ブラックギルドの職員、パワハラとクレーマーに堪えかねて退職するが実はSランク冒険者だった~実力を認めてくれる新天地で新たな仲間と出世する~

今川幸乃

序章

ブラックギルド

「おいお前、まだ仕事終わってないのか!?」

「すみません」


 夜更けのギルドの建物内に濁った罵声が響く。声の主はここブラントの町の冒険者を統括する冒険者ギルドの長、デュークである。

 彼はでっぷりと太った腹をさすり、傍らのグラスに入った酒を飲みながら飽きもせず俺に罵詈雑言を投げつけてくる。


「全く、お前は入ったばかりというのに自分の仕事も終わらないなんて頑張りが足りないんじゃないか? そんなことではこの先やっていけないぞ」

「すみません」


 このモードに入ってしまったデュークはもう止められない。

 俺が何を言っても聞く耳持たないので、最近は頭を下げて目を合わせないようにし「すみません」しか言わないようになってしまった。

 そんな俺の様子を見たデュークはつまらなくなったのかちっ、と舌打ちをする。


「ったく、いつもそれだ。謝れば最終的にどうにかなると思ってるだろ。舐めやがって。まあいい、とにかく仕事が終わるまで帰るなよ」

「はい」


 一時間ほど好き放題怒鳴り散らした後、デュークは酒瓶を引っ提げてどこかに行ってしまった。大方自分はどこかで飲み歩くつもりだろう。





 誰もいなくなった暗いギルドの部屋に取り残された俺はため息をついた。そして目の前に残された書類の山を見つめる。今からとりかかっても終わるのは大分遅くなるだろう。せめて今の怒鳴られている時間を仕事に使えていればもう少しましだったのだが。


「何で俺がこんな目に遭わないといけないんだ」




 俺、グリンドは元々冒険者をしていた。そして辺境に住む魔族の長を討伐したのだが、俺が倒した魔族には子供がたくさんいたらしく、彼らは敵討ちとして俺が寝ている家に夜襲をかけてきた。この時何とか返り討ちにしたものの、俺は左手を負傷し町の人にまで被害が及んでしまった。このままでは滞在している町にも迷惑だし、俺も満足に剣を振るえなくなってしまった。

 傷は大分よくなったものの、今でも剣を持つと血の海に倒れる町の人々の姿を思い出してしまい、左手に力が入らない。


 そのため王国の中でも比較的中心にあり、魔族も入ってこられないブラントの町にきて傷が癒えるまではギルドの職員をしようと思った。


 なぜギルドの職員を選んだのかと言えば、冒険者の知識があるからというのもあるが、冒険者ギルドは国に一つしかないため競争がなく、サービスが悪いところはとことん悪いからである。もちろん町によって様々だしいい人もいっぱいいるのだが、酷いところでは初心者冒険者が危険な仕事をしようとしていても全く止めないようなところもあった。


 そのため俺は少しでもそんなギルドの環境を良くしようと思ったのだが、早くもその心は折れかけていた。やはりギルドの一職員として入ったところで誰も俺の言うことなどに耳を貸してくれる人はいない。話を聞いてくれるのは同じように末端の職員だけだ。しかも怒られる時間や押し付けられる仕事ばかりで自発的に環境改善の仕事をする余力もない。


 今日だってなぜ仕事が終わっていないのかと言えば、クレーマーで有名な領主からの使者がやってきてその対応を俺に任されたからである。

 俺はその時のことを思い出す。



「おいグリンド、お前今暇か?」


 俺はいつものように仕事をしていると、デュークに呼び出される。ギルド長の部屋についていくと、そこには昼間だというのに空いた酒瓶が何本も転がっていた。


「いえ、今日までにしなければならない依頼の整理と確認がありまして」


 ギルドにはたくさんの依頼がやってくるが、難易度や危険度は千差万別だ。俺はどのくらいのランクの冒険者にとってちょうどいい依頼なのかランクを定め、さらに報酬が適切かどうかを確認し、その他不備がないかなどを確認する業務を任されていた。

 ちなみにその仕事を俺に任せたのもデュークだし、今日までと決めたのもデュークである。


「そうか。まあそれは後でいい、今ギルマー家から使者が来ているから対応しろ」

「え、後というのは明日でもいいってことですか?」

「違うに決まってるだろ。お前は一日に一つの仕事しか出来ないのか?」


 デュークはそう言ってこちらを睨みつける。もちろん俺も出来るだけ早く仕事を処理しようとしているが、毎回こういうふうに突発的に面倒な仕事を押し付けられるため俺の仕事は全然進んでいない。


「一応言っておくがギルマー家はこの町の領主でもある。くれぐれも機嫌を損ねることがないようにしろ」

「はい」


 ギルマー家は町の領主として様々な依頼をギルドに出している。領主の意向を損ねればギルドの運営にも響くし、それを差し引いたとしても大口の客でもある。

 しかし領主という立場にあるせいかいつも無茶な要求やクレームを入れてくると評判で、応対させられた職員たちはいつも疲弊しきっていた。

 俺はしぶしぶ使者が待つという応接室に向かった。


「遅い! 客を待たせるとは何事だ!」


 俺が部屋に入るなり、目の前にいた男は怒鳴った。貴族に気に入られて高そうな服をまとっているが、入ってすぐに嫌な奴だということが分かる。居丈高な態度できんきんとした頭が痛くなりそうな声で彼は言葉を続ける。


「一体何故我が家の出した依頼が受けられないんだ! ギルドの怠慢ではないか!」


 俺はそれを聞いてげんなりした。依頼の整理をしている都合上よく分かるのだが、ギルマー家が出す依頼はいつも報酬が安い。だから誰も依頼を受けようとしない、それだけのことである。


「でしたら報酬を上げてみるというのはいかがでしょうか?」


 俺は一応やんわりと言ってみる。


「何を言う! 我が家が出しているのは町のためにも重要なものばかりだ! 金の問題ではない! このような重要な依頼を冒険者にさせるのがギルドの役目ではないのか!?」


 が、男は相変わらず一方的に怒鳴り散らす。

 ギルドにとって客は皆同じ客である以上、領主だからといってひいきすることは出来ない。まして冒険者にとっては危険な仕事をする以上報酬が高い方がいいに決まっている。


「ギルドとしても頑張っているんですが……」

「それはもう聞き飽きた! いつもそればっかりではないか!」


 そうは言ってもギルドがギルマー家をひいきすることがない以上、それ以上の返答は出来ない。


「大体お前たちはいつも……」


 そこから使者は延々と文句を言い始め、俺は仕方なく頷き続けるのだった。





「こんな仕事をしていて冒険者ギルドを良くすることなんて出来る訳ない……辞めるか」


 昼はギルマー家の使者に怒鳴られ、夜はデュークに罵倒される。そんな日々はもう嫌だし、それに堪えたからといって何かが生まれる訳でもない。

 幸い冒険者時代の貯蓄があるのでしばらく仕事がなくなったとしてもある程度の間はどうにかなるだろう。そう考えると未練はなかった。しばらくのんびりしてもいいし、どこかまともそうなギルドを探してもいい。こんなところに長居しても何もいいことはない。


 そこまで考えると俺の決断は早かった。

 とはいえ去る前に一つぐらいは何かしていきたい。俺は最後の仕事を何にするか考えつつ帰路につくのだった。

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