村の現状
「危険なところとは聞いていたが、それにしても寂しい雰囲気だな」
トロールを倒した後、俺たちは改めて周囲を見回す。普通ここまで大がかりの戦闘を繰り広げた以上、村にいる人は加勢なり見物なりにやってくるか、もしくは避難するなどのリアクションをとるはずではないか。
「ギルドマスターから聞いた話だと、最近鉱石が見つかって賑わってるらしいけど、そんな雰囲気はないわね」
「皆魔物にやられてしまったのでしょうか?」
村の周囲には魔物が襲撃してきて戦った跡がいくつもある。
「いや、その可能性は低い。そもそも魔物が住人を根絶やしにする勢いで攻めてくるようならここには誰も住んでいないはずだ」
基本的に魔物は食糧を略奪するためか、もしくは人間自体を食べるために襲ってくるために食べるのに満足すれば退いていくことが多い。
「それに、そこまで熾烈な戦いが行われたのであれば村はもっと悲惨なことになっているはずだ」
村は周辺部こそ魔物の襲撃で建物が壊れているところがあるが、中心部は無事のようである。もっとも、元々貧しかったせいか傷んでいる家が多いが。
そんなことを話していると俺は恐る恐るこちらを伺っている村人を見つける。
「俺たちはこの村に冒険者ギルドの支部を作りに来たんだが」
声をかけると、やつれた様子の男はこちらに歩いてくる。おそらく三十前後だが、年齢よりも老けて見える。男は俺たちを一瞥すると疲れた声で言った。
「冒険者ギルドの支部か……。手遅れかもしれんねえ」
「一体何があったんだ?」
「お前さんたちがどこまで知っているのか知らんが、元々ここはただの田舎村だった。大した名産がある訳でもなく、少しでも山奥に入れば魔物に遭遇する危険もある。俺たちは痩せた土地を耕しながら時折狩をして細々と生きていた。それが数か月前だろうか、たまたまやってきた冒険者が近くの洞窟で何とかっていう鉱石を見つけて話が変わった。急にこの村に冒険者たちが集まりだした」
実はそういう事例は時々ある。辺境や田舎の村の周辺には未開拓の山や森がある。そういうところでは高価な素材が見つかりやすく、一度見つかるとその噂を聞きつけた冒険者が集まってくるためだ。
そうなった場合、村は発展して街になるか、もしくは一時的なバブルで終わってしまうかのどちらになることが多い。しかしここまで悲惨なことになるのはあまり見たことがない。
「集まった冒険者が全滅したとか?」
「いや、そんなことはない。しばらくは冒険者たちは山の探索に精を出し、鉱石もぽつぽつ発見されたらしい。その間、村は宿と食事を求める冒険者でにぎわった。それと同時に付近に棲んでいた魔物たちも動きを活発化させた。それまでこの村は大したものがなかったからたまにしか襲われなかったが、人が集まり、しかも冒険者が付近の魔物を狩ることが増えたため魔物たちもこちらに攻撃してくるようになった」
なるほど、それまで大人しく(?)暮らしていた魔物たちを刺激してしまったという訳か。
「そんな中、つい一週間ほど前のことだ」
男の話が核心に入り、俺は唾をのみ込む。
「鉱石が採れていた洞窟の一角が崩れ落ち、鉱毒で汚染されてしまったようだ。そのせいで冒険者は鉱石が採れなくなり、魔物たちから逃げるように帰ってしまった。後に残されたのは活発化した魔物と貧しい村という訳だ」
「なるほど」
この様子を見るに、冒険者たちがいなくなってからも何回か襲撃を受けたのだろう。
「その後のことは想像通り。見ての通り空き家はいくつかあるが、大したもてなしは出来ないよ」
男は投げやり気味に言った。それを聞いてメリアがむっとする。
「ちょっと、今トロールたちを倒したばかりなのにその言い方は失礼じゃないの?」
「どうだか。どうせお前たちも鉱石が採れないって分かったら帰っていくんだろ?」
男は投げやりに言った。確かに、中途半端に色々して帰っていくぐらいなら最初から来るなという気持ちは分からなくもない。
が、生真面目なところがあるセレンは男の言葉に反論する。
「そんなことありません! 私たちが来たからには何とかしてみます」
「聖女様か。君はこの村で鉱石が採れないと分かり、冒険者ギルドの話が流れてもこの村にいてくれるのかい?」
「……」
男の言葉にセレンは無言に詰まる。もしそうなれば俺が引き上げるため、セレンも一緒に引き上げるだろう、と想像したのだろう。
「ふん、聖女とは言っても結局金が大事だからな」
セレンが答えられないのを見て男は嫌味を言う。セレンはそれを聞いて怒るでもなく申し訳なさそうに俯く。
男もよほど現状が辛いのは想像がつくが、無関係のセレンに対してそこまで言っていいことはない。俺は怒りだしそうなメリアを手で制しながら言う。
「じゃあ賭けをしないか? もしこの後セレンがこの村に小さいながらも教会を建てたら一つ毎朝きちんと礼拝に来るんだ。逆に俺たちがすごすごとこの村から出ていくことになったら何でも言うことを聞いてやろう」
「いいだろう、そしたら今までの奴みたいにすごすごと逃げていくことはなくなるかもしれないからな」
男はそう言って村に戻っていく。それを見てセレンが心配そうに尋ねる。
「良かったんですか? そんなこと言って」
「良くはないが、どの道こんな状況の村を放置して帰る訳には行かないだろう。鉱毒であれば浄化できるかもしれない。最悪そちらがどうにかならなくても、周辺の魔物さえ討伐すれば平和にはなるからな。ギルドと教会を建てることは出来るだろう」
「なるほど。絶対あいつをぎゃふんと言わせてやるわ!」
一方、メリアは男の態度に苛々したようでそう息巻いていた。
「と言う訳で悪いが、しばらく皆の出番はないかもしれない」
「わ、分かりました」
俺はミラや他の職員に言う。彼らは不安そうに頷いた。
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