聖女 セレン
セレン Ⅰ
メリア問題がひと段落すると、またいつもの日常が戻ってきた。といっても、俺が休んでいる間に仕事が山積みになっていたのでしばらくは目が回りそうな忙しさだったが。
メリアの方は相変わらずソロで活動していたが順調に経験を積んで腕を上げている。それに伴い「あの剣聖の娘が御用達にしているギルド」としてギルド自体の知名度も上がってきたらしい。町にやってくる冒険者も少しずつ増えてきて仕事が増えるという嬉しい悲鳴も上がる。
そんなある日のことである。俺がいつものように書類仕事ををしていると、表にある受付から少し騒がしい音が聞こえてくる。休憩がてら一つ伸びをして立ち上がると、俺はそちらをちらっと覗く。
すると、黒を基調とした修道服をまとった十代後半ぐらいの少女が受付にいて、周囲の冒険者や職員たちの目が釘付けになっていた。中には「セレンって本当にあのセレンか!?」「たまたま同じ名前なんだろ。本物がこんなところにいる訳ない」などと話す声も聞こえてくる。
聖女セレン。
この国を含むこの地域では天神リザイアという神が信仰されており、我が国にも主要な町には必ずリザイア教会がある。リザイアは魔族の祖と呼ばれる魔神ドルガイアと戦ったという伝説があり、現在でも信徒には魔族と戦う加護が与えられている。主な教義は「正義」「慈愛」「魔族討滅」だが、メジャーな宗教となりすぎて教義はかなり一般化している。
そんなリザイア神官のセレンという少女が数年前、不治の病とされていた石化病の治癒に成功したというニュースがあり、彼女は“聖女セレン”と呼ばれて一躍時の人となり、王都の教会に迎えられたと聞いた。その後大きなニュースになることはなかったが、誰もが王都で重要な職務についているのだろうと思っていた。
冒険者ギルドには時々有名な冒険者が来たり、有名な人物が依頼者として来たりすることはあるが、相手に失礼なのでそれをいちいち騒ぎ立てたりしないという不文律がある。
「あの……もしかしてあの聖女セレン様ですか?」
しかし受付嬢はつい興味が勝って彼女にその質問をしてしまっていた。本来は注意するべきなのかもしれないが、俺もつい気になって聞き耳を立ててしまう。
「はい」
セレンは小さく頷く。
それを聞いて周囲に静かにどよめきが走る。
「こちらで冒険者登録をしたいということに間違いはございませんか?」
受付嬢が信じられない、という表情で確認する。俺もそれを聞いて耳を疑った。一体どうしてあんな有名人がこんな辺鄙なところで冒険者登録をすると言うのだろうか。
しかしそう言われた以上ギルドとしては断る訳にはいかない。
「わ、分かりました。ではこちらの書類に記入をお願いします」
そう言って受付嬢は書類を渡すが、彼女の手は震えていた。
セレンは書類を受け取ると黙々と記入を始めた。
「一体何があったんだ?」
俺は失礼とは思いつつ近くにいたミラに小声で尋ねる。が、彼女も困惑した様子で首を横に振るだけだった。
そうこうしているうちにセレンは書類を書き終え、一応Fランク冒険者としての登録を終える。
手続きを終えた彼女はふとこちらを見て口を開く。
「あの……もしかして噂のグリンドさんですか?」
「そうだが、噂になっているのか?」
「はい、剣聖の娘であるメリアさんが絶賛していたと。その噂を聞いてせっかくならとこのギルドを選んだのです」
「そ、そうなのか」
ありがたいと言えばありがたいが、そもそもセレンが冒険者になるという前提がおかしいので俺は困惑する。
「差し支えなければであるが、何でこうなったのか話を聞かせてもらえないか?」
「分かりました」
「それならこちらへ」
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