第25話 試してはいけないネットの噂
依頼のあった場所、ひっそりと佇む廃ビルへと到着した。
周囲にはアパートなども立ち並んでいるが、人の気配は少ない。
というか、活気と言うモノが感じられない。
まあ夜中なので、活気があったら逆に困るが。
とは言え見事なまでの住宅地、コンビニや居酒屋くらいあっても良さそうなモノなのだが……。
「あの、さ。 なんかやけに寒くない?」
Tシャツに薄手のパーカー、そして短パンという非常に動きやすそうな恰好の美鈴が、身を抱く様に腕をさすっている。
「ま、“そういうモノ”が溜まる場所はやけに体温が持って行かれるからね。 仕方ないね」
「いや仕方ないね、じゃなくてさ。 でもやっぱり怪異が関わってるって事かぁ……」
はぁ、と溜息を溢す彼女は、諦めた様に目の前のビルを睨んだ。
他の建物に比べて、随分と背の高い廃ビル。
撤去費用をケチったのか、それとも持ち主が夜逃げでもしたのか。
売りに出される訳でも無く、完全に放置される形で立派な外見を保っていた。
とはいえ腐っても心霊スポット。
そこら中に落書きやらゴミやらが散らばっている訳だが。
「本当にこんな場所にアイツらが……全く、何を考えているんだか……」
そして今回限りの同行者が、青い顔をしながらブツブツと愚痴っていた。
高野昭。
美鈴の学校の先生であり、そして彼女の担任の教師。
動きやすさを重視したのか、ジャージ姿で険しい顔をしている。
ま、なんでも良いが。
「主様、これは……」
「うん、“箱庭”だね」
隣に居る雪ちゃんと言葉を交わしながら、入口へと近づいていく。
開けっ放しの自動ドア。
受付も待合室も、随分と荒らされている。
形から見るに、ビジネスホテルか何かだったのだろう。
「あの、店主さん。 この建物には、やはり“何か”があるのでしょうか?」
不安そうな声を上げながら付いてくる先生が、周りをキョロキョロと見渡しながらそんな言葉を紡いだ。
ふむ、どこから説明したものか。
「少し長くなっても良いですか?」
「え、はい。 どうぞ」
それではそれでは、少しばかり語らせて頂きましょうか。
「まず今の気温、おかしいと思えるくらいに寒いですよね? “怪異”、詰まる話幽霊が集まる場所は、こうして温度が下がった様に感じるんです。 コレくらいは聞いた事があるでしょう?」
「えぇ……幽霊の特番とかで、聞いた事があります」
「コレは実際に気温が下がっている訳ではありません、単純に体温を“奪われている”だけです。 成長した霊体は“領域”を持ちます、ソコに足を踏み込んだからこそ我々の命の灯が削られていく。 つまり、もう既に相手の掌の上に居る訳ですね」
心霊スポットに足を踏み入れた瞬間、一気に“寒くなった”と感じたら注意した方が良い。
基本的に恐怖からくる“寒気”、思い込みからくる“手足の冷え”、または“頭痛”。
それくらいなら、人の通常の精神からくる不調だと言えよう。
だが怖いとさえ思っていない人物がそう感じたり、異常なまでに急激な体感温度の変化を感じた場合。
そこには“良くないモノ”が必ず存在している。
ソレは、カレらの縄張りに足を踏み込んでしまった証明に他ならないのだ。
テレビ番組なんかで、実際に温度計が下がっているシーンを見た事があるだろうか?
アレは“やらせ”か、“カレら”の悪戯に過ぎない。
実際に寒いと感じているのは“生物”だけ。
特番なんかで、氷点下まで下がった温度計などをカメラで写す事は多々あるが、何故周りの物に影響していない?
水は凍らず、外壁が壊れていても霜さえ降らず。
更には周囲に散乱している物品は、ただただ少し風化したと思われる状態で転がっている。
既にその時点でおかしいのだ。
何が言いたいかと言えば、カレらは生者から魂の“活力”を奪う。
生きて居たい、死にたくない。
そんな生命の基本とも言える力を、その場に居るだけで奪っていく。
だからこそ、“寒い”と感じるのだ。
「あの、その話で言うとやはりココには何か居るという事で良いんでしょうか? あと、卑屈な意見に感じるかもしれませんが……何故人間だけに影響するのですか? やはり人の幽霊は、人しか襲わないんですか?」
両手を擦りながら、先生は不思議そうに首を傾げる。
何を言っているのだろうか、既に自分の言葉に答えがあったというのに。
「以前この建物を警察が調べた時、“鼠一匹見つからなかった”。 そう言われたんですよね? つまりそういう事ですよ。 動物は生命の危機に関して非常に敏感だ、だからこそ逃げる。 寄ってくるのは思考を持たない虫や、考え無しの人間程度なモノ。 先生も幽霊特番とかは見ているみたいですから、良く思いだしてください。 貴方が見た番組で、心霊スポットに野生動物は現れましたか?」
「確かに、記憶にありませんね。 映像としてカットされているとか、そういう事では……」
「だと“良いですね”。 しかしかなり古い廃屋に食べ物や、当時の生活を匂わせる物品が普通に転がっていること自体が異常なのですよ。 普通の廃墟なら獣や虫に荒らされて、もっと酷い状況になって居るでしょうね。 今みたいな住宅地であっても、鼠や蝙蝠のフン程度しか確認できない。 ソレは“昔は居た”という痕跡であって、今も居るという証拠にはなり得ません。 さて、彼らは何から逃げ出したのでしょうね? そして何を恐れて、この場に近づかないんでしょうね?」
そう語ってみれば、教師はドンドンと青くなっていく。
こんな調子でこの先大丈夫なのだろうか?
なんて思ったりもする訳だが、語った俺が言うのもおかしな話か。
「あとは?」
「ん?」
「後は、どんな所に違和感を持ってるの?」
今度は美鈴から質問されてしまった。
教師と同じく青い顔をしているが、こちらは食い気味。
知って置けることは今の内に頭に叩き込んで置こうと言わんばかりに、必死な形相を向けて来ていた。
いやはや、何が彼女をここまでさせるのやら。
無理しなくても良いのに。
「まぁ色々と思い浮かぶ事とか、疑問に思う事はあるけど。 何より気になるのが、“コレ”かな?」
そう呟きながら、エレベーターのボタンを押しこんだ。
登りボタンの明かりが付き、徐々に下がってくる階数表示。
「えっと? 何かおかしい所が?」
「え……?」
美鈴の方は、早くも理解したらしい。
この時点で異常なのだ。
「この建物、オーナーが失踪して管理人が居ないんですよね? なら何故電気が通っているのですか? しかし他の明かりなどは反応しませんでしたね。 何故エレベーターだけが動くんでしょう? いやはや、不思議な事ってあるものですねぇ」
はっはっはと笑って見せれば、次の瞬間には『チーン』と音がしてエレベーターの扉が開いた。
見事なまでに“普通”であり、少し古いかな? くらいにしか感じられないエレベーターの内部。
どこまでも、“普通”に動いている“異質”な空間であった。
「さて、“普通”とは違う空間に旅立つ覚悟は整いましたか?」
「……ホントに、乗るんですか?」
「えぇ、そうでないと調査できませんので」
そんな意味の無い会話を終えた後、二人はエレベーターに乗りこんで来た。
ひとまず閉まるのボタンを押してみるが。
「ねぇ幸太郎。 どこまでが“こっち側”?」
「もう、“向こう側”に踏み込んだよ」
不安そうにする彼女に、俺はそう答える他なかったのであった。
――――
何故か電気が通っているエレベーターの内部。
とりあえず4階のボタンを押す。
徐々に上昇し始めるエレベーター。
この浮遊感というか、独特な感覚は間違いなく稼働しているのだろう。
「あのさ、もう一回聞くけど……もう“入ってる”んだよね?」
青い顔の美鈴が、そんな事を呟いてくる。
「もう始まってるよ、準備しておきなさい」
それだけ返して、再びボタンの方を向き直る。
これは“儀式”だ。
間違う訳には行かない。
その後2階、6階、また2階、10階と到着した。
そして更に移動するエレベーター。
ひたすら閉じては動き、開いては閉じのエレベーターを見ていても、流石に飽きてくる。
その代表例と言わんばかりに、次の階で同行者が降りようとし始めた。
「ココまでやれば、やはり怪異現象などではないという事でしょう? コレ以上付き合っていても、時間の無駄ですよ。 さっきから無暗やたらに移動しているだけじゃありませんか!」
そう言って、彼はエレベーターを降りようとする。
気味の悪い場所で閉鎖空間、この状況にストレスが溜まるのは正常な事。
だからこそ、こうしてたまに暴走する人間が居るのは仕方のない事なんだが……そんな彼が、“誰か”とぶつかった。
「あっ、すみません」
普通に挨拶を交わしている彼をすぐさまエレベーター内に引っ張り込み、“閉”のボタンを押す。
この階は、5階だ。
「な、何をするんですか!?」
たまらず叫ぶ男性教師だったが、雪ちゃんは冷たい眼差しを、美鈴は怯えた眼差しを彼に向けていた。
この意味が分からない程馬鹿ではないと思いたいが。
「な、なんだその目は! 言いたい事があるなら言ってみろ!」
馬鹿だったらしい。
もう少し、自分の頭で考えてみれば良いモノを。
「あ、あの先生。 ココ、廃ビルです……エレベーターが動くだけでも不思議なのに、何で“途中で乗ってくる人”が居るんですか?」
美鈴の言葉を聞いた瞬間、カレは真相に気付いたのか。
サッと顔を青くしたままこちらを振り向いて来た。
さぁ、続けよう。
コレで最後だ。
俺は1階のボタンを押しこんだ。
「え? あれ? 今、一階のボタンを……アレ?」
戸惑う声が聞こえてくるが、コレで成功なのだ。
俺は間違いなく1階のボタンを押した。
でも、エレベーターは上へ上へと登って行く。
コレで良いのだ。
ココまでが、“エレベーターを使って異世界に行く方法”。
ソレを試したからこそ、被害者たちは“向こう側”へと連れ攫われた。
「さぁ、着きましたよ」
やがてエレベーターは10階で止まり、チーンという音と共に扉が開いた。
開かれた扉の先には、屋上が広がっていた。
このビルは12階建てだったはずなのに。
「捜しに行きましょうか、“カレら”が何処に行ったのか。 そしてココが何処なのかを」
踏み出した先は全てが朽ち果てたかのような、静かな世界が広がっていた。
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