間章 そのころの王都
王都にて
「レーゼさん、セレンさんは無事王都を脱出したようです」
「それなら良かったわ」
そう言って神官のレーゼはほっと息を吐いた。
彼女はつい最近魔力の大きさを見出され、王都にやってきた神官だ。やってきたばかりなのに周囲は偉い大人ばかり、しかも田舎村から出てきたので王都暮らしは諸々の勝手が分からず途方に暮れていた。
そんな彼女の前へ現れたのがセレンだった。同い年の彼女は数年前から王都で生活していたため、聖女というよりは友達としてレーゼの面倒を何くれとなく見てくれた。そのためレーゼは彼女と仲良くなるとともに、深い恩義を抱いていた。
だからレーゼは必死でセレンを逃がした。大司教は貴族と違って大した権力はないので王都さえ出れば特に追手がかかることはないだろう。これでひとまずセレンの安全が保証された訳だが、それだけで引き下がるほどレーゼは穏やかではなかった。
(あの豚め、私腹を肥やすのみならずセレンに手を出すなんて……覚えておけ)
「それなら決めておいた手はず通りにやるわ」
「わ、分かりました」
レーゼに仕える見習いの神官も緊張した面持ちで頷く。男はレーゼが用意していたビラを掴むと、ぼろぼろの浮浪者のような恰好をして外に出る。
それを見てレーゼは成功を祈って静かに手を合わせる。
レーゼが用意したビラには『大司教が私腹を肥やすために免罪符を発行し、それを注意した聖女を追放した』という内容の文言が書かれている。レーゼは一応司祭の位を持っているため、ビラの末尾には司祭印が押されており、ただの噂やデマではないことが分かるようになっている。
ただ、免罪符の件はともかくセレンの件については大司教本人が命じてやらせたという証拠はない。だからあくまで彼の評判が失墜するだけで罪に問われることはないだろう。免罪符についても許されるかどうかを決めるのは大司教の権利であるため、罪にはならない。
それでも彼の評判を地に落とすことで一矢報いることが出来ればレーゼとしては満足だった。
数日後
「大司教様、暴徒化した民衆が屋敷に押し寄せています」
「何だと?」
家来からの知らせに大司教のゴンザレスは眉をぴくりと動かした。何者かが流した噂によって民衆の心が乱されているという話は聞いていたが、そこまで広がっていたとは。
「根も葉もない噂は厳しく罰するように王宮に依頼したはずだが」
根も葉もある噂だから広まっているのだが、家来も心の中で思っても口にすることは出来なかった。
「ですがセレンは病気になった民衆をしばしば癒していたことがあり、人気があったようです。兵士の中にもそういう者がおり、どうしても取り締まりに身が入らないようで……」
「くそ、あれほど無料で治癒を行うと言ったのに!」
ゴンザレスは大きく舌打ちし、飲みかけのティーカップを乱暴におく。衝撃で中身がこぼれて値の張る絨毯を茶色く染めた。家来はそんな彼を見てびくっと肩をすくめる。
治癒の魔法を無料で使う神官がいれば、治癒は無料で行われて当然だという認識が広がり、金をとることが出来なくなる。金はあればあるほど良いと考えるゴンザレスにとって許すべからずことであった。
「い、いかがいたしましょう」
「この噂の元凶は分かったか?」
「いえ、申し訳ありません」
「無能が。こんなことをするのはレーゼ以外いないだろう。相手が分かっているのに証拠の一つも掴めないのか!」
大半の司祭はゴンザレスの金に釣られてへこへこしているし、残りも様々な弱みを握って大人しくさせている。唯一心当たりがあるならレーゼぐらいだ。それなのに家来が証拠の一つも掴めないことにゴンザレスは激怒した。
「何分噂が広がりすぎて出どころを探るのが困難で……」
そこへ窓の外から石が飛んできて、カシャン、と窓ガラスにぶつかる。
ゴンザレスのすぐ近くにガラスの破片が飛び散った。窓の外からは民衆のゴンザレスへの暴言が聞こえてくる。
「言い訳はもういい! とりあえずは奴らを強制排除しろ! そしてレーゼをひっとらえるのだ!」
「わ、分かりました」
「おのれ小娘め……。この恨み、貴様で晴らしてくれる」
そう言ってゴンザレスはぎりぎりと歯ぎしりした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。