第29話 見つけて


 ブラウン管テレビに映し出されたのは、随分と昔の映像。

 仲の良さそうな少年少女達が、このマンションの物と思われる朝顔に水をやっている。

 ロビーに集まった親御さんと思われる女性たちは、子供達に敷地から出ない様にだけ注意した後、談笑を始めてしまう。

 今で言えばマンション内とはいえ、子供だけで遊ばせるなんて非常識だと言われそうな光景だが、管理人のおじいさんも通り過ぎる住人達も特に気にした様子はない。

 むしろ子供達を見かける度に挨拶を交わしている辺り、建物内での交友関係は良好だったのだろう。

 なんて、しばらく平和な光景が写し出されていたが。


 『飽きちゃった』


 花壇に水を撒いていた子供の一人がそう呟いた瞬間、みんな揃って首を縦に振った。

 随分と立派な朝顔に水をやりながら、子供達は何をしようかと話し始める。

 宝探しをしよう、誰かがそう言ってマンション全てを舞台に遊戯がはじまった。

 どうやら子供達が何かモノを隠し、鬼になった子供がソレを探し出すという遊びの様だ。

 鬼を決め、蜘蛛の子を散らす様に走っていく子供達。

 その手には、花壇に咲き誇っている朝顔の花が一凛ずつ握られている。

 植木の後ろ、駐車場の車の影。

 管理人のおじいさんにお願いして、管理人室に隠す者まで現れる始末。

 眺めていると、まだ隠し終わっていない子どもが一人。


 最後に残ったのは男の子。

 彼は必死に階段を駆け上がり、ひたすら上の階を目指していた。

 荒い息を上げながら階段を上り切り、屋上まで到着すると満足気に微笑みながら朝顔を隠せそうな場所を探す。

 とはいえやはり屋上なんて大した場所は無く、見回した所で貯水タンクくらいしか置いていない。

 そして、その貯水タンクで何やら作業をしている二人の若い男性。

 少年は好奇心旺盛だったのか、彼等にしきりに話しかける。

 二人は最初こそ友好的に話をしていたが、あまりにも少年がしつこく、更には勝手に作業台に上がって来た辺りから表情が険しくなっていく。

 いくら注意しようと少年の行動はエスカレートし、やがて作業中の貯水槽のはしごを上り始める。

 “いい加減にしろ!”とでも叫んだのだろうか。

 一人の男性が険しい顔のまま口を開いた瞬間、少年はビクッと震えたかと思うと梯子から足を踏み外した。

 そして、頭からコンクリートの上に落ちてしまう。

 ピクリとも動かず頭から血を流す少年を見て、二人の作業員は慌てた様子で貯水槽から降りてくる。

 いくら声を掛けようと、肩を叩こうと反応を返さない少年。

 一人の男が慌てた様子で建物内へと駆けだそうとしたが、もう一人の男が呼び止め、何やら口論を始める。

 何を喋っているのかは分からないが、一人が助けを呼ぼうとしており、もう一人がソレを止めている様だ。

 やがて貯水槽を指差して何かを叫ぶが、もう一人が慌てた様で首を振る。

 点検用のシートを指差して訴えている辺り、貯水槽に隠そうとしている相手をどうにかして止めようとしている様だ。

 当然そんな所へ隠せば、点検シートに自分達の名前が残っているのだからバレるに決まっている。

 何となくだが、そんな会話をしているように思える。

 やがて、何かを決心したかのように。


 『じゃぁ、別の場所なら良いんだな?』


 その声だけは、やけにハッキリと聞こえた。

 彼は何を思ったのか少年を布で包み、エレベーターまで歩いて行く。

 エレベーターの天井にある点検用の窓を開くと、何と布に包んだ少年を押し上げようとしているではないか。

 そんな彼に対して、もう一人が止めようと掴みかかった。

 しかし、それがいけなかったのか。

 掴み合いになった瞬間、体を半分以上押し上げられていた少年の体から、男の手が離れた。

 そして。


 ガアンッ! と随分と遠く、そして下の方から、衝撃音が聞こえて来た。

 落としてしまったのだ。

 エレベーターの脇から、一番下の階まで。

 もちろん、もう助かる見込みなど無い。

 もしかしたら先程までなら助けられる可能性もあったかもしれないのに。

 一人の男の愚行と、ソレを止めようとした男の行動が最後の一手となり、少年の命を奪った。

 二人共真っ青な顔のまま、急いで一階へと下った。

 随分と動揺していたのか、あろうことかエレベーターを使って。

 そして、彼等が一階へとたどり着いたその先には。


 『あぁ、お疲れまです。貯水槽の方は終わりましたか?』


 子供達に手を引かれて、外から帰ってくる管理人とご婦人たちの姿が。

 アレだけ大きな音を立てたと言うのに、気付かれなかったのだ。

 この瞬間、男達は顔を見合わせてから。


 『もう少しです、ちょっと車に道具を忘れて来てしまいまして』


 そう言い残した彼等は何事も無かったかのように車へと一旦戻り、もう一度屋上へと向かってから、少年の残した血痕を掃除して回った。

 それからである、エレベーターが一階に下りた時。

 “も~い~よ~”

 と、子供の声が聞こえてくる様になったそうだ。

 更には、関係があるのかないのか。

 このマンションでは度々自殺他殺問わず、死者が出る様になった。

 どれも決まって、少年が当時住んでいた部屋の住人だったそうだが。

 そして、誰もが最後にはこんな事を呟いていたそうだ。


 『あの子の遊び相手になってあげないと』


 なんて事を言い始めた住人、もしくは関係者は大概おかしくなっていったという。

 その後オーナーはこの建物を手放し、ホテルとして改装された。

 しかしこの現象は留まる事を知らず、結局その後廃墟となった。

 数年後には立派な心霊スポットの誕生である。

 そして、誰が言い始めたのか。

 エレベーターを使った“異世界へ行く方法”が試せる心霊スポットとして、有名になっていった。

 蔓延ったネットミームと、建物に残る心霊現象。

 この一部が組み合わさり、今に至る。

 そして今日も、自ら誰かが犠牲になりに訪れる。

 エレベーターが連れて行ってくれるのは望む異世界では無く、一人の“少年の世界”だとも知らずに。

 その一部始終が、テレビには写し出されていたのであった。


 ――――


 「そっか、元々の原因はこの男の子で……あの女の人も巻き込まれただけ。そして男の子は、未だに遊び相手を求め続けていて……それで」


 「そこまでです」


 ブツブツと呟く同級生に対して、雪奈さんは彼の目に掌を被せた。

 もう見なくて良い、と言わんばかりに。


 「あまり干渉すると引き込まれますよ? 内容が分かれば十分です。よく頑張りましたね」


 そう言ってから彼の頭を撫で、私と入れ替わる様に玄関へと歩いてくる。

 そしてソッと扉に指先を触れてから、フゥと小さく息を吐きだしたかと思えば。


 「つ、冷たっ!?」


 「ごめんなさいね、美鈴ちゃん。一旦凍らせて、開かない様にするから」


 ニコッと笑みを向けられるが、非常に恐ろしい冷たさだった。

 氷とか冷気とかじゃなくて、ドライアイスに直接触れた時の様な、肌が張り付く様な“痛み”を伴う冷たさ。

 雪女、こえぇぇ……。


 「皆さん、これから少しだけ室内が寒くなりますので。温め合うなりその辺のボロ布を被るなり、各自対処してくださいまし」


 「えぇっと……何をするおつもりでしょう、雪奈さん」


 「もちろん、“箱庭の主”ではないと分かった以上、殲滅します。こんな無粋者……もとい雑魚なら、主様からお叱りを受ける事もないでしょうし」


 不味い、“氷葬”する気だこの人。

 そんな事を思った瞬間、彼女の周りからはとんでもない冷気が溢れ出す。

 多分南極とか北極とか行った事ある人なら、懐かしいとか感じちゃうんじゃないかってくらいに、滅茶苦茶寒い。

 私はそんな所行ったことが無いけど。


 「二人共くっついて布被って! はやく!」


 「神庭治? 一体何が――」


 「いいから! 死にたくなければさっさと動く!」


 モタモタしている担任の先生を同級生の方へと押しやり、カビている布団を上から被せる。

 そんでもって、私もその中に入って身を寄せる。

 如何せん頭から被りたいものではないが、致し方ない。

 零から聞いた話では、“油断すると死ぬレベル”らしいのだ。

 前回は幸にモフられてどうにか寒さを凌いだそうだが……生憎と今回は不参加。

 あの猫又、肝心な時に居ない。

 やっぱり雪奈さんの言う通りしばらくキャットフードにしてやろうか。

 などと、下らない事を考えていれば。


 「お逝きなさい。ここに留まり続ける理由は、貴女には無いのでしょう?」


 その一言と共に、“始まった”。

 布団の中に、三人が包まっているのだ。

 結構な熱量になる、普段のこの時期だったら「熱いわ!」と言っていた所だろう。

 だというのに、雪奈さんの放つ暴風を受けた瞬間。


 「かかか神庭治、これは一体!」


 「震えるのを我慢しようとしないで下さい! 少しでも体を動かして熱量を保ってくださいね! マジで死ぬんで!」


 駄目だ、コレは本当に駄目な奴だ。

 “氷葬”の度に幸か幸太郎からお説教を受けるのも分かる。

 これは、普通に人が死ぬ。

 厚手の毛布を被っているというのに、人が集まっているというのに。

 とにかく寒いのだ。

 羽毛が詰まっている筈の毛布は外側からどんどんと冷えていき、こんな環境だというのに体がガタガタと震え始める。

 こんな事なら、もっと厚着をして来るべきだった。

 今度から調査に雪奈さんが来るときは、真夏でもコートを用意しよう。

 そんな風に思えるくらい、寒い。

 手足の感覚が無くなっていく程に。


 「か、神庭治。コレ、ヤバイ。ちょっと意識が遠くなって……」


 「起きろー! 寝たら死ぬぞー!」


 「神庭治、お前は少しバイト先を変えた方が……」


 「今はそんなことより体を擦れー! 死ぬぞー!」


 若干朦朧とし始めている男連中をひたすら殴り続け、どうにか意識を保たせていると。

 ふと、毛布がめくりあげられた。

 そんな事をされれば当然冷気が中に入って来る訳で。


 「んひゃぁぁ!?」


 外気に晒された背中が、とんでもなくゾワッとした。

 鳥肌とかじゃなくて、普通に凍るかと思った。


 「あら、ごめんなさい。終わりましたから、出てきて良いですよ? 廊下に出れば、少しはマシになりますから」


 ニコッと笑う雪奈さんが毛布を取り去るが、もはやそれどころではない。

 三人そろって玄関から外へと飛び出し、とにかく深呼吸。


 「あ、あったけぇ……」


 「生きてる……」


 男性陣二人も、現在生きている事を神か何かに感謝しているご様子。

 正直、気持ちはわかるが。

 アレは普通に死ねる。

 そんでもって。


 「うわぁ……」


 自らの死を覚悟すると、人は鈍感になるらしい。

 思いっ切り目の前で、さっきの気味の悪い女が氷漬けになっているというのに普通に深呼吸してしまった。

 そんでもって、雪奈さんが凍らせたはずの玄関扉が……バキバキに凍った状態で床に転がっているんですが。


 「放っておいて良いですよ? しばらくすればちゃんと“亡くなります”から」


 そんな事を言いながら、こちらへと歩いてくる雪奈さんの方へと視界を向ければ、更に「うわぁ……」という言葉が続いてしまった。

 室内が氷漬けなのだ。

 パキーンと凍ってますって言うよりも、寒い地域の洞窟みたいな感じで。

 天井から氷柱なんか生えそうな勢いで、全てが白い。

 霜が降った様な見た目をしているが、多分触ったら砕けるんだろうなって容易に想像出来てしまうくらいに、白い。

 コレが“氷葬”。

 確かにこんなの近くで食らったら、生きた人間は普通に死んじゃうよね……。

 むしろなんで私達が生きていたのか不思議なレベルだ。


 「雪奈さん……もうちょっと小技とかは、その。無いですかね」


 「雪女ですからねぇ……生憎と多種多様の術を使える主様とは異なります。でも、皆さんの周りはなるべく“冷まさない”様にしましたよ?」


 「そっすか」


 なんて会話をして居る内に、気味の悪かった女性は雪奈さんに息を吹きかけられ、キラキラした氷の粒に変わる。

 まるで風に乗るようにソレらが崩れて行き、やがて何もなくなってしまった。

 確かに零の言っていた様に綺麗な光景だとは思うが……この身に被害が出るとなると、ちょっと恐ろしく仕方がないのだが。


 「さて、ここからみたいですよ?」


 「はい?」


 なんか急におかしな事を言い出した雪奈さんに首を傾げて見せれば、背後からは男性陣の悲鳴が上がった。


 「どうやら他の“お友達”が部屋から出て来たみたいです。対処しながら主様と合流しましょうか。私達でも事態を動かせたのです、主様なら“箱庭の主”と既に遭遇しているかもしれませんが」


 ニコニコしながら呟く彼女の言葉と、未だ叫び続けている彼等の声に従って視線を動かしてみれば。

 そこには。


 『も~い~かい?』


 『ま~だだよ』


 『も~い~かい?』


 はっきり言おう、ゾンビゲーか何かだ。

 思わずそう言ってしまいそうな量の、有象無象と表現したくなる“怪異”達が歩いて来ていた。

 年齢層は非常に幅広い。

 それこそ、小学生になるかならないかの子供だっている。

 アレが全て、今回の怪異による“被害者”なのかと思うとゾッとするが。


 「全て薙ぎ払っていきますよ。外ですから多少はマシだと思いますが……離れていてくださいね?」


 そう言いながら、雪奈さんが片手を彼等に向けて突き出した。


 「てったーい! 死にたくないヤツは離れなさーい!」


 「“氷葬”」


 マンションの廊下で、今日この日だけは大豪雪が吹き荒れたのであった。

 もうヤダ、滅茶苦茶寒い。

 普通違うじゃん、幽霊退治って。

 いや、幸太郎やら幸やらの行動はよく見ていたから、今更お経唱えたりはしないのは予想していたけどさ。

 でも、こんなのってないじゃん。


 「あばばば!」


 「カンバジー!」


 「うっせー! 耐えろ! コレが“語り部 結”の除霊スタイルじゃーい!」


 皆して暴風と冷気をその身に受けながら、とりあえず叫ぶのであった。

 幸太郎、お願い。

 今すぐ終わらせて。

 ちょっとコレは、あと数時間とか耐えられそうにない。

 というか、トイレ行きたくなっちゃう。

 そんな事を思いながら、無双状態の雪奈さんに私達も続くのであった。

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