第31話 夢魔


 アレから、数日が経った。

 結果として、美鈴の学校の生徒達は全員無事に帰って来た。

 死んではいない、という意味ではという条件が付くが。

 ある者は拘束期間が長かったのか、栄養失調と脱水症状で病院に運ばれ。

 ある者は恐怖に狩られ、自室から出て来られない程に怯えているという。

 正直に言おう。

 “そんなもの”なのだ。

 怪異と出会うというのは怖い話なんかで聞くよりも、ずっと過激で過酷な環境に立たされる。

 ソレを理解出来ない者達が、何も考えず簡単に足を踏みこむ。

 その先で“本物”、もとい“大物”と出会ってしまえばこうなるのは必然。

 だからこそ、“肝試し”なんぞ手軽にやるべきではないのだが。


 「なんて言った所で、“理解”出来ないなら無意味な警告なんだろうけどねぇ」


 「どうしたの? 急に」


 「いや別に」


 着物姿の美鈴が、お茶のお代わりを準備してくれた。

 幸い彼女の扱いは学校内で改善されているらしく、ココの所困った事は無いという。

 ただし、前回の集団失踪事件に関わっているという噂がちらほらと出てきているらしく、不安の種が全て拭えたかと言えばそうではないが。


 「もう一回“噂箱”使う?」


 「何を言い出してるのか知らないけど、絶対に嫌だからね」


 思いっ切り顔を顰めながら、彼女はそそくさと下がって行った。

 心配だから声を掛けたというのに、酷い扱いもあったものだ。

 とはいえ、呪具はそう簡単に使うモノではないのも確か。

 人の噂などいくら潰そうとしてもキリがない。

 一つが消えれば、さらに次が出てくる。

 終わりなど無いからこそ、その度に解決しようと努めればこちらの方が消耗してしまう。

 以前の美鈴の様な状態にならない限りは、放置するのが正しい選択なのだろう。


 「はぁぁ……人は物好きな生き物だよねぇ。自ら危険な地に足を踏み込み、困ったら助けを求めるんだから」


 『それはお前も同じだろう、太郎。こんな仕事をしているくらいだからな』


 そんな事を言いながら、不機嫌な様子の幸が膝の上に飛び乗ってくる。

 なんでも、最近度々食事がキャットフードに変わるらしい。

 雪ちゃんが主な原因ではあるらしいが。


 「俺はこれくらいしか出来ないからねぇ」


 『“コレ”が出来る、語り部としてこの仕事が出来るのはお前だけだ。言葉を間違うな、過小評価をするな。言葉とは、自らにも呪いを掛ける』


 「以後気を付けます」


 なんて会話をしながら、縁側でのんびりしていると。


 「主様、お客様です」


 「おや、こんなに立て続けとは珍しい」


 どうやら新しい仕事が飛び込んで来たらしい。

 雪ちゃんはソレだけ言ってから襖を閉め、幸を膝から下ろしてから「よっこらせ」とばかりに立ち上がろうとすれば。


 『……』


 グイッと、袖を引かれた。

 驚きながらもそちらに視線を向ければ、そこ居たのは“座敷童”。

 俺が住んでいるアパート、というか管理人の桜婆ちゃんに憑いている妖怪。

 そんな相手が、平然と俺の“箱庭”に侵入して来ていた。


 「どうした?」


 『……!』


 グイッグイッ! と強めに袖を引っ張る座敷童。

 どうやら今回の“お客様”とは、この子の事らしい。

 多分。


 「桜婆ちゃんに何かあったのか?」


 『……っ!』


 コクコクと首を大きく縦に振る彼女。

 言葉が話せない分、こういう時は厄介だ。

 でも、何かしらの緊急事態が発生した事だけは伝わった。


 「分かった、繋いである扉があるからソッチから行こう。付いてこい」


 座敷童の手を引き、店の奥の扉へと向かう。

 しかし、その途中で。


 「あれ? 幸太郎その子……っていうか、お客さんが来るって報告受けなかった? これから客間に案内しようかと思ってたんだけど」


 思わず「え?」と声を上げてしまった。


 「え、あれ? もしかして、仕事が被った?」


 「へ?」


 訳が分からないとばかりに呆けた顔の美鈴と、袖をグイグイと引っ張って「早くしろ」と言わんばかりの座敷童。

 これはちょっと良くない。


 「ゴメン美鈴、お客さんから話を聞いておいてもらって良いかな? よく内容を覚えておいて。もしだったら幸と雪ちゃんに協力してもらって? ちょっとこっちも急用っぽい」


 「あ、ちょ、え? 幸太郎!」


 引き留める彼女を無視して、奥の扉を開いて座敷童と共に飛び込む。

 すまん、美鈴。

 下手したら、こっちはすぐさま命に係わるかもしれないんだ。

 そんな訳で本日のお仕事は“使い”とバイトに任せて、店主はこっちに注力させて頂きます。

 そして。


 「案内しろ」


 『っ!』


 頷きながら、座敷童は白い着物をパタパタと揺らして俺の手を引いて走る。

 向かう先は、やはり101号室。

 ガチャガチャとノブを回してみれば……開いてない。

 当たり前だが、鍵が閉まっている。


 「座敷童! お前“妖怪”だろ! 気合見せろ!」


 『……!』


 力強く頷いた少女はそのまま扉を突き抜けていき、数秒後には“カチャッ”と中から鍵を開ける音が聞こえた。

 その瞬間扉を押し開き、土足のまま室内にお邪魔する。


 「桜婆ちゃん!」


 思い切り叫んでみれば、キッチンの方から呻き声が僅かに聞こえて来た。

 慌てて其方に駆け寄ってみれば。


 「こ、幸太郎ちゃん? あらあら……神様って本当に居るのね。まさか助けに来てくれる人がいるだなんて」


 沸騰し過ぎて泡が溢れ出している鍋の前で、アパートの大家さんである“桜婆ちゃん”が倒れていた。

 だが意識はしっかりとしている様で、体は動かせないにしても視線と言葉だけはしっかりとしている。

 良かった、本当に緊急事態と言う訳ではないらしい。


 「桜婆ちゃん、どうしたの? 平気?」


 「平気平気。たまにね? 急に体が言う事聞かなくなっちゃって、歳なのかしら。ゴメンねぇ。あら、幸太郎ちゃん。今日は随分と格好良いじゃない」


 抱き起してみれば、“箱庭”の中の“騙した”ままの姿の俺を、嬉しそうに褒めてくれる桜婆ちゃん。

 ごめん、コレ見た目だけなんだ。

 なんて事を言えるはずもなく、取りあえずコンロの火を消してから救急車を呼ぶ。


 「そんな大げさなモンでもないのよ? 本当に、ただただ歳だからってだけだし」


 「いやいや、突然体の自由が利かなくなるのは“歳”だけじゃ済まないでしょ」


 そんな会話をしながらも、数分後にやって来た救急車に乗りこみ一緒に病院へと向かう。

 静かすぎて忘れそうになるが、“座敷童”も一緒だ。

 そして。


 「別段、体に異常は無いですね。多分疲労か何かかと思います」


 「……は?」


 医者から告げられた内容は、耳を疑うモノだった。

 悪い所はない。

 むしろ年齢と比較してみれば、ずっと健康体だという。

 だとしたら何故、あんな事になるのか。

 体は動かず、意識はハッキリとしている状態。


 『……っ! ……っ!』


 座敷童が、必死で俺の袖を引っ張って何かを伝えようとしてくる。

 大丈夫だ、分かっている。

 コレは、“普通じゃない”何かが関わっている。


 「とりあえず一晩様子を見る為に、今日は病院に泊まって頂きましょう。よろしいですね?」


 「私も同じ病室に泊まってもよろしいですか? 個室でしたよね?」


 「えぇっと……家族ではない方の宿泊は……」


 「であれば、消灯時間前には帰ります。彼女は私の住まいの大家であり、大切に思う隣人なので」


 「それくらいでしたら、まぁ……」


 そんな訳で、許可が下りた。

 しかし、あまり時間はない。

 病室に運ばれた桜婆ちゃんの元へと向かえば、座敷童が必死で何かを伝えようと指差している。

 わからないんだよ、それじゃ。

 言葉とは、意思の提示だ。

 指をさす、視線を向ける。

 そう言った行動でもある程度推測は出来るが、決定打にはなり得ない。

 こんな時、この子が喋る事が出来たら……。

 なんて、考えたその時だった。


 「え?」


 彼女が指さす先には、病院着の桜婆ちゃん。

 普段は着物だから、肌を晒す事なんてほとんどない。

 でも今は違う。

 薄い病院着、というよりも裾や襟元が着物より短い。

 だからこそ、見えた。

 思わずバッと布団を剥ぎ取り、その体を確かめる。


 「いつからだ……」


 『っ! っ!』


 座敷童は、片手に2本。

 もう片手には3つの指を立てながら、俺に訴えかけて来た。


 「2月3日……ではないか。 2~3日前? いや、今までは丑三つ時に発生してたとか?」


 『っ! っ!』


 ブンブンと縦に首を振る座敷童。


 「何でもっと早く伝えなかった!」


 『っ!?』


 ビクッと反応してから、眼に涙を溜めて視線を逸らしてスッと桜婆ちゃんを指さした。


 「すまん……叫んだりして。本人が望んでなかったんだな」


 『……』


 コクッと小さく頷く彼女。

 桜婆ちゃんには、“座敷童”が視えていない。

 だが、“何か居る”とは感じている雰囲気があった。

 しかしながら、ソレは悪いモノじゃないと受け入れている節も。

 だからこそ、この歪な関係が保っていた。

 言葉通り“憑りついている”いる訳でも無く、ただただその場に留まり一緒に居るだけ“妖怪”。

 この子がいるからこそ、あのアパートは他の怪異を退けて来た。

 だというのに、まさか。

 こんなにも突発的に“怪異現象”が起こるとは思わなかった。

 もしかしたら、ずっと昔からあった事なのかもしれない。

 俺と出会う前から、ずっと悩んでいたのかもしれない。

 そう考えると、気付いてやれなかった自分に腹が立つ。


 「これは……“呪い”だ。しかも“夢魔”。眠っている間に、桜婆ちゃんを蝕んでいる」


 露出した彼女の体には、刺青の様な模様が浮かんでいた。

 それはまるで、蛇の様。

 病院関係者などは、随分と“ヤバイ”患者が運ばれて来たと思った事だろう。

 何たって全身に行きわたる程、その模様は描かれているのだから。


 「本来なら夢の中で相手を喰らい、徐々に殺していく“呪い”。ソレが起きている間にも起こり、“金縛り”の様な状態に陥っているのなら……いよいよだ」


 『っ! ……っ!』


 「分かってる! 俺だって桜婆ちゃんをこのまま殺す気はない。出来る事はやるが……ここまで進行していると、どうなるか。根は深いぞ。随分と“奥深く”まで潜らないと……」


 『!』


 現状を観測し、ありのままを言葉にしてみれば。

 座敷童は何を思ったのか、俺の背中に飛びついて来た。


 「もしかして、俺の運気を上げようとしてくれてるのか?」


 『っ! っ!』


 「そうかい。頑張ってみるよ」


 何やら彼女も協力してくれるらしい。

 そういう訳で、俺たちは“処置”に入った。


 「スゥゥゥ……、ハァァァ。精神体への干渉ってのは、結構辛いんだが」


 『っ!』


 「わかってるよ、殴るな。精一杯頑張るから、お前は運気を上げてくれ。たった1%でも、その可能性を掴めるように」


 『……』


 グッと拳を握りしめる座敷童を確認してから、俺は瞳を閉じた。

 そして、桜婆ちゃんの額に手を当ててから。


 「我、“共に夢を見る”事を望む」


 言霊を紡いだ。

 片手は桜婆ちゃんに、もう片手は懐に収めた赤い扇子に手を掛けながら。


 「その害意を阻み、阻害する者なり。かの“呪い”、我が“形代”として受け入れようぞ。我は語り部、観測し、語るものなり」


 パチンッと懐の中で扇子を弾いてみれば、徐々に意識が遠のいていく。

 あぁ、よし。

 コレは、”潜った”。

 そんな確信を持ちながら、俺は桜婆ちゃんのベッドに倒れ込むのであった。

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