ケルン男爵とゴブリンナイト

三日後

「伯爵軍の様子はどうだ?」

「はい、すでに辺境の街や村に進駐し、そこで魔物たちと戦っております」

「おのれ……」


 その知らせを聞いてケルン男爵は唇を噛む。このまま自軍の出る幕もなく伯爵に辺境の魔物を鎮圧されでもしてしまえば本当に無能を晒しただけになってしまう。


「まだか? まだ軍勢は集まらぬのか!?」


 普段は酒を飲んで女と遊ぶだけの男爵は珍しく怒気を露わにしていた。

 家臣たちもいつもと違う男爵の剣幕に恐々としている。


「一応全軍の半分ほど、三百ほどの人数でしたら集まっていますが……」

「もう良い、その兵を率いて辺境へ向かう。残りには後を追ってくるように伝えよ!」

「は、はい」

「魔物が出ている中でまだ伯爵軍が向かっていない街はあるか?」

「そうですね……メルトという村でしたら。そこも最近北の山中からやってきたゴブリンに悩まされていたようでございます」


 メルトというのはケルン男爵領の中でも特に北側にあり、その北には山脈がそびえており、山脈を大分東に向かうとゴルギオンに至る。山の中の小村だけあって伯爵軍もまだ向かっていなかった。


「ふん、ゴブリン程度であれば三百の兵士で簡単にひねりつぶしてくれよう。準備をせよ!」

「あの、閣下自身が出陣されるのですか!?」

「当然だ、そうしなければ伯爵に舐められるではないか!」


 そう言ってケルン男爵は出陣の準備をする。と言っても他の兵士が徒歩で行軍する中彼は馬車に揺られるだけであるが。ゴブリン狩など面倒な、と思う家臣たちであったが男爵と一緒に贅沢を楽しんでいたため同じ穴のムジナである。やむなく男爵に従う準備をするのだった。


 こうしてケルン男爵を大将とする三百の軍勢は急遽北へ進み、メルトに向かった。とはいえ長い間解散されていた兵士たちなので士気も低ければ統制もとれていない。また、予算がないため武器もろくに持っていない者も混ざっていた。もっとも、男爵にしてみれば「出陣した」という事実が欲しいのでそんなことにはお構いなしであった。


 数日の行軍の末、軍勢はメルトに到着する。そこでは度重なるゴブリンの襲撃により村人の半数近くが逃げ去り、残った村も荒れ果てていた。


「我が軍が来たからにはもう大丈夫だ」


 男爵は兵士たちに村人を安心させるべく触れて回らせるが、村人たちの反応は鈍い。彼らは皆「今更か」と思って男爵軍を冷ややかに見つめていた。


 そこへ山の中からいつものように数十匹のゴブリンが現れる。

 彼らは奇声をあげながら略奪に入ろうとして、いつもはいない三百人の軍勢と出会って動揺する。


「また懲りずにやってきたか、ちょうどいい、返り討ちにしてくれる!」


 ちょうどいいとばかりに男爵軍はゴブリンたちに襲い掛かる。普段は逃げるだけの村人と戦っていたゴブリンたちは軍勢の出現に慌てふためいた。

 最初はいきなりの戦闘に戸惑っていた男爵軍も、数で勝っているため次第にゴブリンたちを包囲する形となる。不利と見たゴブリンたちはあっという間に逃げ出した。


「追え! 一体も逃がすな! 根絶やしにしろ!」


 それを見て男爵は声を枯らして怒鳴る。ここでゴブリンを根絶やしにすればしばらくはこの村に兵士を配置しなくてすむ。男爵はこの期に及んでそんなことを考えていた。

 勝利の勢いに乗った男爵軍はゴブリンたちを追って山の中へと入っていく。そして背中を向けて逃げるゴブリンを次々と後ろから倒していった。

 が、ゴブリン狩りに夢中になる兵士たちの上にさっと影が差す。そしてクゥェェェェェ、という甲高い鳴き声が響き渡った。


「何だ!?」


 兵士たちは声に釣られて上空を見る。するとそこには巨大な怪鳥、グリフォンにが数匹飛んでいるのが見えた。しかもその背にはこれまでのゴブリンたちとは違う、きっちり鎧と剣で武装した体格のいいゴブリンたちが騎乗しているのが見える。


「な、何だあいつらは!?」

「ゴブリンがグリフォンに載っているだと!?」


 本来グリフォンはゴブリンより強力な魔物であり、ゴブリンに使役されるような魔物ではない。その異様な姿に兵士たちは困惑した。


 が、次の瞬間グリフォンに乗ったゴブリンたちは次々と石を投げてくる。いたって原始的な攻撃方法だったが、上空からの一方的な攻撃に兵士たちは恐慌状態になる。


 そこへ山の中に逃げ散っていたゴブリンたちも反転攻勢を開始する。

 さらにグリフォンも降下して鋭い爪や牙で兵士たちを襲撃し始めた。


「ぎゃあああああ!」

「ぐあああああ!」


 これまで一方的だった展開がまるで鏡写しのように逆転し、今度は男爵軍が逃げ散っていく。


「逃げるな! 敵に背を向けることを許さぬ!」


 しかしそう命令する男爵自身が真っ先に馬車を後ろへ向けさせたのでもはや誰も言うことを聞く者はいなかった。三百人いた兵士たちは散り散りになり、這う這うの体で逃げていく。男爵自身も村を脱出すると無我夢中で戦場を離れさせる。


 そんな時、途中で家来の一人が遠くを見て言う。


「男爵様、遠くに軍勢が見えます」

「何でもいい、このわしを保護させるのだ!」


 そう言って男爵が向かったのは近くまで来ていた伯爵軍の一隊であった。


「助けてくれ! 助けてくれ!」


 喚き散らす男爵を伯爵軍の兵たちは当初まさかケルン男爵本人であるとは思わなかったという。

 こうしてメルト村での戦いは完全に男爵軍の敗北に終わった。

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