新天地

ワイバーン

 ブランドの町を出た俺はそこから北へ向かうことにした。元々俺が活動していたのは南方の辺境だったので、結局王国を縦断して反対側へ向かったことにする。


 まだ完全に怪我が治った訳でもないのに危険が多い辺境に向かうのは少し危険だったが、辺境は危険が多いため比較的まともなギルドが多い。有能な冒険者が町にたくさんいる状態でなければ魔物の襲撃で町ごと壊滅してしまうこともあるためだ。そのため冒険者に対するサービスはいいし、有能な職員も多い。


 一週間ほど旅を続け、俺はアルムという町にやってきた。小さな町だがそこからさらに向かうと魔物の巣窟があると言われる山があるので比較的冒険者は人気らしい。その山は同時に珍しい素材がたくさん採れるという噂も聞いた。


「この町はどんな町だろうか」


 これまでそろそろ新天地にする町を決めないな、と思いつつアルムに入っていく。見た目はよく見る辺境の町という感じで、王国中心部の町に比べると粗末な家が多いし、人々の装いも良く言えば動きやすそうなものが多い。


 魔物に対する警戒のためだろう、町の周囲は低いながらも木塀で囲まれており、道に沿って進んでいくと門がある。その前には二人のいかつい男が立っている。衛兵というよりはごろつきのような風貌で、俺が門に向かって歩いていくとこちらをじろじろと睨みつけてくる。


「お前は旅の冒険者か?」


 片方の男が俺に尋ねる。


「そうだが、もしかしたらこの町に住むかもしれない」


 俺はそこまで深く考える訳でもなく正直に答える。

 すると男たちは微妙な顔つきをする。


「旅の者は好きにしてもらって構わないが、ここアルムに住むというのであればその際には挨拶してもらわなければならない人がいるからまた言ってくれ」

「分かった」


 俺は少し違和感を覚えたが、別にここに住むと決めた訳でもない。

 もう夕方に差し掛かっていたこともあり、俺はそれ以上の追及はせずに町に入り、宿を探した。町には一軒の大きい宿しかなかったので、俺はすぐにそこに辿り着くことが出来た。


 が、俺が受付で手続きをしているとロビーで暗い顔をして話している二人の冒険者の姿が目に入った。


「でもこの町に住むためにはやるしかないだろ。皆やってるなら失敗しても死ぬことはないって」

「仕事のためならともかく、そんなことのために危険を冒すのは無茶だ」

「じゃあ他の町に行くか?」

「あんな奴らと一緒に暮らすのは嫌だしな」


 先ほどの門番たちも言っていたが、この町に住むには何か条件があるらしいがそれは危険なものらしい。そろそろ夕飯も食べたかったが、彼ら二人の表情が思ったより深刻そうなものだったので声をかけることにする。


「何かあったのか?」


 俺が声をかけると二人は暗い顔でこちらを見上げる。


「俺たちはこの町に移住しようとしている冒険者なんだが、あの門番にはあっただろ? ここは奴らの一味に牛耳られているんだ」

「奴らの一味?」


「ああ。元々はただの冒険者パーティーだったらしいんだが、ゲルドとかいう腕利きの冒険者がいてな。そいつが町に襲い掛かってきた魔物を撃退するうちに調子に乗って来て好き放題するようになり、しかも冒険者たちもおこぼれにあずかるためにゲルドの子分になっている始末。奴は調子に乗って、この町に住むならカラカラ山に入って山頂にあるワイバーンの卵を持ってこいと言うんだ」

「ほう」


 ワイバーンと言えば竜の一種であり、Aランク以上の強さを誇る。しかしその卵は貴重な薬の素材となるため高価で取引されている。


「でも、それを拒否してこの町から冒険者が出ていったら困るんじゃないか? いくら山が素材の宝庫とはいえ、そんなこと言われたら大体の奴は出ていくだろ?」

「ああ、だからもしそれが出来ないならゲルドの手下になれとか言ってくるんだ」


 男の言葉を聞いて俺は納得がいった。

 こんなことを言われれば大体の冒険者は他の町に去っていくだろうが、一部の冒険者はゲルドの手下として町に残るだろう。つまり町には奴の手下ばかりが増えていくということだ。

 卵をとってくるような冒険者がいないのかと思ったが、冷静に考えるとそこまでの実力がある冒険者がわざわざゲルドの言うことに従う理由はない。卵だけとって他の町に行くだけだろう。


「分かった。それなら明日俺が山に登ってワイバーンの様子を見てくる。お前たちのランクはどれくらいだ?」

「Bです」


 確かにBランク冒険者がワイバーンに挑むのは危険だ。


「Bランクでも倒せるかどうか見てくる」

「そんなことしてもらっていいのか!?」


 男は見ず知らずの俺がいきなりそんな好意的な提案をしてきたことに驚いているようだった。


「俺もワイバーンの卵は欲しいからな。もっとも俺はまだこの町に住むと決めた訳ではないから卵だけとったら他に移るかもしれないが」

「なるほど……ありがとう。俺たちも立ち去るにしてもその前に卵が手に入ったら嬉しいからな。せっかくなら今晩は俺たちが奢る」

「それならありがたく御馳走になろう」


 その後俺は冒険者二人と酒を飲みながら夕飯を食べた。




 翌日、俺は朝早く起きてカラカラ山に向かった。

 カラカラ山は灰色の岩肌に覆われた山で、あちこちに洞窟がありそこに獰猛な魔物が棲息している。そして斜面の岩の間を二メートル以上もあるトカゲが闊歩していた。鋭い牙と鋭い爪は遠くからでも目立っており、真っ向から戦えば熟練の冒険者でも無傷で倒すのは難しいだろう。


「シャドウハイド」


 俺は自信の気配を隠す魔法を唱える。元々俺は剣をとって戦う前衛スタイルだったが、戦闘の補助に役立つ魔法を使うことも出来る。トカゲは感覚に優れている訳ではないだろうから、俺に気づくことはないだろう。洞窟の中にいる魔物たちや時折上空を旋回している怪鳥も俺に気づくことはなかった。



 二時間ほど斜面を登ると、ようやく山頂が見えてくる。魔法をずっと使い続けるのは魔力の消費が激しいため俺は少し疲れていた。


 頂上には一際大きな巣穴があり、中には巨大な体をしたレッサードラゴンがとぐろを巻いて寝そべっている。近づいていくと、ただの寝息すら轟音に聞こえる。おそらく卵は巣穴の奥にあるため、とりにいくのは非常に危険だろう。

 よほど技量に自信がある戦士か、隠密に自信があるシーフでなければ挑戦すら厳しいと言える。俺も傷が治っていない今、一人で勝負を挑むのは自信がない。


 しかし幸いながらワイバーンは眠りについている。俺が近づけば目を覚ますだろうが、先手をとることは出来る。俺は剣を抜くとワイバーンに向かって構える。


 そこでふと魔族が襲ってきたときの記憶が俺の脳裏によぎる。

 叫び渡る悲鳴と、家の前で倒れている町の人たちの血。


 傷が治りかかっているのに冒険者復帰ではなくギルド職員をしようと思ったのには、どこかで冒険者から逃げているところがあったからかもしれない。

 それを振り払うように俺は剣を振る。


「サンドストーム」


 俺が剣を振ると、足元の砂があおられて砂嵐が巻き起こり、ワイバーンを襲う。すぐに目を覚ましたワイバーンはぐおおおおおおおおっ、と大咆哮を上げる。しかし巣穴の中では俺が作った砂嵐が渦巻いているため、視界が効かずに狭い巣穴の中でばたばたと暴れ回っている。


 が、じたばたと体を巣穴の中にぶつけているうちにようやく出口が分かったのか、巣穴から勢いをつけて飛び出してくる。


「よし、ここだ……エンチャント・ストライク」


 俺はありったけの魔力を込めた一撃をワイバーンに繰り出す。

 狭い巣穴の入り口から出てきた直後だということ、そして砂嵐により視界を奪われていたためワイバーンは顔を俺の一撃に気づくのが遅れた。そのため俺の攻撃にまともな回避行動をとることが出来なかった。


「喰らえ!」


 基本的にワイバーンの体は頑丈な鱗に覆われているが、喉元だけは比較的柔らかい。その柔らかいあたりを正確に切っ先が貫いていく。

 確かな手ごたえとともに俺の手元にワイバーンの喉元から発された赤い血しぶきがかかる。ワイバーンは鋭い断末魔の叫びを上げてその場に倒れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る