にせず引き抜きを行うかもしれない。特にこのギルドの人員は皆辞めたがっているだろうし、向こうとしても何も知らない職員を一から育てるよりも経験のある人物を採用する方がいいだろう。


「あいつめ……ド田舎で出世しやがって!」


 思わずデュークはその紙を引きちぎるが、それで現実が変わる訳ではない。もしそちらへの人材流出が起こっているのであれば早急に引き留めるしかない。




「おい皆の者、集まれ」


 翌朝、出勤してきたデュークは職員たちをギルドのホールに集めた。今度は何を言い出すのかと皆が冷や冷やする。


「最近よそのギルドに誘われてここを辞める奴が出ている。だが人手が足りなくて忙しい時に出ていく奴は恩知らずだ。そこでもしそのような奴がいたら俺に報告して欲しい。そうすれば特別にボーナスを渡す」


 デュークの言葉に職員たちは顔を見合わせる。デュークにしてみれば、そうすれば密告されるのを恐れてよそに移ることを企む人が減るのではないかという心づもりだったが、職員からすればそんなボーナスを出す余裕があるのであれば、まず残業代をきちんと支給して欲しいというのが本音だった。


「以上だ。今日も仕事は山ほどある。おのおの頑張るように」


 そう言ってデュークは解散を宣言するが、残された職員たちは困惑した。この期に及んで真っ当に待遇を改善するのではなくこのような方法で引き留めをしようとするというのは相当まずい状況なのではないか。


 そう思った彼らは個別に転職先を調べ始める。そして先に辞めていったグリンドがゴルギオンで支部長になったことを知った。グリンドが勤めていた日数は短かったが真面目な勤務態度と仕事の出来で好感度は高かった。また、去り際にギルマー家の依頼を貼りだしていったことも一部の職員たちは痛快に思っていた。

 そんな訳でギルドに出勤する職員たちは日に日に減っていく。彼らは最初の職員のようにいちいちデュークに断りを入れずに勝手に辞めていった。


「おい、何であいつも来ないんだ、誰か事情を知らないか!?」

「いつまで待たせるんだ、早く受付しろ!」

「人がいるなら出て来て応対しろ!」


 が、デュークが職員を怒鳴りつけようとしても受付で待たされている冒険者たちからの怒鳴り声が響く。人手不足によりスピードだけでなく業務のスピードも低下し、利用者たちも怒っていた。


 すでにギルドの人員不足は限界を超え、依頼者と冒険者の受付すら間に合わなくなっていた。

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