剣聖の娘 メリア
初心者騙し
コリンズとのいざこざやミラがやってくるなど細かい事件はあったが、俺はアルムの町で順調に日々を過ごしていた。
そんなある日のことである。いつものように書類仕事をしていると、受付で少し揉めている声が聞こえてくると思ったので俺はトイレに行くついでにちらりと様子を見る。
するとそこではこの辺境の町には少し不似合いな美しい冒険者の少女が、受付をしていたミラと何か言い合っているようだった。
「そんなひどいことされてどうにも出来ないっていうの!?」
「契約自体は適切に処理されているので、こればかりはどうにもならないんです」
少女が困った顔で何かを主張しているが、ミラはミラで同情しつつも申し訳なさそうに首を横に振っている。
「どうかしたのか?」
何か面倒なことが起こっているのだろうと思った俺は二人に声をかける。
「あの、実は……」
少女は俺なら話に応じてくれると思ったのか、期待をこめた目でこちらに話しかけてくる。改めて見ると、きれいで長い髪に翡翠色の瞳に均整のとれた体格を併せ持ち、しかも只者でもない風格を漂わせている。腰には長剣を下げているが、鞘には護身の魔力が込められており、おそらく業物と思われる。きっと腕の立つ剣士なのだろう。
そんな雰囲気とは対照的に年齢は十五ほどと思われ、少し幼い雰囲気もある。
「私は最近冒険者を始めたメリア。それでたまたまギルドで会った冒険者たちと意気投合して彼らのパーティーに入れてもらったの。それでこのギルドで一緒に依頼を受け、一緒にカラカラ山に出向いて戦闘を行った」
俺はミラをちらっと見るが、彼女は無言で頷く。事実関係に間違いはないらしい。
「その後リーダーをやっていたウェントという男が一人でこのギルドに報酬を受け取りに出向き、そのままどこかに行ってしまった」
「なるほど、時々聞く初心者騙しの手法だな」
「はい、ですが依頼達成の報酬はパーティーリーダーに渡すと決まっている以上こちらではどうにも出来ないのです」
ミラが申し訳なさそうに言う。実際その通りだ。
依頼達成の報酬はパーティーメンバーがそろっていなくてもパーティーリーダーに渡すと規則で決まっている。これは依頼中の戦闘で負傷した冒険者が入院することや、多人数パーティーだと全員でぞろぞろギルドにやってくるのが面倒ということなどが理由だ。
そのため、ごくまれに初心者冒険者をパーティーに引き入れ、リーダーが依頼だけもらって逃げ去るという手口が存在する。限りなく黒に近い行為ではあるが、報酬をパーティーメンバー全員で平等に分けなければならないという法律はないし、報酬の分配はパーディーに委ねられている。
しかしそのようなことを行えばすぐに悪評が立つため、頻繁に行われるような行為ではなかった。
一度悪評が立てば今後仲間を集めるのも難しいし、ギルドからも白い目で見られる。
「君は幼いながら随分腕が立つように見えるが、失礼ながら他のメンバーは君より弱かったんじゃないか?」
「うん、経験豊富そうでBランクと名乗っていたけど実際はCかDぐらいかも」
「君のように冒険者になったばかりでしかも腕が立つ冒険者がいるとたまにそういうことをしてくる輩がいるんだ。彼らは君の戦力を利用して普段よりランクの高い依頼をこなし、報酬だけをかっさらっていく。同じぐらいのランクだったら今後も一緒にやっていこうってなるが、君の方が強いとなると、どうせそのうち別れることになるからな」
「だからってそんな……」
俺の言葉を聞いて少女は絶句した。冒険者を始めたばかりだと知らないのも無理はないだろう。
「でも、どうにもならないの!?」
「うーん、そのウェントっていう名前も偽名かもしれないからな」
「言われてみれば依頼を受理するときも『俺がやっておくからいいよ』って全部やってくれてたけど、あれは本名を隠すためだったのか……」
そう気づいてメリアは悔しそうに唇を噛む。
おそらく彼らはメリアの腕が立つのに目をつけて計画的な犯行をしたのだろう。
「おそらくそうだろうな」
「せめてそいつを特定さえ出来ればまだやりようはあるんだがな。どうせ今頃はどこか遠くに逃げているだろう」
「あ、そう言えば私が怪我したときウェントがくれた薬草の残りがあるんだけど、これで分かるかも」
そう言って彼女は鞄から荷物の中から使った残りと思われる薬草の束を見せる。
「これは王国西部の方で採れる草だな。そちらの方を重点的に探してみれば見つかるかもしれない」
「どうにか見つけてもらうことは出来る?」
「仕事の依頼という形であれば」
本名も定かでない上に変装していたかもしれないような人物を見つけ出すのは骨が折れるし、そもそもギルドは警察組織ではないし、俺には普段の仕事もある。
だが、俺の言葉に彼女は俯く。
「実は……最初の冒険の報酬が入らなかったから、持って出たお金もあまり残ってなくて」
「それならここで依頼を受けていくか?」
「でも私はまだランクがFだからきっと報酬が低い依頼しか受けられない……」
Fというのは最低のランクで、どれだけ才能があろうとも冒険者は皆Fランクから始まる。
「分かった。それなら公式のランクはともかく、俺が実力をみよう」
冒険者のランクと依頼のランクはあくまで目安であるため、絶対に自分のランクより高い依頼を受けてはいけないという訳ではない。
冒険者のランクはこれまでこなした依頼の数やランクによって左右されるため、才能や能力のある人物が冒険者を始めてしばらくの間は実力よりランクが低いということが起こる。さすがに俺の一存でランクを上げることは出来ないが、どのくらいのランクか分かればそれに合わせた依頼を渡すことは出来る。
「分かった。それならお願い」
彼女はそう言って頭を下げた。
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