報復

 俺はメリアとともに王国西部、ヴェントレットの故郷へ向かった。ミラがこちらでの業務にも慣れたので俺の休日を入れ替えてもらったりして日程は調整した。ギルド長もヴェントレットの行いには腹を立てており、事情を話すと俺がギルドを離れても大丈夫なよう協力してくれた。


 メリアの方も最近はソロで依頼をこなすことにもすっかり慣れてきて、遠方への馬車代を出してくれた。

 馬車に揺れること五日ほど、俺たちはヴェントレットが冒険者登録したギルドがある、トガリという町へやってきた。数百人ほどの人口を擁する中くらいの町で、周辺に魔物が棲息する森があるため冒険者の出入りが多い。


 この辺りは俺もあまり来たことがなかったので、周囲に生えている植物や人々の装いも少しずつ異なっている。俺たちは辺りを見回しながらギルドに向かった。

 すると折しもギルドに向かって歩いてくるヴェントレットと彼の仲間三人の姿が目に入った。メリアと一緒にいた時とファッションや装備は少し変えているが、メリアの反応ですぐに分かった。しかしこうして見るとどこにでもいそうな中年の気のいい男だ。初対面で声をかけてこれば親切なおっちゃんに見えなくもない。


 彼らを見た瞬間メリアがごくりと唾をのみ込む音とともに、周囲の空気が凍り付くのが感じる。


「メリア、気持ちは分かるが殺気が漏れ過ぎだ」

「……ごめん」


 メリアは一言呟くと深呼吸し、少し空気が和らぐ。さっきのままの空気で話しかければいきなり逃げられても文句は言えないほどだった。


「よし、行くぞ」

「うん」


 メリアは言葉少なに頷くとヴェントレットの方へと歩いていく。

 そんなメリアを見た彼は一瞬ぎょっとした表情をするがすぐに気を取り直す。


「私のことを覚えてる?」

「そう言えば前に一緒に冒険したな。俺たちは依頼に合わせて色んな人を臨時にパーティーに入れているからな」


 訊かれてもいないのにヴェントレットは言い訳を始める。


「あの時の依頼の報酬、全部あんたたちが持っていったでしょう」


 メリアは静かだがよく通る声で言う。物騒な発言内容に何人かの通行人がこちらを振り返る。それを見てヴェントレットは舌打ちする。


「おい、ちょっと場所を変えよう」


 そう言ってヴェントレットは近くの路地を指さす。確かにそちらであれば人通りは少なさそうだ。路地に入ると、ヴェントレットは周りを見渡して人がいないことを確認する。


「それで一体何だ? 確かに報酬はリーダーである俺が受け取り、パーティーメンバーに配った。それだけのことだ」

「それはそうかもしれない。だから私はあなたに決闘を申し込みたい。勝てばあなたに謝罪を要求する」


 決闘、という言葉を聞いてヴェントレットは苦い表情をする。彼も純粋な戦闘能力で言えばメリアに劣るという自覚があるのだろう。


 決闘というのは互いの同意があった際に立会人見届けの元で行われる私闘である。今回のように法で裁けないいざこざを解決するために用いられるが、基本的に決闘を仕掛ける側が仕掛けられる側より圧倒的に強いことが多いので同意が成立することはあまりない。


「嫌だ。俺たちは自分たちの仕事に忙しいし、第一勝っても何も嬉しくない。元々俺たちに罪はない」

「そう、何も知らない冒険者をパーティーに入れて利用した挙句報酬を踏み倒してそれで済ませ、うやむやにしようとしてるんだ」


 メリアの迫力にヴェントレットは気圧される。


「し、仕方ないだろ! そもそもそっちだって報酬の分配については何も言って来なかった! だから報酬は俺が全部受け取り、その後俺はリーダーの権限でメンバーを除名した。それだけのことだ!」

「……ということだけど」


 そう言ってメリアがこちらを見る。俺は一つ意味ありげに頷いて宝石を取り出す。宝石からは濃密な魔力が周囲に溢れ出る。


「決闘を受けないのは自由だが、今の台詞をこの宝石にしっかり記録させてもらった。これさえあれば罪に問われないとしてもお前たちの評判はガタ落ちだろうな」

「何だと!? ……いや、だがそんなことあるはずがない! 声を記録するような技術はまだないはずだ!」


 ヴェントレットは動揺しつつもそう指摘する。

 俺はそれに対して何食わぬ顔で言い返す。


「これは最近近所の遺跡で発掘されたものでな。俺は彼女が悪質な野郎に騙されたのが気に食わずに、大枚をはたいてこの宝石を買ってきたという訳だ」

「か、彼女?」


 ふとメリアが怪訝そうに俺を見てくる。何か誤解があるような気がして訂正しようとしたが、


「嘘だ! そんなものがある訳ない!」


 それを遮るようにヴェントレットが叫ぶ。


「仕方ないな。ならばこれで信じるか? 宝石よ、汝の記録を現せ」


『し、仕方ないだろ! そもそもそっちだって報酬の分配については何も言って来なかった! だから報酬は俺が全部受け取り……』


 宝石が輝きを発するとその場に先ほどのヴェントレットの声色にほぼそっくりの音声が響き渡る。


「くそ、そんなものがあるなんて……」


 ヴェントレットはその場にがっくりと膝をつく。

 それを見てメリアが改めて告げる。


「もし私が勝てばあなたは謝罪して、あの依頼で得た報酬を全て私に支払う。それでこの件は手打ち。この音声も消去する。代わりにあなたが勝てばこの宝石はあげる」

「何だと?」


 ヴェントレットの表情が変わる。人の声を記録する宝石などというものはこれまでない以上、おそらくかなり高値で取引されるだろう。

 どの道、断ればもうこの辺りで冒険者を続けることは難しくなるだろう。


「……分かった。今の言葉に嘘はないな?」

「私はあなたと違って卑怯なことはしないわ」


 メリアは冷たい声で言った。


「では私が届け出をしておくから翌日、町の広間で」


 そう言ってメリアは踵を返して去っていく。俺も無言でそれに続く。


「あなたってなかなかお芝居がうまいのね」


 ヴェントレットたちの姿が見えなくなると、メリアは俺を感心するような呆れるような目で見る。


「そんなことはない」

「でも、あの声真似はそっくりだったわ」

「メリアの殺気がすごくてあいつらが動揺していたんだ。そうじゃなければ気づかれていただろう」


 ヴェントレットが言う通り、他人の声を記録する技術は存在しない。

 ではどうしたのかというと簡単で、俺はあらかじめ声を変える魔法を自分にかけておき、ただの魔力をこめると発光する宝石を持って口を動かさずにヴェントレットの声真似をしただけである。さすがの俺も声真似と腹話術を同時にしたことはなかったので、ヴェントレットが冷静であれば気づかれていただろう。


「何にせよ決闘はお膳立てはした。後は頑張ってくれ」

「ありがとう」


 メリアは静かに頷いた。

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