いざ出発

「なるほどなあ」


 俺はアリカからの手紙を見て溜め息をついた。ケルン男爵が自分の贅沢のために領地を放置していると聞き、アリカに頼んでボルド伯に軍勢を出してもらったはいいものの、長年放置されていた男爵領は思ったよりも酷いことになっていたらしい。


 冒険者を雇えば襲ってくる魔物を撃退することは出来るが、それだけだと近くで巣を作り群れを繁殖する魔物がいても手が回らない。もちろん裕福な人物が先手を打って討伐依頼を出せば別だが、男爵領はその限りではない。本来それをするのは領主の役目なのだが。

 そのため、ほとんど人が襲ってこないと聞いた魔物たちが続々と集合し、ゴブリンライダーなどという強い種族が生まれてしまったのだろう。


 アリカの手紙によるとゴブリンライダー以外にも、様々な魔物、特に魔族と呼ばれる知能を持った集団たちが繁殖しているためメルト村以外も酷いことになっており、伯爵軍だけでは手が回らないので手伝って欲しい、その場合報酬は伯爵から出るとのことであった。


「しかしまさかアリカにそこまでの発言力があったとはな」


 通常、宮廷魔術師には政治的な発言力はあまりない。だとすれば、伯爵の弱みを握っていたデュークをアリカが失脚させたためかもしれない。


「俺は冒険者ではないが、これは実質伯爵からの依頼である以上行かない訳にはいかないよな」


 アリカからの手紙ではご丁寧にも俺の名前が指名されていた。アリカも純粋な戦力で言えば俺に比肩する。そのアリカがわざわざ俺を呼ぶということは相手が相当手ごわい可能性があるということだろう。

 当然ギルドマスターとしての仕事もあるが、俺はアリカの依頼をどこか嬉しく感じている自分がいるのに気づいた。結局、俺の本質的なところは冒険者なのかもしれない。


「久しぶりに私たち三人で冒険に出るって本当?」

「ちょっと緊張してしまいます」


 そこへ、呼んでいたメリアとセレンが部屋に入ってくる。すでにこの街には結構多くの冒険者が集まっており、主だった魔物は俺やこの二人が討伐した。そのため戦力的にはゴルギオンに俺が常駐する必要はない。

 問題はギルドや鉱山の仕事だろうが……まあ何とかなるだろう。主だった魔物さえ討伐してしまえば残りは伯爵の軍勢に任せてさっさと戻ることが出来るはずだ。


「そうだ。隣のケルン男爵領では辺境の治安が放置された挙句、強力な魔物が多数繁殖しているらしい。そこで軍勢だけでなく俺たちにも声がかかった。もちろんこれは伯爵からの正式な依頼だ」

「伯爵からの!?」


 メリアの表情に緊張が走る。確かにこれまでの俺たちの仕事は自発的なものが多く、伯爵クラスの人物からの依頼は初めてと言えるかもしれない。


「そうだ、とはいえ伯爵の軍勢も近くにはいるし、アリカもいる。そう気負うことはない」

「そう、彼女もいるんだ」

「アリカさんが」


 俺は二人を安心させるつもりでいったのだが、二人は何やら警戒するような表情になる。この前はアリカとは仲良くしていたと思うんだが。


「あの、お呼びでしょうか?」


 そこへミラもやってくる。彼女も最初は受付の仕事しか出来ないでいたが、人手が足りなくなって様々な仕事を任せているうちにいつの間にか大体はギルドの仕事を覚えてしまった。俺が鉱山や工場のことばかりにかまけていられるのも彼女や他の職員たちのおかげでもある。


「ああ。今回、伯爵の依頼で隣の領地まで魔物退治に行くことになった。だから留守の間はミラにギルドマスター代理を任せたいと思う」

「え、私がですか!?」


 思いもよらない用件にミラは驚く。


「ああ、ここ一か月ほどの働きぶりを見たがミラなら大丈夫だ」

「そんな、私がギルドマスターだなんて」

「大丈夫だ、俺もここのギルドマスターに任命されたのはいきなりだったがそれでも何とかなった」


 当事者であるだけに俺の言葉には説得力があったのだろう、ミラも頷かざるを得ない。


「それは確かに……」

「だが、ミラは真面目だからな。働き過ぎには注意して、大変そうだったら仕事はうまく分担するんだぞ」

「わ、分かりました」


 俺の言葉にミラは頷く。


「よし、では行くぞ」


 こうして俺たちはゴブリンライダーが出るというメルト村へ向かったのであった。




「お久しぶり~」


 それから三日ほどの旅でメルト村に着くと、そこにいたアリカがわざわざ俺たちを出迎えてくれた。


「いや、そんなに久し振りじゃないだろ」

「そうだっけ? まあいっか、とりあえず今回は無理言って来てもらってありがとう」

「まあ、一応領主の要請だし、それにふさわしい報酬も出るからな」

「うんうん、グリンドも久しぶりに私と一緒に魔物狩りしたいかなと思ってね」


 アリカが軽口をたたくと、メリアとセレンが不穏な視線をこちらに向けてくる。

 その気配を察したアリカはおかしそうに笑う。


「まあ、真面目な話をするとこの後多分ケルン男爵は領地の管理不行き届きで領地を没収されて、伯爵領になると思うから伯爵的にはここが頑張り時なんだよねー」

「なるほど」


 上の方ではすでに色々話が進んでいるらしい。まだ全く魔物を倒していないのに気が早いことだとは思いつつも、確かに男爵にこのまま領地を任せるのは不可能だろうとは思う。


「それで、戦況はどうなんだ?」


 俺の問いに急にアリカは真顔に変わる。


「それが、なかなか良くなくて。まずこの村では男爵軍が逃げ帰ったからほぼ元のまま。一応私が来たから雑魚ゴブリンが襲ってきたら全滅させてるけど、相手が総攻撃してきたら危ないと思う」


 アリカは圧倒的な攻撃力を誇るが、その分魔力の消耗も多い。そのため一人で大軍の相手をするのは危険だ。まあ、そもそもどんな人であれ一人で大軍と戦うのは危険だが。


「他はどうだ」

「うーん、攻めてきた魔物を撃退するところまではうまくいったんだけど、魔物たちは山奥に巣を作っていて、そこまで伯爵軍が攻め込むと逆に物陰から襲って来られて苦戦することが多いって」

「なるほどなあ」


 基本的に山の中は道が狭いため、軍勢の数の利を生かすことが出来ない。そのため、少数精鋭の冒険者を投入する必要があるという訳だ。

 が、そこまで話してアリカは真顔から笑顔に表情を変える。


「ま、とりあえず今日はもう遅いから、ご飯食べて早めに休もう!」

「そうだな」


 こうしてその日はアリカが用意してくれた夕食を食べて俺たちは眠りについたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る