第3話 社内メール
「とまぁ、そういうお話ですね」
「いや、うん。確かに怖い話ではあったと思うけど……ちなみに、続きとかないの? その後どうなったかって言う」
よくある怖い話。
あるある、このぶった切りっぷり。
“その後、彼はどうなったのかー”とか、“その後を知る者は誰もいないー”みたいな。
なんともまぁ、中途半端な気分である。
とかなんとか呆れ顔を浮かべている私に反して、彼は盛大に笑って見せた。
現在室内の明かりが数本の蝋燭だけだというのに、あまりも雰囲気に合わない店主にジトッとした眼差しを向けると。
「確かに、こういう話って半端な所で切っちゃって恐怖を煽ってくるよね。分かる分かる」
ハッハッハと笑いながら、彼は一本の蝋燭を静かに吹き消した。
部屋の明かりが、また少しだけ少なくなる。
蝋燭の火に揺られる影が、一瞬ブレた様に感じるのも……多分こんな部屋に居る影響なのだろう。
「ちなみに後日談が聞きたいなら教えるよ? 毎日日常会話する頻度でメールが送られてきて、精神が崩壊。精神科に連れていかれたけど、彼女は自分が正常だと偽って退院した。そりゃそうだよね、精神科では“怪異”の相手は出来ないし。今では婚活もしているみたいだけど、例の通知のせいで上手く行ってないみたいだねぇ」
まさに他人事、とでも言わんばかりにヘラヘラと笑う店主。
え、それは良いのだろうか? なんて思ってしまう訳だが、彼だって“語り部”であって全てが解決できるという訳では無いのだろう。
多分。
そして極論を言ってしまえば、そう言った事情は本当に“他人事”だ。
全てを救う意味も、義理も彼にはないのだ。
もしその責任が発生する事態があるとすれば、それは……。
「料金を払えば、私の問題も解決してくれるの?」
仕事として受け付けた場合のみ、なんだろう。
言い放った私を彼は呆けた顔で見つめ、やがてニカッと笑って見せた。
「事情も相手も分からない状況じゃ、今すぐ“祓え”って言われても無理かなぁ。まだ“出て来てない”みたいだし。もしも解決を望むのなら相談コースから入ってもらって、内容を聴いた上でこっちを“認識”させないとねぇ」
何やら意味深な言葉が色々聞えた気がするが、コレ以上はサービスなしって事で良いのだろうか?
確か相談コースは3000円……話を聞いてもらうだけで、高いのか安いのか分からないが。
私はとりあえずお財布からお札を数枚取り出し、彼に向かって差し出した。
「へぇ、お姉さん。思い切りが良いね? 普通の人なら、何で急に怖い話なんか聞かせたのかーとか、こんな店信用できるかーって怒り出す人の方が多いのに」
スッと眼を細めながら、今までとは違う冷たい微笑みを浮かべる店主。
まるで心の中まで見透かされている様で、あまり居心地の良い眼差しではない。
「信用した訳じゃないけど……私も困った事になってるから。専門家っぽい人に話を聞いてもらおうと思っただけ。それに三千円くらいなら……」
「もし私がただのほら吹きでも大して痛い出費ではない、と」
「ま、そう言う事。お祓い系って、何度も依頼すると結局高くつくし」
過去に何度か神社や霊媒師と呼ばれる人間の元へ向かい、“お祓い”というモノを受けたことがあった。
しかしどれも効果らしい効果は現れず、私は変わらず“おかしな現象”に見舞われている。
さっき聞いた話の様な、生活に支障をきたす程では無いのだが……やはり気味が悪いと言うモノだ。
「んーまぁいいでしょう。まずはお話を聞いて、その後どうするか次第でお値段変わりますけど、大丈夫ですか?」
「ちゃんと効果がありそうなら、その時は払うわ」
にへらっと先程までの笑みに戻った彼は、パンパンと手を叩いて私から視線を外した。
「雪ちゃーん、相談コースだって? お金受け取っておいてー?」
差し出したままになっていたお札の下に、スッと音もなく受け皿が出現した。
ビクッ! と反応してお金を取り落とせば、小さな音と共に数枚の紙幣が受け皿の中に納まった。
「確かにお受け取り致しました。では、また追加がありましたらお呼びくださいませ」
ペコリと頭を下げてから、その人物は静かに部屋を出ていく。
見間違う筈もない、この部屋に案内してくれた女の子。
でもあの子……蝋燭を吹き消した後、何処にいた?
部屋を出ていく姿を見た記憶もないし、店主の話を聞いている時に近くに居た気配もなかった。
この異常な空気に呑まれて、私が気づかなかっただけなのだろうか?
それにしては、先程も唐突に現れたように感じたが……。
「さてさて、それではお話の方を――」
「待って、その前に一つ聞いて良い? さっきの話」
「はい?」
話を戻そうとする店主の言葉を遮り、ジッと彼の瞳を睨みつけた。
先程の様な冷たい雰囲気もなく、はて? と首を傾げる彼は、その辺にもいる軽い雰囲気のおじさんにしか見えない。
「話を聞いた人が怒って帰るって言ってたじゃない? その人たちは、その後どうなったの?」
さっき彼は“そう言う反応が普通だ”みたいな事を言っていた。
お店なんだから当たり前かもしれないが、そういった前例がある訳だ。
私みたいな“本当に悩んでいる人間”だった場合、この店に来て効果があったのか無かったのか。
そういう結果が知りたいのだ。
「あぁ、なるほど。私の成果というか、ちゃんと仕事が出来るかどうかが知りたい訳ですか」
言いたい事を察したらしい店主が、ニコニコしながら片手を開いた。
え、何? パー?
「五割といった所ですね」
「え、二分の一の確率で失敗するってこと?」
だとしたら、さっきのお金を返して欲しいんだけど。
なんて事を思っていると、彼は首を横に振る。
「いいえ。例え初回で怒って帰ってしまっても、五割の方は再びココに訪れる。 という事です」
「は?」
その言い方だと、初回に聞く耳を持たずに帰った人間だけの数字に聞えるのだが。
それ以外の人は、皆助けたとでも言うつもりなのだろうか?
更には、最初にそんな態度を取った人も半分が戻ってくる?
そんな馬鹿な事ってあるのか?
「残りは……そうですねぇ、三対二くらいの割合でまだ生きてらっしゃると思いますよ? あ、生きている方が三です」
「えっと……?」
「あぁ、安心してください。私が顧客情報を徹底的に調べているとか、そういう訳ではありませんので。ニュースや新聞で視たり、人伝に聞いた限り“あの時の人か”と判断しただけですから。本当にざっくりとした割合でしかありませんよ」
全く持って安心できない情報が飛び出してきた。
個人情報云々はこの際どうでも良い。
問題はそこじゃないんだ。
詰まる話彼の元に戻らなかった人で、“二割”も“そういう事”に関わって死んでいるのか?
しかも残る三割は未だに解決していない、と。
ちょっと“そういう世界”の全体図みたいなものが無いので、多いのか少ないのかは判断に苦しむ所だが……それでもその数字は恐怖を感じるには十分過ぎる。
そして何より、普通に話を聞いた人も含めればかなりの依頼達成率となる訳だ。
もちろん彼の言葉に嘘偽りが無ければ、という前提の話にはなるのだが。
「……相談、させてもらっていいですか?」
「えぇもちろん、お代は既に頂いておりますので」
ヘラヘラと笑う店主。
ソレとは対照的な表情をした私は、ゆっくりと過去の出来事を語り始めたのであった。
――――
異変に気付いたのは、仕事が決まって数日後の夜だった。
与えられた仕事は、ふっつうの事務仕事。
伝票の処理とか、言われた通りに発注するだけの簡単なお仕事、という訳だ。
とはいえナメて掛かれば痛い目に合うのは目に見えてるので、教えられた通り必死で仕事を覚えていた。
そんなある日、社内アドレスからの通知が。
最初は仕事の連絡か、仲良くしている仕事仲間からの連絡かな? なんて思って特に違和感を抱くことも無くメールを開いたのだ。
『お久しぶりです、栗原さん。まさかこんな職場で貴女に再開できるとは思っていませんでした。今度、一緒に食事などいかがですか?』
……はて?
最初は誰かに送るメールを誤送信したのではと疑ったが、内容に私の名前が入っている以上その可能性は薄いのだろう。
しかし、社員リストを見る限り私が知っていそうな名前は居ない。
というか入社して数日、まだ全員と顔を合わせた訳でもないのだ。
そんな状況でこんなメールが送られてきても、何と答えればいいのか分からないというのが本音だった。
ウチの会社は個人の仕事用メールアドレスが与えられているので、相手のアドレスを照らし合わせれば少なくとも相手の名前は分かるだろう。
とはいえ、全員のアドレスがPCに入っているかと言えばそうではない。
部署ごとに各責任者が登録されているくらいなもので、隅々までの検索というのは一社員には出来ないのだ。
「……まぁ、明日先輩にでも聞いてみればいいか」
そんな事を呟きながらPCの電源を落とし、帰路に着いた。
しかし、この時から既に間違っていたのかもしれない。
翌日会社に向かえば、事務所内が何だかソワソワしているようで落ち着きがない気配を感じ取った。
なんでも、社員の一人が事故に合って亡くなったらしい。
しかし不思議なのは、その亡くなった社員が帰路とはまるで違う場所で死亡した事だという。
普段から大人しい人だったようで、浮いた話も聞かなければ遊び歩いているという話もないような男性社員だったそうな。
そんな彼が、何故か昨日だけは自身の生活県内とはまるで関係ない場所で事故にあった。
本当にたまたまその場所に行っただけなのかもしれない、もしかしたらその近くに友人が住んでいたのかもしれない。
色々な憶測が飛び交ったが、結論は社内でも警察の調べでも出なかったらしい。
そして何より気味が悪かったのが、その人物が死亡した場所が私の家の最寄り駅だったという事だ。
私とは全く関係のない事故。
会社絡みはあったとしても、顔も名前も知らない人物。
そう割り切れれば良かったのだが。
『昨日は都合が悪かったかな? また機会があれば飲みにでも行こうよ、連絡待ってます』
やけに馴れ馴れしいメールが、今日も届いた。
コイツは誰なんだろう? そんな事を思いながらも、今の職場の空気では聞き出す事も出来ず結局は放置する他ない。
少しだけモヤモヤする感情を押し殺しながら、日々の業務をこなしていく。
いつも通りの仕事をして、帰宅して、また出社する。
そんな日々を続けていた。
「はぁ……今日もまた来てる」
『今日の夜とかどうかな? もしかしてそっちの部署って忙しい? あんまり仕事がそっちばかりに集中してる様だったら、俺の方から報告しておくから相談してね? その辺りも含めて、相談してくれると嬉しです』
いつもの、と言ってもいい位に日常化した社内メール。
二日に一度くらいだろうか?
それくらいの割合で、コイツは連絡を取り続けた。
流石にしつこい、そしてうざい。
イライラした感情を押し殺しながら、上司へと相談した。
内容が内容なので、「このメールアドレスってどなたのモノか分かりますか?」なんて軽い聞き方になってしまったが。
そしてその結果上司から告げられた内容は、多分今後忘れる事は出来ないだろう。
「あのなぁ栗原、探偵ごっこみたいな真似させないでくれよ……上から色々お小言貰っちまったよ。はいよ、お前が言ってたメアドの正体。こんなの調べてどうすんだお前は」
そう言って手渡された一枚の用紙。
そこには社員情報が記載され、日々の業務態度なんてものまで書かれていた。
しかし、私の眼を奪ったのは最後の内容。
「あの、これって間違いないんですよね?」
「あぁー多分な? 俺もソイツを知っている訳じゃないから何とも言えんが、関連部署から送られてきたデータだからほとんど間違いないはずだぞ? 細かい所はその場にいかんと分からんが……行ってみるか?」
「い、いえ。結構です、ありがとうございました」
震える声で上司に言葉を返せば、彼はため息とともに去って行ってしまった。
そりゃそうだ。
こんな内容を調べさせてしまったのだから、上からも嫌な顔をされただろう。
『××年×月×日、○○駅周辺にて死亡。事故死と思われるが、誰かを捜していたという目撃情報有り。仕事用、個人用も含め彼のパソコン、スマートフォンは確認されたが、それらしい情報は無し。※この内容は社外秘とする』
と、いうことらしい。
一枚の用紙に書かれていた彼の内容は余りにも少なく、印象の薄いモノばかりだった。
しかし、そこに書かれていた社用メールアドレスは……私にとって、非常に見慣れたアルファベットの羅列だったのは間違いない。
「どういう事……? もしかしてこのアドレスを、他の誰かが使ってるとか……」
などと首を傾げた瞬間に“ピコン”と気の抜けた音を立てて、私のPCにメール受信のアイコンが飛び出した。
見慣れたメールアドレス、そして馴れ馴れしい内容文。
今となっては、違う意味で恐怖を覚えてしまったソレ。
だというのに、どうしてこういう時、人間は間違った行動をとってしまうのだろうか。
好奇心は猫をも殺すとは言うが、ソレは人間だって一緒だ。
どうしても、“答え”が欲しくなってしまうのである。
『貴方は、○○部署の○○さんですか?』
この時初めて、私はメールに返事を返してしまった。
正直、その名前に覚えはない。
でも相手は最初、久しぶりだと言ったのだ。
再会がどうとかも言っていたし、もしかしたら会った事がある人なのかも?
しかし今さっき貰った書類には、死亡していると書かれている。
もしも社用メールアドレスを別人が使っていると言うのなら、それはそれで上へ報告しなければ……なんて、自分を納得させる言い訳ばかりを考えていた頃。
『そうですよ』
メールはあっさりと返って来た。
そして、当人はこの書類に書かれている人物だと認めている。
もう何が何やら。
『違いますよね? この方、少し前に亡くなっています。貴方は誰なんですか?』
『いいえ、本人です』
『ですから、このアドレスは……』
そんなやり取りが少しだけ続いた頃。
「おい栗原!」
「は、はいっ!」
視線を上げれば、先程の上司がすごい形相で怒鳴っている姿。
なんだろう? なんて思う前に、サボっているのがバレた社会人みたいに勢いよく返事を返してしまった。
彼はドスドスと大股でこちらに近づいて来て、一枚の用紙を私の前に突き出してきた。
「おっ前なぁ……社用アドレスはちゃんと自分のを使え。調べてくれって言われたアドレスに最近の使用履歴が見つかった。んでコレ、お前のPCからのアクセス履歴。もう居ない人間のアドレスだからって、勝手に使われちゃ困る」
額に青筋を立てている上司が持っている用紙には、私のPCの情報と思わしき文字の羅列が。
しかし、書いてある内容と彼の言っている言葉の意味が理解出来ない。
「えっと……仰っている意味が良く分からないんですが……。そのメールは私に送られてきている物であって、私が使用した記憶は――」
「んな事言ったって、ちゃんと履歴に残ってるんだから。言い訳してないで、しっかり仕事しろよ。もうそっちのアドレスは使わない事、いいな? わかったな!?」
上司はそう叫ぶと、私の机に先程の用紙を叩きつけてから去って行った。
本当に、何がどうなっている?
あのメールが送られているのは私のPCから?
そんな馬鹿な話があるか、私は自分自身とメールのやり取りをする様な趣味はない。
しかも、私が操作している時にだって相手は構わずメールを送ってくるじゃないか。
これは一体どう説明してくれるんだ。
なんて、困惑しながら椅子に腰を下ろした瞬間。
ピコンッ。
『大変でしたね。でも大丈夫です、俺が相談に乗りますから。いつだって側にいますよ』
ゾッと背筋が冷たくなった。
そしてその日を風切りに、私の身の回りでおかしな現象が起り始めるのであった。
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