第42話 最終話 騙し手


 麒麟きりん、という生物を知っているだろうか?

 現在で言えば麒麟ビ〇ルのロゴを思いうかべてもらった方が早いだろう。

 竜の顔、背丈は大きく、牛の尾や馬の蹄。

 全身の鱗や様々な色に彩られた背毛などが特徴的な、“神獣”。

 その性格は穏やかであり、足元の虫や植物を踏む事さえも避ける程殺生を嫌う生物。

 それが“麒麟”。


 「なんて、改めて説明しなくても分かりますよね? 似たような存在、しかも自らよりも上位の存在ともなれば。気配だけでもどれ程“格”が違うのか一目瞭然かと思いますが」


 とかなんとか言い放ってみれば、争っていた筈の妖怪たちは皆一様にコチラを見上げて来た。

 幸や雪ちゃんでさえ、ポカンと口を開けながら俺の事を見上げている。

 神社の鳥居に腰かけながら、ニヤニヤと笑みを浮かべて隣に座っている麒麟のたてがみを撫でる。

 その瞬間狐の近くに“雷”落ちた。

 クスクスと笑って見せれば、今までとは違う怯えた眼差しが返って来る。


 「今は気分が良い、なのでもう一つ語りましょうか。知っていますか? 神獣とも呼ばれる麒麟にも、種類があることを。まずはこちらの黄色い神獣、この子は間違いなく“麒麟”。代表的な存在であり、イメージしやすい存在でしょうね。そして」


 スッと掌で「おいでおいで」と招いてみれば。

 今までの麒麟とは反対側に、もう一匹の神獣が現れる。

 全身を水の様な青の鱗で覆われる、美しいソレ。


 「こちらは聳孤しょうこ。見た目の色はガラリと変わりますが、同じく麒麟であり神獣に他なりません。そして」


 懐から、最後の扇子を取り出した。

 真っ黒い色の、随分と重い扇子。

 ソレを開いてみれば、今までとは違う鈍い鉄の音が響いた。


 「赤を炎駒えんく、白は索冥さくめい、黒いモノを甪端ろくたんまたは角端かくたんといいます。如何でしょう? お眼鏡に叶いましたかね、お狐様?」


 多くの神獣に囲まれながら、黒い鉄扇で口元を隠し眼下を覗いてみれば。

 そこには震えあがっている哀れな獣の姿があった。

 今までの威勢はどこへやら、ガクガクと震えながら毛を逆立てている。


 「さて、それでは反撃開始と行きますか?」


 スッと鉄扇を相手に向けてみれば、周囲に居た麒麟達が一斉に立ち上がり威嚇を始める。

 本来気の優しい生き物、植物すら踏まない為に天を駆ける事を選んだ神獣。

 ソレが彼等だ。

 そんな麒麟の怒りを一身に浴びれば、一体どうなってしまうのか。


 『ま、まっておくれ。そこの娘は連れ帰って良い、私もこの地で悪さはしないと誓おう。だから、見逃しておくれ』


 ガクガクと震える狐の化け物が、そんな事を言い出した。

 この状況では流石に勝ち目がないと判断したのだろう。

 ひれ伏すような形で身を低くして、ジッとこちらを見上げている。

 その瞳は非常に人間臭さがあり、とてもではないが獣のモノとは思えない程。


 「へぇ、負けを認めますか。それでは、この迷界を閉じるだけで許してあげましょう。この世界の核、この“呪い”そのモノの根源を教えてください。それだけ破壊して、私達は去りましょう」


 『それ、は……』


 口ごもる狐は、スッと視線を逸らして俯いてしまった。

 視線というのは、言葉よりもっと多くの事を語る。

 彼女が真っ先に視線を向けた先にあるのは……。


 「答えられないなら仕方ありませんね、本体から根こそぎ奪うとしましょうか」


 『ま、待て! 言う! 言うから! 拝殿の中に狐の面がある、ソレが呪いの根源だよ!』


 必死に声を上げる狐。

 しかし、妙に視線が揺れ動いている。


 「へぇ、本殿ではなく、拝殿なのですね」


 『本殿は儀式の場所として使われていたから、その……』


 その言葉は嘘では無いのだろう。

 事実拝殿から長持が見つかり、白骨と仮面は出て来た。

 だが、しかし。


 「やはり、貴女はうそつきの様だ」


 『え?』


 ジャキンッ! というとんでもない音を立てる鉄扇を閉じてから、拝殿の方へと向けてみれば。

 明らかに、相手の眼つきが変わった。


 「あの建物そのものが、呪いの根源だ、仮面や遺骨は“鍵”でしかない。ご冥福をお祈りいたします。どうか、二度目の死は安らかに逝ける事をお祈り申し上げますよ?」


 『貴様ぁぁぁ!』


 もはや決死、死に物狂いの攻撃だったのだろう。

 狐はその場から跳躍し、俺に向かって牙を向いて来る。

 しかしこちらには多くの神獣、届く訳がない。

 本来なら、届く訳がないのだが。


 「お見事」


 『は?』


 間抜けな声を上げながら、狐は鳥居にしがみ付いた。

 その口に、俺の体を咥えながら。


 「不思議なモノですよね。人は一度騙され、再度その姿を見ると間違いなく疑う。だというのに“切り札”とも言えるソレを見せつけられれば、何故か信じてしまうのですよ。今の貴女みたいに」


 巨大な狐に齧られながら、クスクスと笑みを浮かべてみれば。

 彼女は困惑した顔で周囲の“麒麟”達へと視線を送った。


 『う、嘘だ。だって気配だってあった。コレが偽物な訳……』


 「だからまだまだ小物なんですよ。たかが神獣の“鱗一枚”にビビリ散らしていた、“なりかけ”の化け物風情が」


 言い放った瞬間、麒麟は姿を消しその場には“形代”と何かの鱗だけが残った。

 相手が唖然として見つめる中、俺の体もまた霧となって消えていく。

 そして、残されたのは“人型”が一枚。


 「コレが弱い人間の戦う術、道具を使い、言葉を使い、騙し合いに勝つ。それが、私のやり方です」


 そう声を上げた俺に対して、狐は“随分と離れた鳥居の上から”こちらを振り返った。

 そもそもこの身はただの人間なのだ。

 どうやったらあんな高い鳥居に登れるというのか。

 更に言えば、先程まで美鈴達と居たのに、どうして入り口付近まで高速で移動出来ようか。

 ハッキリ言おう、無理である。

 更に言えば、間違いなく強者が居ると最初から分かっていたのだ。

 それならば弱い人間程、踏み込んだ時点から色々と準備するモノである。

 罠、保険、逃道。

 それら全てを入念に準備してこそ、初めて人間は妖怪と対峙出来る。

 逆に言えば、俺みたいな人間はそれくらいしないと安心できない。


 「如何でしょう? “お眼鏡に叶いましたか”?」


 『この狸がぁぁぁ!』


 鳥居にしがみ付いていた狐が、怒り狂った様子でこちらに向かって走って来るが。


 「終わりですよ。黒鉄って知っていますか? 名称の違いというだけで、ただの鉄と変わりないソレですが。しかし、確かに“黒い”刀は存在する。塗ったり染めたりしていないのに、真っ黒い刀は存在した。そんな“鉄”と同じ物を使われたこの扇子。実はこれ、凄く良く“斬れる”んですよ」


 そんな台詞と共に、上空に掲げた黒い鉄扇を勢いよく閉じた。

 ジャキンッと凄い音を立てた瞬間。

自らが立って居る拝殿が、バツンと面白いくらい真っ二つに亀裂が入った。

同時に、目の前で停止する狐の妖怪。

まるで陶器が割れるかのように、彼女の全体にヒビが入った。


 「眠りなさい、“なりかけ”の玉藻前。貴女では、現世で“騙し合い”に勝てませんよ」


 片手に黒い扇子を。

 もう片手に美鈴が見つけて来た狐の面を。

 そして、彼女の物であろう頭蓋骨を踏みつぶしながら。

 高らかに勝利を宣言するのであった。


 ――――


 アレから数日後。

 何事もなく平和な日々を過ごしている、と思っていたのだが。


 「せんぱぁぁい!」


 今日は一段と煩い後輩が、定時を過ぎた後に抱き着いて来た。

 三木柚子。

 あの一件でかなり懲りただろうなんて予想していたのだが。

 現実とはそうもいかないらしく、彼女は未だに降霊術や心霊スポット巡りを止めていない。

 店主さんの言っていた、「彼女はまた繰り返す」ってのはこの事だろう。

 全く懲りていない。


 「なんか最近またヤバイ感じになって来ちゃいまして……“語り部 結”行きましょ!? ね? この後暇ですよね!?」


 「そんな喫茶店行きましょうみたいに誘われても……そもそもアンタ言われたでしょ? そういうの止めろって」


 「えっと、あはは。こういう方向性で今までやって来たので、今更厳しいと言いますか……」


 「だったら自分でどうにかしなさい。アンタがヤバイもの連れて来る度に、命張ってるのはあの人達だって理解出来たでしょう?」


 ジロリと睨んでみれば、彼女は気まずそうに視線を逸らしながらモジモジと指先を弄り始めた。


 「いや、でもぉ、お仕事なら相談するのは良い訳じゃないですか?」


 「……そろそろ本気で見捨てられても知らないからね?」


 「いやぁ! お願い先輩! 幸太郎さんと連絡とって下さい!」


 必死に縋って来るこの馬鹿。

 なんと店主さんから連絡先交換を拒否されているのである。

 良く分からないが、“箱庭”って奴も彼女の事を招待拒否に設定したらしく。

 彼女は私という“仲介”が居ないとあの店に行けない。

 そんな状況になろうと、度々彼女はあの店にお邪魔している訳だが。

 自業自得だし、向こうとしてもいい加減お仕事拒否で良いと思うのだが。

 それはそれ、コレはコレ、と言う訳で割り増し料金を請求しているらしい。

 結構な金額を払って、毎回祓ってもらっているという訳だ。


 「アンタはいい加減学習しなさいよ……あの神社の映像もネットに上げようとしたんでしょ?」


 はぁぁ、と大きなため息を溢してみれば。

 私のため息よりも、更に大きなため息が返って来た。


 「あのデータ、何度アップしようとしてもエラー吐くんですよね……終いにはPCまで壊れるし、あの映像を上げようとする為に何台のPCが犠牲になったか……」


 ハイライトの消えた眼差しで虚空を眺める後輩に、ポンッと手を置いてから。


 「諦めろ、マジで。あと映像だの録音だったとしても、何度も繰り返し見る事は良くないって言ってたわよ? ソレは怪奇現象を何度も繰り返す事と同義、一度で済んだ筈の事例が何度も繰り返される。結果、悪いモノを呼び寄せるって」


 「だとしてもあの妖怪大戦争は絶対良いネタになるじゃないですか!」


 「CGか何かと思われるのがオチだって」


 なんて会話を繰り返しながら、私達は会社を出た。

 今日も今日とて、あの店に向かって。

 さてさて、本日のお土産は何が良いだろう?

 あんまり堅苦しいモノばかりでは相手も困るだろうし。

 かといって気安いモノは相手の都合を聞かないと買いづらい。

 と言う訳で。


 「なんでブロック肉なんですか……」


 「いや、冷凍しておけば色々使えるかなって」


 業務用スーパーでやけにデカい肉の塊を買った私達は、お店に向かって歩を進めていた。

 夕暮れが眩しいこの時間。

 様々な人が行き交う帰路を、私達は歩いている。

 そこから一つ、脇道に逸れた。

 ちょっとした路地裏、ふとした瞬間見つけたあのお店。

 いつ見ても変わらないあの怪しげなお店が、今日もまた私たちの目の前に現れた。

 ”語り部 結”怪異相談所。

 人に言えない“怪異”のお悩み解決します、まずはご相談を。相談コース3000円~。除霊、その他オプションは状況によりお値段が変動いたします。

 なんて、やけにポップな看板を掲げたおかしなお店。

 この看板、いい加減変えた方が良いと思うんだ。

 そんな事を思いながら、今日もまた玄関を開いた。


 「こんちゃー。今日やってるー!?」


 まるで居酒屋みたいなテンションで大声を上げてみれば、廊下の奥からパタパタと小さい足音が聞えて来る。

 そして、目の前に現れたのは。


 「ようこそ、語り部 結へ。ご相談ですか? お仕事の御依頼ですか?」


 和服姿の小っちゃい女の子が、頭を下げて来た。


 「あれ? 零ちゃん? 今日はお手伝い?」


 「栗原さん! お久しぶりです。今日は姉の代わりにお店を任せられてます!」


 フンスッ! と鼻息荒く胸を叩く少女。

 店を任せられたのであれば、そこは姉ではなく店主の代わりと言うべきではないだろうか?

 とかなんとか思いながらキョロキョロと見回してみれば、店の奥から雪奈さんも姿を現した。


 「あら、栗原さんいらっしゃい。それからクズまで一緒で。今日はどうされました?」


 「今ナチュラルにクズとか言いましたかねぇ!?」


 「あら、コレは失礼。いくら主様から注意を受けても降霊術を止めないドクズ。もしくはゴミクズ様でしたか。さっさと死ねばよろしいのに、我々の見えない所で」


 「あんたマジ雪女!」


 「雪女ですが何か?」


 そんな会話を交わしながらブロック肉を雪奈さんに渡し、客間へとお邪魔してみれば。

 そこには予想外の人物が座っていた。


 「あらあら、また懐かしい顔ぶれがいらっしゃった事で」


 『またお前らか、今度はどうした?』


 おかしいな、私の目がおかしくなったのかな。

 着物を着崩した、偉く綺麗な女性が座っている様に見えるんだが。

 何てことを思いながら眼を擦った瞬間。


 「ひぃぃ!? 狐が居る! なんで!? 店主さんに祓われたんじゃ!」


 後輩が尻餅を付いたかと思えば、ものすごい勢いで後退していく。

 え? 狐?

 それってアレだろうか。

 この子が最初に関わったという怪異の……しかも化け物とまで言われた“妖怪”の事だろうか?

 ギギギッと音がしそうな程鈍い動きで幸へと視線を向けてみれば。


 『安心しろ、害はない。そもそも“こうやって”この店の妖怪は増えていくのだ、そこの雪女を含めてな』


 「猫畜生、余計な事は言わなくてよろしい」


 『なんだったか。あぁそうそう、「私の事は構わないで下さい、所詮愛を残せぬ雪女ですから」だったか? 全く恥ずかしいヤツも居たモノだ』


 「猫又ぁぁぁぁ!!」


 幸と雪奈さんがバトり始め、完全に空気に置いて行かれた感じになってしまった訳だが。

 ちょいちょいっと、着物を着崩したちょっとエッチなお姉さんに手招きされてしまった。

 未だ後輩も廊下の先から返ってこないし、幸雪コンビは庭でバトってるし。

 いいのかな?

 そんな事を思いながら、彼女の正面に腰を下ろしてみれば。


 「今日店主は留守だけど、話くらいなら聞いてやれるよ? どうするね、娘さん」


 偉く貫禄を感じそうな動作で、煙管を吸い始める彼女。


 「えっと、相談があるのは私じゃなくて後輩の方で……ていうか、店主はどこ行ったんですか?」


 「そりゃ、若い男と女が一緒に出掛けたんだ。詮索する方が無粋ってもんだろうに」


 「はい?」


 何か良く分からない会話を繰り広げてみれば、お盆にお茶を乗せた零ちゃんがズドンと彼女の目の前に湯呑を置いた。


 「その物言いこそ、無粋です。まるで何かあるみたいに言わないで下さい。二人は“仕事”で現地に向かったんですから」


 「とはいっても、ホラ。ねぇ?」


 「あの二人が、たった一泊の日帰りで進展すると思いますか? 否です」


 「確かに、そうかもねぇ……」


 二人して呆れたため息を溢しながら、静かにお茶を飲み始めてしまった。

 なんだろう、この空気。

 結局どうすれば良いのだろう?

 なんてオロオロと視線を右往左往してみれば。


 「とりあえず、解決できるかどうかは別として。語ってみては如何かな?」


 「お話を聞いて、後で幸太郎さんに伝えることは出来ますから!」


 そんな訳で、いつもとは違う“語り”の場が展開された様だ。

 とはいえ、まぁ。


 「だから、今日の相談者私じゃないんだってば」


 呆れて言い放ってみれば、三人揃って思わず吹き出してしまったのであった。


 ――――



 「いやぁぁぁぁ!」


 「ふぉぉぉぉぉ!」


 二人揃って、叫び声を上げていた。

 両手を上げて、眼前から迫る風圧をこの身全てに感じていた。

 何をしているかと言えば、ジョットコースター真っ最中。

 やがてその勢いも収まり、ジェットコースター乗り場の反対側に停車してみれば。


 「む、無理……脚がプルプルする」


 生まれたての小鹿の様に、美鈴が涙目でこちらの腕を掴んで来た。

 もはや掴むというか抱き着く様な形で、体重の殆どを預けている御様子。


 「意外と絶叫系苦手ですか?」


 「むしろ得意なヤツが意味分からない。なんで自ら命を危険に晒して楽しめるの、死ぬわ」


 「死なないからこそ、楽しめるんだと思いますが」


 「でも脱輪したら? 安全バーがバコッて外れたら?」


 「それは死にますねぇ」


 「やっぱり死ぬじゃん!」


 やけに叫び散らす彼女を腕にくっ付けたまま、人混みを抜けた。

 ここは遊園地。

 一応お仕事で来た筈だったのだが、何だかんだ夕方まで遊んでしまった。

 だって美鈴がウキウキしんながらアトラクションを眺めて居るんだもの。

 年甲斐にも無くメリーゴーランドとかガン見しているのだもの。

 だったら、乗るしかないじゃない。


 「少し休んでから仕事に向かいますか」


 「その台詞、今日何度目?」


 「何だったら今日は近くに泊まって、明日朝からにしますか?」


 そう言いながらホテルの予約サイトを見せてみれば、美鈴は真っ赤な顔を浮かべてこちらの頬に拳をぶつけて来た。

 ペチッと情けない音が響いたが。


 「仕事行くよ、十分に楽しんだから」


 「あらら、これは残念」


 大袈裟に両手を拡げてみれば、美鈴からは非常に鋭い眼差しが向けられてしまった。

 まぁ、こちらとしても日帰りのつもりなので冗談ではあるのだが――。


 「もうちょっと、落ち着いたらね」


 その一言は、完全に予想外だった。

 プイッとそっぽを向きながら、真っ赤な顔が隠しきれていない。

 そうか、そうか。


 「よし、溜まっている仕事一気に終わらせようか」


 「幸太郎?」


 「速攻で祓う、撃滅する。容赦などしない」


 「幸太郎さん? 聞いてますか?」


 何故か敬語になってしまった美鈴を引きつれながら、俺達は本当に“出る”という噂のお化け屋敷にむかって足を進めた。

 どうやら、本格派を拘った結果“本物”をリメイクして作ってしまったらしいお化け屋敷。

 あまりにも“そういう話”が出過ぎて、今では新しいお化け屋敷が作られ、問題の建物は封鎖されているくらいだ。


 「あ、あの、平気?」


 「問題ない」


 何て会話をしながらも、問題の建物付近に居るスタッフに声を掛けしばらく待っていると。


 「いやぁ、お待たせいたしました。お待ちしておりましたよ」


 そう言いながら、支配人と思われる男性が汗を拭きながら登場した。

 はじめようか。

 俺の仕事は、まずは話しを聞く所から始まる。

 だからこそ、ニヤリと笑みを浮かべて扇子を拡げた。

 ジャキンッ! と凄い音がしてしまったが。


 「幸太郎……いつもの扇子は修理中……」


 「おっと、これは失礼」


 懐に黒い扇子を仕舞いながら、偉い人と思われる彼に微笑みを向けた。


 「さて、それではお話を伺いましょうか?」


 今日も今日とて、いつも通りに。

 語り部の仕事は続いて行く。

 怪異と言う存在が無くなるまで、この仕事は無くなる事は無いのだろう。

 だからこそ、俺は笑う。

 皆が俺を、ちゃんと覚えてくれる様に。

 この“縁”が、寄り良い方向へと事態を進めてくれると信じて。


 「幸太郎、顔」


 「駄目でした?」


 「……嫌いじゃないから、駄目じゃないけど。でも初めてのお客さんの前」


 「もう少し、笑顔の練習でもしますかね」


 「それが良いと思うよ」


 なんて言葉を交わしながら、改めてお客様へと向き直った。

 さぁ、お仕事の時間だ。

 本日の相手は、一体どんなお話を聞かせてくれるのだろうか?

 そんな訳で、今日もお仕事は続く。

 きっとこの先も、こういう人達からの依頼で溢れる事だろう。

 だってこの世は、いつだって“死者”に溢れているのだから。


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怪異相談所の店主は今日も語る くろぬか @kuronuka

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