第24話 異世界への道


 そんな訳で幸太郎から勉強を教わり始めてから、はや数日。


 「これはね、そもそも文脈が引っかけの事が多いんだよ。 求められている答えの直接的な質問ばかりを見ちゃうと勘違いするけど、実際は前の文脈が引っかけでね? コレによって答えが大きく変わって来る訳ですよ」


 そう言いながら問題集に赤ペンを入れていく幸太郎。

 おかしいな、私はテスト範囲を勉強していた筈なのに、既にそちらを飛び越えて他の問題集をやっているんだが。

 あれ? 私馬鹿だったよね?

 なんで今のテスト範囲の問題殆ど理解しちゃってんの?

 んん?


 「主様、お客様がいらっしゃいました」


 おかしな方向に混乱している所に、雪奈さんが顔を出した。

 助かった、コレ以上幸太郎の指導を受けていると利口になってしまう所だった。

 そんな良く分からない事を考えながら勉強道具を片付け、身形を整えて襖へと姿勢を正すと……。


 「こちらが今回のお客様、高野様です」


 雪奈さんが連れて来た相手を見て、思わず顔が引きつった。


 「いらっしゃいませ。 この店の店主、結幸太郎と申します。 本日は――」


 「神庭治?」


 店主が挨拶してんだろ! ちゃんと聞いてやれよ!

 なんて事を思いながら、ひたすらに視線を逸らす。

 更には顔まで逸らして、どうにか気付かれない様に気配を殺していたというのに。

 いや、流石に無理か。


 「神庭治、だよな?」


 「ヒトチガイデス」


 本日来店してお客様は、ウチの高校の教師。

 それどころか、私の担任の先生だった。


 ――――


 「テスト期間、およびテスト準備期間がバイト禁止なのは知って居るよな?」


 「……はい」


 「ならお前はココで何をしている。 言ってみなさい」


 「……家庭教師を、してもらってました」


 「家庭教師って、ココはお前の家なのか?」


 「いえ、バイト先です……」


 そんな会話が目の前で繰り広げられていた。

 なんか本日のお客様がお説教モードに入っているが、俺達は放置。

 うん、なんだろうね。

 タイミングとか相手とか、色々不味かったのは分かるけど。

 あまりにこれは気分がよろしくない。


 「ちょっと失礼しますね? 本日はお仕事の依頼に来て下さったという事でよろしいんですよね? そちらの話から進めては如何でしょうか?」


 思いっ切り作り笑いを浮かべながら割り込んでみれば、ものっ凄い眼光で睨まれてしまった。

 ちょっと慄きそうにもなってしまうが、このままでは美鈴が処罰を喰らう羽目になってしまう。

 それは非常に良くない。

 なんたって俺と幸の我儘で無理やり出勤してもらっている状況な訳だし。


 「コレ以上はお店に迷惑が掛かってしまいますね、私達は一度失礼します。 来なさい、神庭治」


 「いや、でも。 まだ仕事が……」


 「学生の本分は勉強だ。 そんな初歩的な事すら履き違えているから、お前は成績が悪いんだ」


 その言葉に、些かカチンッと来てしまった。

 にこやかな笑顔を作ったまま、スッと先生の肩に手を置く。

 そして。


 「その本分である勉強をこの場でやっていた上に、彼女の事を頭ごなしに否定するような言葉は慎んで頂けますか? 教えればしっかりと理解しますし、それ以外の場面でも順応する速度は速い。 優秀ですよ? ウチのアルバイトは」


 グッと肩を下に押し、再び座布団に座らせてから元の席へと戻る。

 如何せん強引ではあったが、このまま彼女を連れていかれると良くない結果になるのは目に見えていたので仕方あるまい。


 「そうは言われましてもね、これは学校の規則でして――」


 「ではテスト期間の間、彼女の扱いは“仕事”ではなく勉強を教わりに来ている高校生という事にしましょうか。 そちらの学校では、必ずしも“自宅で勉強しなければならない”。 なんて校則はないのでしょう?」


 別に表向きの勤務体制などいくらでも変えられる。

 出勤していた分は後で支払う形にして、“本格的”な仕事には関わらせない様にすれば良いだけだ。

 時給として発生した金額分を、後日手当という言葉に変えて支払う事にすれば、本人からも文句はあるまい。


 「しかし、それでは他の生徒に示しがつきません。 なので――」


 「示しがつかないとは、良く言えたモノですね。 貴方は彼女のクラス担任なのでしょう? では彼女が風評被害にあっていて、イジメと呼んでおかしくない状況にあったにも関わらず、何故手を差し伸べなかったのですか? あぁ、今更知らぬ存ぜぬでは通りませんからね? “噂箱”から、貴方の声もしっかりと聴いておりますので」


 「な、なにを……」


 たじろぐ教員を他所目に、美鈴が完全にドン引き態勢に入った。

 そりゃそうだろう。

 彼女には売春の噂が流されていた。

 前回の“噂箱”から聞こえて来た声の中に、彼の声も含まれていたのだ。

 詰まる話“知って居た”のはもちろん、その噂に便乗しようとしていたという事になるのだから。

 変態教師め、貴様なんぞにウチの従業員を連れて帰られてたまるか。


 「という訳で、彼女を連れて帰る理由は無くなった訳ですが、どうなさいますか? ご依頼を伺うなら良し、そのまま帰るも良し。 しかしながら無理やりにでもウチの従業員を連れて行こうというのなら、少女誘拐、営業妨害などなどで法的処置を取らせていただきますが」


 「なっ!?」


 個人事業主舐めんなよ?

 これでも数々のお客を相手にして来たのだ、この程度の口八丁なんて訳無いわ。

 フンスッ! とばかりに勝ち誇って見せていると、不安そうな表情の美鈴が隣に戻って来た。

 大丈夫だ、お前が処罰される事などないんだよ。

 そんな想いを込めて、優しく微笑みかけてみると……。


 「幸太郎……今週分の給料、全部無しなの?」


 「……お、表向きは」


 心配する所はソッチなのかと、声を大にして言いたい気分だった。


 ――――


 結局話し合いは進まず、テスト期間後にまた来るとの予約だけ済ませ、彼は帰って行った。

 そんな訳で、憂いが無くなった美鈴にモリモリと勉強を教えた。

 更には大学受験の問題集をも解かせ、最終的には雪ちゃんからストップがかかるまで、数日間にわたりみっちりしごいてやった訳だが。

 さてさて、その結果は如何に。


 「あのさぁ……幸太郎」


 「ん、どした?」


 「最近学校の授業が眠くて仕方ないんだけど」


 何かおかしなクレームを受けてしまった。

 俺が教えた範囲は、明らかに彼女が教わっている受業内容を超過しており、今の授業が退屈になってしまったとか何とか。

 ソレは知らないよ、頑張って起きてなさいよ。


 「ソレでテスト結果は? 今日全教科返ってくる日でしょ?」


 「あぁ、うん。 そっちはホント助かったわ、ありがと」


 そう言って差し出される答案用紙には、90点以下の物はない。

 間違えていた問題も、全て引っかけやら凡ミス程度。

 うんうん、悪くないね。


 「学年順位もとんでもなく跳ね上がったから、カンニング疑われた」


 「美鈴は本当に学校側から信用ないんだねぇ、もしくは学校側がアレなのか」


 「両方じゃないかな。 ていうか今日また先生が来る日だよね? 準備とか良いの?」


 あぁそう言えばまた来るって言ってたなあの人。

 そんな会話を繰り広げながらも、答案用紙を見てニヤニヤしていると。


 「主様、お客様がお見えになりました」


 襖を静かに開く雪ちゃん、その後ろにはいつか見た高校教師が。

 ちなみに足元では幸がめっちゃ睨んでいる。

 美鈴の事を邪険にする相手に対して、見事に敵対意識が湧いているご様子だ。

 今回の依頼、幸は協力してくれないかもなぁ……。


 「お待ちしておりました、先生。 しばらく経ちましたが、おかわりありませんか?」


 にこやかな笑みを浮かべながら声を掛ける。

 但し、彼女の答案用紙を前面に掲げながら。


 「うっ……えぇ、まぁ。 ただちょっと、また事態が変わりまして……」


 「えぇ、変わりましたね。 なんでも美鈴が学年順位をだいぶ上げたとか」


 「幸太郎、煽らない煽らない」


 前回色々言われたので、次に来た時はきっちりと見返してやろうかと思っていたのに、当の本人からストップがかけられてしまった。

 こういう手合いには、威張れるときは威張っておいた方が後々楽な気がするんだが。

 このまま成績上げ続けたら、絶対掌コロコロし始めるよ?


 「そんで先生。 今日はちゃんと仕事の話って事で良いんだよね? とにかく座ってよ」


 「あ、あぁ……」


 そんな訳で、すぐさまお仕事の話になってしまう。

 美鈴の学校の先生。

 はてさて、その彼がどんな事案を持ち込むのか。


 「……まぁ良いでしょう。 それでは、お話を伺いましょうか?」


 本日もまた、お仕事が始まる。


 ――――


 それは廃ビルで起きた珍事件。

 なんでも行方不明者の遺体が、その建物の屋上で見つかったらしい。

 別に珍しくもない、といったら語弊があるかもしれないが……そこまで特徴の無い現代の事件といった所だろう。

 しかし遺体の状態が普通では無かったそうなのだ。

 動物に噛みつかれた様な傷跡、ガリガリに痩せ細ったその体。

 まるで“違う場所”で長い年月を生き、最後に廃ビルの屋上で力尽きたかのような状態。


 ソレが発生したのが数年前。

 その頃から廃墟には、とある噂が出回り始めたという。

 “この建物は、異世界へと繋がっている”。

 ネットに広がる怖い話の類で、異世界に繋がるエレベーターというモノをご存じだろうか?

 正確にはエレベーターをとある手順で操作し、摩訶不思議な出来事を起こすという噂話だが。

 何でも手順通りに操作すると、乗っている人物は異世界へと飛ばされてしまうらしい。

 その世界には誰もおらず、荒廃した世界だけが広がっていると語られる。

 何が言いたいかと言えば、“その噂”と実際に起きた事件を結び付けた話が、今もなお広がっているという事だ。

 エレベーターの話の原点は、この建物だったんだとか。

 この廃ビルであれば、その噂が実際に起きるだとか。

 まあそんな与太話。


 「話は分かりましたが、それで? その廃ビルがどうかなさったので?」


 ソレの真偽を調査して欲しいとか、実際に行ってみたいからつき合ってくれとか。

 そんな話を教師である彼が、生徒の前で言い出すとは思えないし。

 なんて事を思っていると、彼はやけに重苦しいため息を吐きながら再び口を開いた。


 「正直私は幽霊の類と言うモノを信じている訳ではありません。 でも、実際に人が消えてしまったんです。 しかも、私の学校の生徒達が」


 その言葉を聞いた瞬間、隣に居る美鈴がビクリと反応したのが分かった。

 それも仕方のない事だろう。

 また、身近で怪異の被害が出ているのかもしれないのだから。


 「警察には? それからそのビルに向かったという根拠は?」


 「もちろん通報して、ビルの中を調べてもらいました。 しかし、鼠一匹いなかったそうです。 彼らがその場に居た根拠というか、証拠が残って居まして……その、肝試しに行ったそうなんですよ。 行方不明になった二人がエレベーターに乗り込んだ所を、残ったメンバーが撮影していました。 そしていくら待っても帰って来ない。 その一部始終を収めた動画を、本人達から見せられました」


 「ちなみにその動画は?」


 「警察にも提出しましたが、未だ何も。 こちらに動画が入っています、一度確認してみて下さい」


 そう言いながら、彼はUSBメモリーを差し出してきた。

 しまった、家に帰らないとパソコンが無い。


 「分かりました、後ほど確認させて頂きます。 それで、状況の変化というのは?」


 「……また、一人いなくなりました。 彼らを捜しに行くと言っていたらしく」


 「あぁ……」


 見事なまでの二重遭難。

 この話が広まれば、次から次へと行方不明者が増えるかもしれない。

 とはいえ、今回の依頼は“学校の生徒”だったからこそ耳に入ったお話で、既に何人もの人間が居なくなっている可能性は否定できないが。


 「わかりました、私の方で現地を調べて見ます。 先生は御同行なさいますか? 後から解決した、失敗したと聞かされても、中々納得できないでしょう?」


 「えぇ、そういう事でしたら私も是非」


 なんでも学校側から「経費は出すから解決に勤めろ」という指示が出ているらしい。

 やはり行方不明者など出してしまっては、学校のイメージに響くのだろう。

 とは言え、警察に解決できない問題を教師にどうしろというのか。

 多分保護者達に説明する言い訳を集めて来い、程度のモノだとは思うのだが……いやはや、今の学校の教師というのは大変だね。


 「では明日の夜、現地に赴く事に致しましょう。 美鈴、君はどうする?」


 さっきから静かになっていた美鈴の方を振り返って見れば、彼女は青い顔をしたまま横目でこちらに視線を向けた。


 「行く、私だって“語り部 結”の従業員だもん」


 「無理しなくて良いんだよ? 留守番してたって――」


 「行く!」


 やけに意気込んだ様子の美鈴に驚きつつも、とりあえず頷いて置いた。

 この子、出張の時は絶対付いてくるけど……何か理由がありそうだ。

 後で聞き出しておかないと。

 そんな事を考えながら、本日の“ご相談”は終了するのであった。

 さて、明日の夜に向けて色々準備しておかないと。

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