決闘
翌日、メリアが決闘場に指定した町の広場にやってくるとヴェントレットは逃げずにその場に姿を現した。さらにもう一人、立会人を要請したこの町の兵士が二人の間に緊張した面持ちで立っており、そんな彼らを群衆が取り囲んでいる。
決闘はなかなか見られるものではないため、彼らは明らかに野次馬のテンションで広場を眺めていた。中には賭けを行ったり、昼間なのに酒を売り歩いたりしている者も混ざっている。
「ではこれよりヴェントレットとメリアの決闘を始める」
立会人が厳かに宣言し、メリアは剣を構えヴェントレットは小ぶりな杖をメリアに向ける。俺はその様子を見つつ、野次馬に目を光らせる。
ヴェントレットがメリアの実力を利用したということは、彼女の方がヴェントレットよりも強いということになる。もしかするとヴェントレットの思わぬ奇襲でメリアが負ける可能性もあるかもしれないが、それについては俺にどうにか出来ることではないし、すべきことでもない。
俺が警戒しているのは残り二人の仲間が決闘に何らかの介入を行ってくるのではないかということである。もちろん立会人がいる以上下手なことをすれば発覚する可能性は高いが、一度卑怯な手でメリアを騙した相手である以上油断は出来ない。
「始め!」
立会人の号令が響くとともにメリアは目にも留まらぬ速さでヴェントレットに襲い掛かる。
「ウィンド・バリア」
ヴェントレットはすぐに防御魔法を展開し、メリアの攻撃を防ごうとする。
しかしメリアの剣が触れるとたちどころに風の防壁は消滅していく。
それを見てヴェントレットは舌打ちし、今度はメリアに向かって炎の攻撃魔法を放つ。
しかしメリアはそれを難なくかわし、ヴェントレットに斬りかかる。
ヴェントレットはどうにか魔法防御を試みるが、形勢は誰の目にも明らかだった。野次馬たちはある者はメリアの剣技に熱狂し、ヴェントレットの勝利に賭けた者は落胆の表情を浮かべる。
俺はそんな観客たちの中を目を皿のようにして監視するが、特に不審なことが起こる様子はない。
さすがのヴェントレットもこれ以上の抵抗は諦めて、決闘に負ければ潔く謝罪するつもりなのだろうか。決闘の条件は負けた際に謝罪して依頼の報酬を返金するというだけなので、そこまで酷いものではない。ヴェントレットのしたことを考えるとかなり寛大と言えるだろう。
ヴェントレットが諦めてそれを受け入れてくれればいいのだが……俺がそう思ったときだった。
パアン、と一際大きな破裂音とともに空に花火のようなものが打ち上がる。見るとヴェントレットが苦し紛れに放った魔法らしく、野次馬たちが一斉に釣られてそちらに目をやる。
その時だった。突然どん、という衝撃とともに誰かが俺にぶつかってきた。嫌な気配がした俺は反射的に右手を伸ばしてぶつかってきた人物の腕を掴む。
「放せ!」
そう叫んだのはフードを被っている男だがよく見ればヴェントレットの一味であった。そしてその手には俺が持っていたはずの例の宝石を掴んでいる。
ぶつかったのは分かったが、掏られたのには気づかなかった。鮮やかな手並みだ。
「なるほどな。ヴェントレットが目立つ魔法を使って俺の意識がそっちに向いた時、お前が俺から宝石を掏る。そういう手はずだったのか。負けたという事実は変わらなくても、音声が記録できる宝石であれば高値で売れるからな」
俺の言葉に男の表情はみるみるうちに青ざめていく。
「く、くそ! 重要な宝石であればお前が肌身離さず持っていると思って、実際あと一歩だったのに……この俺のスリに気づくとはお前何者だ?」
「ただの依頼を受けたギルド職員だ」
「そんな訳あるか!」
男は絶叫するが逃れられないと知って周囲から人が集まってくる。すでに彼の行為は衆目に晒され、例え逃げたとしても一生「スリ」と言われ続けるだろう。
「諦めて大人しくしていれば謝って金を返すだけで済んだものを。最後まで愚かだったな」
「くそ……もう少しうまくやっていれば」
「やあっ」
一方、俺がスリを捕まえているうちにヴェントレットはメリアの猛攻に魔力が尽き、ついに最後の一撃を受けた。メリアの剣が最後の防壁を壊してヴェントレットの胸元に突き付けられる。
「そこまで!」
立会人の声が響き渡り、メリアはそこで剣を止める。
俺はそこにスリを引きずるようにして歩いていく。
「見事だったな、メリア」
「ええ。……その男は?」
「ただのコソ泥だ」
が、俺がそう言った瞬間ヴェントレットの表情が絶望に包まれる。大方、自分が負けても宝石さえ盗めばいいとでも思っていたのだろう。
「そこまで汚いことをするなんて……最低」
メリアがヴェントレットを睨みつける。
「くそ、あと少しだったのに」
それを見てスリはぽつりと漏らす。
そこで俺は一応彼らに真実を教えてやることにする。
「そうだ、それなら一ついいことを教えてやろう。音声を記録する宝石なんてある訳ないし、この宝石はただのきらきら光る石だ。昨日の音声は俺の声真似に過ぎない」
「……何だと!?」
ヴェントレットの全身から力が抜け、その場に座り込む。
要するにヴェントレットは本来受けなくてもいい決闘を受け、ただのきれいな石を盗もうとして罪を重ねたことになる。全てはただの墓穴だったのだ。
「だからこの宝石を盗むのはただの徒労だ。そんなことを企まなければ負けるだけで済んだんだがな」
「貴様! 俺たちを騙したのか!? 卑怯な!」
思わずヴェントレットは叫ぶ。
「残念だが、先に卑怯なことをしたのはお前たちだ。メリアの時は騙されるのが悪いと言っていて、自分は被害者ぶるのか?」
「くそ!」
俺の言葉にヴェントレットはそれ以上の言葉を失った。
「一体何があったんだ?」
俺たちの会話を聞いていた立会人が怪訝そうに尋ねる。
そこで俺はこれまであったことをかいつまんで伝える。立会人もそれを聞いて眉をひそめた。
「なるほど……それはひどいな。その件はどうにもならないが、決闘における不正は重罪だ。そちらについては厳重な処罰を約束しよう」
「ああ、任せた」
こうしてヴェントレット一味は兵士に引っ立てられて連れていかれたのだった。
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