救出

「シャドウハイド」


 首尾よく傭兵として大司教の屋敷に侵入した俺は、夜になると早速屋敷内の探索を開始した。事前に聞いた話によると、大司教はレーゼを捕えるとまっすぐに屋敷に連行したという。だからこの屋敷のどこかにいるはずだ。


 屋敷は広い上に大司教が貴族や民衆から巻き上げた金で高そうな壺や絵画を集めては飾っているせいで部屋がやたら多い。また、気に入った使用人(主に美人の女)には個室を与えているが、一方で末端の男たちは十人で一部屋に押し込められて寝かされていることもある。そんな大司教のやり方にどんどん不快な気持ちになっていくが、俺は兵士の詰め所に地下室があるのを発見した。


「見つけたはいいが、問題はどう連れ出すかだな」


 ここまで来た以上、この手で大司教を殺すことや、民衆と結託して屋敷を打ち壊すことは不可能ではない。

 しかしレーゼはこれからも王都で神官を続けていく以上、あまり手荒なことをしてしまうと今後の活動に差し支えてしまうかもしれないし、場合によっては捕まった自分を助けるために民衆を扇動したと思われるかもしれない。そのため、俺としては隠密裏に救出を終えたかった。


 幸い、今詰め所にいる兵士は一人だけで、疲れた目をしながらパンを食べている。大方、ほとんどの兵士は寝ずに警備をさせられているのだろう。可哀想なことだ。


 俺が気配を消したまま部屋に入っていく。兵士が疲れていることもあって最初は気づかれなかったが、近づくと勘でも働いたのかこちらを見る。そして悲鳴を上げようとしたが、その時には俺は間近に迫っていた。


「サイレンス」


 その直前、俺は彼に魔法をかける。直後、兵士は絶叫しようとするが彼の声は一切音にならなかった。その隙に俺は軽く当て身をくらわせて兵士を気絶させる。


「相手が一人だったから楽だったな」


 俺は部屋の隅に掛けてある鍵束から鍵を探すと床にある地下への扉を開く。そして中に降りていった。

 中に入っていくと急な階段が下へ続いており、暗くひんやりした空気が体を包む。降りていくと、そこには牢に入れられた女神官の姿がある。人質としての価値があるからか、見たところ何かされた形跡はなさそうだったが、顔色は悪かった。

 彼女は少し遅れて俺に気づき、声を上げそうになる。


「しっ」


 俺が制すると慌てて彼女は口をつぐむ。


「セレンの依頼で助けに来た。今助けるから絶対に声を上げないでくれ」


 俺が小声でささやくと、彼女は戸惑いながらも頷く。俺は牢の鍵を開けると彼女を連れ出す。数日とはいえ閉じ込められぱなっしだったせいか足元がふらついている。俺はそんな彼女の手を引いて階段を上がる。


「よし、じゃあこの兵士の服と鎧を着てくれ」

「はい」


 彼女は戸惑いながらも頷く。俺は彼女が着替えている間、部屋の外を警戒していたが、時折使用人が通りすがるだけだった。


「終わりました」


 元々レーゼは中性的な顔立ちをしており、女性の中では高身長だったこともあって意外と男装も似合っていた。彼女は俺の方を少し恥ずかしそうに見つめる。


「変なところはありませんか?」

「問題ない、似合っている……いや、それはそれで失礼だな、悪い」


 女性である彼女にそう言うのは失礼かと思ったが、彼女はほっとした様子であった。


「いえ、そう言っていただけるのであれば嬉しいです」

「そ、そうか。とりあえず声でバレる可能性もあるからここからは無言で行くぞ。もし屋敷の者とすれ違っても堂々としていてくれ。最後は戦いになるかもしれないが、そうなったら全力で外へ向かって走るんだ」


 俺の言葉に彼女は真剣な表情で頷く。

 屋敷の中を二人で歩いていると、兵士の見回りと思われたのだろう、使用人たちは皆特に気にせずすれ違っていく。暗いせいか、たまに兵士とすれ違っても何も言われない。そのため俺たちは簡単に屋敷の外へ出ることが出来た。

 そして門に向かって歩く。さすがに門の内側には五人ほどの兵士たちが立って外を警戒した。


「おお、グリンドさんじゃないか。どうかしたか?」


 俺はよほど大司教に気に入られたのか、彼は俺を雇うなり屋敷にいる兵士たちに俺のことを紹介して回っていた。だから門の兵士たちにも顔は知られている。


「いや、先ほど門の外に怪しい影があってな。調べにいく」

「そうか……ところでその男は誰だ?」


 門番は隣にいるレーゼのことを指さす。


「ああ、俺の子分だ」

「そんな奴がいるなんて聞いていないぞ!」


 突然門番が殺気立つ。さすがに子供騙し過ぎたか。

 仕方なく俺は奥の手を使うことにした。


「これでどうだ?」


 そう言って金貨袋をひっくり返す。金貨が数枚、じゃらじゃらと音を立てて足元に落ちていく。それを見た兵士たちはさっと顔色を変える。


「うお、金貨だ!」

「これでうまいものが食えるぞ!」

「拾え拾え!」


 兵士たちは先を争って金貨を拾おうとする。

 これは先ほど大司教からもらった金貨だが、俺はそもそも大司教のために働く気がない以上、これは屋敷に置いて帰るのが筋だろう、と思うことにする。


 それにしても兵士たちにもっといい待遇をしてやれば金に目がくらむこともないのだろうが。悪辣な方法で金を巻き上げたうえ、使い方もうまくないとは哀れな人物だ。


「くそ、どいつもこいつも金に目がくらみやがって……覚悟!」


 すると警備のうち一人だけ剣を抜いてこちらに斬りかかってくる兵士がいる。


「その忠誠心は見上げたものだが、相手の実力を見定めるのも実力のうちだ」

「ぐはっ」


 俺はあっさり攻撃をかわすと相手の勢いを利用して地面にたたきつける。職務熱心さに免じて気絶させるに留めてやろう。

 その隙にレーゼは門を開いて駆け出し、俺もその後に続いた。こうして俺は無事レーゼを救出したのである。

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