鉱毒
その日適当な空き家を滞在拠点に定めた俺たちは、翌朝早速例の洞窟の調査に乗り出すことにした。村人に尋ねるとその洞窟の位置は分かったので、俺はメリア、セレンとともにその場所に赴く。まさかギルドマスターに任命されて最初の仕事が冒険者の仕事になるとは思っていなかったが、こうなってみるとあのギルドマスターが俺をここに派遣したのも頷ける話だ。
荒れた山肌を一時間ほど歩いていくと、明らかに人が出入りしていた痕跡のある洞窟が見つかる。周囲には荷車や野営道具などが乱雑に打ち捨てられており、最近まで活発に人が出入りしていたのだろう。
「確かに、中からはほのかに毒の気配がします」
セレンは洞窟を見て顔をしかめた。外からでも分かるということはそれなりの毒なのだろう。
「レジスト・ポイズン」
セレンは早速俺たち全員に毒に対する耐性を高める魔法をかけてくれる。相変わらず彼女の魔法は万能だ。
俺はあえて松明を灯すと中に入る。
「灯りなら魔法で灯した方が両手が空いて良くないですか?」
「この鉱毒に汚染された洞窟で強い魔物が出るとは思えない。それに、松明は空気が悪くなると火の燃え方が弱くなるからな」
「そんなことまで知っているなんてすごいのね」
メリアとセレンは目を丸くして感心する。
「それほどでもない。ただ、一応魔法の灯りもつけてくれると助かる」
「分かりました」
そんな訳で俺は松明を片手に先頭に立って中へと歩いていき、その後ろに魔法の灯りをともしたセレンと剣を構えたメリアが続くという形になった。
中に入るとじめじめした空気と土のにおいが周りを包む。洞窟はわずかに下りに傾斜しながら一本道で続いていき、すぐに外の灯りが届かなくなる。そして徐々に鼻をつくような嫌な臭いとともに松明の炎は弱まっていったので足を止める。目をこらしてみると、前方の地面は岩肌から湿った土のようなものに変わっており、紫色に変色している。
「試しにこの前方の地面を浄化してみてくれないか?」
「分かりました」
セレンは一歩前に出ると足元の地面に魔力を注ぎ始める。暗い洞窟内がセレンの魔力により淡く照らされるが、毒々しい色の地面があるだけだった。
しばしして、セレンは落胆したように魔法の手を止める。
「ダメでした」
「ということは山の毒だろうな」
基本的に魔物の毒や生物や植物由来の毒であれば聖女の魔力で浄化することが出来る。もちろん魔力が足りなければ不可能だが、聖女セレンの魔力をもってすれば魔力不足で浄化出来ないという可能性は低い。ということはやはり鉱物由来の毒ということだろう。
俺は手袋をはめるとスプーンで目の前の紫色の土を掬い、用意していた特殊な素材の袋に入れる。するとスプーンは一瞬で錆びたような色に変色していた。一攫千金を狙った冒険者たちが皆いなくなるだけあって、さすがの毒性だ。
「それでこれからどうするの?」
「後はこれを持ち帰って調べるしかない。山の毒と言えばいくつか心当たりはあるからな。その上で毒性を中和出来るものがあれば、ギルドに頼んで送ってもらう。もしくは凄腕の魔術師を呼んで炎で消毒するしかないだろうな」
どちらの方法をとるにせよ、手段を手配するためにはそこそこの時間がかかるだろう。
「じゃあ今日はもう終わり?」
メリアは少し物足りなさそうに言う。確かに今日はただ洞窟の中を歩いただけで、メリアからすると物足りないのだろう。
「いや、実はここに来る途中にいくつか有望な洞窟があった。ここの毒をどうにかするまでに時間もかかるし、その間他の鉱脈を探してみようと思う」
「なるほど、一つ問題があったら三つ四つの方法を思いつくのね」
メリアはしみじみと感心し、セレンもそれに頷く。
「純粋に戦闘力や魔力の面でもまだまだですが、そういった機転ではさらに学ぶべきことが多そうです」
「その辺はほぼ経験の差だ。二人だって常にどうすれば現状を打開できるか考えてるだろ? それを続けていれば何年後かには自然と出来るようになる」
「剣ではいつか追いつけそうだけど、その辺りは全く自信がないわ」
珍しくメリアは弱気なことを言う。
「何を言ってるんだ。メリアの剣が上達するころには、俺も左腕を治して本調子になるからな」
「そう言えば、負傷していて今ぐらいの強さだったわね……」
メリアが難しそうに腕を組む。とはいえメリアは才能の原石のような存在だから、鍛錬を続けていればいつかは俺を抜かしていきそうだが。
そんなことを話しながら俺たちは次の洞窟に向かうのだった。
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