第40話 価値観


 「ひぃぃ、今まで以上の妖怪大戦争……」


 情けない言葉を溢しながら、私は草むらの中を匍匐前進していた。

 皆の背後に隠れながら、ジッと身を潜めていただけの私。

 でも幸が大きくなった瞬間、幸太郎から『行け』と指示が出たのだ。

 それはつまり、私のお仕事開始の合図。

 嘘だらけのこの空間から、“嘘じゃないモノ”を見つける。

 とてもじゃないが意味が分からないし、この空間が何処まで続いているのか分からない。

 はっきり言えば途方もない作業だ。

 でも、相手は拝殿の中から“本体”を現した。

 安直な考えだが、その出所に何かあるんじゃないかと考え、今現在ズリズリと草むらの中を芋虫の様に這っている訳だが。


 「今日、派手な色の着物着て来なくて良かったぁぁ……」


 幸太郎の“箱庭”から出ているのに、着物姿が持続しているのは正直謎だ。

 しかし、箱庭内ならいくらでも服が変えられるのだ。

 幸に選んでもらった赤い着物とか、雪奈さんに選んでもらった水色の着物。

 あと何となく着てみたいってだけで選んだ桃色の着物。

 そう言ったモノを着ていたら、多分一発でバレていただろう。


 「幸太郎の選んだ服、地味だけどこういう時はマジで便利」


 深い紺色の着物。

 模様は入っているものの、派手ではなく非常に落ち着いた色をしている。

 その為闇に紛れられるっていうのは良いのだが……ごめん、幸太郎。

 滅茶苦茶泥だらけになってます私。

 まぁ“語り部結”に戻れば、汚れなんて綺麗さっぱり吹き飛ぶわけだが。

 でも何となく罪悪が湧くのだ。

 折角貰った着物なのに、綺麗なのに。

 いくら後でどうにでもなると言っても、やはり喜んで汚す馬鹿は居ない。

 何てことを考えていれば、何となくムカムカしてきた。


 「あのおっぱい狐のせいだ、アイツのせいで折角の着物がドロドロになってるんだ。後で絶対殴ってやる」


 妙に悲しくなって来て、ちょっとだけ涙目になりながら匍匐前進を続けた結果。

 建物の入り口についた。

 目の前に映るのは賽銭箱、さっきまであの女が腰かけていた場所だ。

 そして、すぐ近くには。


 「げっ」


 今回の依頼主の女性が、首に縄を巻かれた状態で寝ころがって居た。

 正直、キライだ。

 好きになれる要素が一つも無い。

 こっちは真剣なのにヘラヘラと笑いながら冗談みたいに受け取って、怒られるまでひたすらにカメラを回していた女。

 所謂、迷惑な動画配信者だというのは分かる。

 でも、普通自らの命が掛かっているその時までカメラを回すかね?

 いや、それすら理解していない節があった。

 だとすれば彼女からすればいつもの“ノリ”だったのだろう。

 であれば、もっと嫌いだが。

 何も起こらない退屈な日常、ソレを少しでも変えたい。

 それは分かる。

 皆から認められ、チヤホヤされたい。

 承認欲求という意味では、行き過ぎない限りは理解出来る。

 私だって、家族やバイト先で認められたいと頑張って来たのだから。

 だがしかし、彼女は些か無礼が過ぎた。

 欲望が過ぎた、我儘な行動が目立った。

 だからこそ、私はコイツが嫌いだ。

 このまま放置してやろうか、なんて事も思ったのだ。

 だというのに。


 「チッ、あぁもう!」


 妹が戻って来た事と、バイト先では雪奈さんに注意される事からこういう言葉遣いは封印したと思っていたのに。

 思わず、漏れてしまった。


 「手が掛かる上に傍迷惑なクソヤロウが、助けてやるから感謝しやがれってんだ」


 グリグリと思い切り力を入れながら、彼女の首から縄を外していく。

 大丈夫だ、この結び方の解き方なら幸太郎から習った。

 所謂首つり縄、首縄とも呼ばれるソレ。

 偉く固く結ばれたソレをどうにかこうにか解き、彼女を解放してやる。

 あぁくそ、最初から思ってはいたが顔だけは良いなコイツ。

 これなら配信者として人気が出るのも分かる。

 こんな危険な肝試しを繰り返すだけの度胸があれば、それはもう賑わう事だろう。

 ソレに味を占めた結果が、この惨状だが。


 「助けたけど、いいよね。指示された内容とは違うけど」


 チラッと皆の方に視線を向けてみれば、もう意味が分からなかった。

 幸と思われる黒い影が飛び回り、狐と齧り合っている。

 そして幸太郎の脇で、雪奈さんが両手を狐に向けながら猛吹雪を起こしていた。

 これだけで、もうファンタジーだ。

 だというのに。

 なんか、幸太郎が突っ立ったまま青い扇子を拡げている。

 普段使う赤い方ではなく、たまにしか見かけない青い方。

 その表情は扇子に隠れて伺えないが、正直。

ここからどうなるのか、想像もつかない。

 だとすれば、私はさっさと自分の仕事をするべきだろう。

 とりあえず依頼人を建物内に引っ張り込み、思いっきりその頬を引っ叩いた。


 「起きろ」


 パァン! と音がする程強めに叩く。


 「起きろって言ってるだろ」


 スパァン!


 「寝てる場合じゃねぇ! お前の介護までは仕事に入ってねぇんだよ!」


 ズパァァンッ! と音がする程に強く引っ叩いてみれば。


 「はっ!? へっ!? いったぁ!」


 やっと起きた。

 顔が良いからって、いつまでも白雪姫してんじゃねぇぞ。


 「あ、アンタ確か先輩が連れて来た……」


 「黙れ、騒ぐな。今はお前がピーピー騒いでも安全に帰れる場所には居ねぇんだよ」


 思い切り睨みつけてみれば、彼女はヒッと声を上げながらガタガタと震え始めた。


 「暴力でどうにかするつもりですか!? 私は結構な知名度のある配信者ですよ!? 私に何かあれば――」


 「何かある以前に帰る為に静かにしろって言ってんだ。外を見てみろよ」


 ガタガタと震える彼女に声を返してみれば、彼女はそっと外の光景を覗き込む。

 そして、何を思ったのかその場から立ち上がり駆け出そうとしやがった。


 「馬鹿! 何やってんだ! 見て分かるだろうが! 近づくな!」


 「放してよ! こんな現実と思えない光景、撮り逃したら絶対後悔する! カメラ、カメラは何処!?」


 はぁ? と思わず声をあげてしまった。

 コイツ、この状況でまだ動画なんぞを撮ろうと思っているのか?

 馬鹿なのか? どう考えても近づいただけで死にそうな光景なのに。

 それなのに、眼が覚めた瞬間言うに事欠いてカメラ?

 マジで病気だコイツ。


 「私はもっともっと有名になるの! 普通の人には撮れない映像を残して、私はソレを実況して。そうすれば私はお金が稼げるし、もっともっと有名になれる! 私を馬鹿にしていた奴等全員を見返す事が出来るの!」


 「はぁ?」


 今にも飛び出そうとする馬鹿を抑えながら、どうにか声を返してみれば。

 彼女は今まで以上に強い視線を返して来た。


 「アンタみたいに綺麗な子には分からないでしょうね! ずっとブスだから虐められて、ブスだから存在価値も無いみたいに扱われてた女の気持ちなんて!」


 「いや、え? は?」


 コイツは、何を言っているのだろうか?

 というか急にどうした?

 何か鬼気迫る様子で現場に飛び出そうとしているのだが。


 「私はね、友達にも同級生にも、それに親からもブスって言われて来たのよ。誰からも蔑まされた瞳を向けられて、今まで生きて来た。だったら承認欲求が他人より強くたって仕方ないじゃない。皆が認めてくれるんだもの、凄いねって言ってくれるんだもの。だったら体くらい張るよ!」


 「あ、あの……さっきから何を言って……」


 「鈍いわねクソガキ! 私は整形でこの顔を手に入れたって言ってんの!」


 今までの経験とは違う意味で、衝撃が走った。

 漫画や小説なんかでは度々目にして来た“整形”という言葉。

 顔の形を変える、そんなイメージしかなかった。

 私が綺麗だと思っていたその顔も、作られたモノだと彼女は言い放った。


 「ははっ、何驚いた顔してんの? 今時珍しくも無いでしょ、整形なんて。アンタみたない顔に生まれていれば、こんな苦労は知らないでしょうけど。私みたいな陰キャ、特にブスは苦労するのよ? 何をやるにしても、いつだって同等には並べない。だからこそ、私は自分のマイナスをお金を使って消したの。文句ある!?」


 そう叫ぶ彼女は、非常に激高していた。

 私は別にソレそのモノを責めた訳じゃないし、この人の人生をどうこう言ったつもりは無い。

 だというのに、彼女はまるで自らの人生を否定されたかのように激高している。

 何故だ?


 「あのさ、アンタは何にそんな怒ってる訳?」


 「はっ! これだから陽キャは。アンタには分かんないわよ」


 なんだか、その言葉にブチッと来た。


 「アンタさ、何様のつもりな訳?」


 「は?」


 とぼけた顔の女の頭を掴んで、外の光景を見せつけた。

 そこには、いまでも戦っている仲間達の姿がある。

 戦っているのだ、この現代で。

 怪異とかいう意味の分からないモノに対して、自らの命を掛けて。

 普通に生きていれば、遭遇する確率の方が少ない存在。

 普通に生きていれば、“戦う”という機会さえないこの現代で。

 この場では、コイツのいう感情論なんて何の価値も無い。

 何の力にもならないのだ。


 「見ろ! 気付け! この大馬鹿者!」


 「い、いたっ! アンタさっきから何を言って――」


 「アイツ等が、誰の為に戦ってるのか。まだわかんないの!? アンタを連れ戻すのはもう無理かもって、幸太郎は言ってた。でも戦ってるの! 何でか分かんない訳!?」


 もう知るかとばかりに、私は彼女に怒鳴りつけていた。

 こんな大声を上げれば相手に気付かれるかもしれない、幸太郎の作戦も失敗するかもしれない。

 でも、言わずにはいられなかった。


 「アイツ等は、アンタを救う為にその身を削ってるのよ! やりたくもない、稼ぎにもならない仕事なのに血を流しながら戦ってんのよ! それなのにさっきから聞いてれば何だ! 陽キャだ陰キャだと、まるで自分は被害者みたいな顔して! アンタの中ではアンタは被害者だとしても、こっちからしたらアンタのせいで被害が出てるのはこっちなのよ! 被害者の痛みを知っているなら、次の被害者を生むんじゃないわよボケナス!」


 叫んでから、彼女を建物内へと放り投げた。

 それこそ、柔道みたいに。

 そして、馬乗りに跨ってから。


 「アンタの言う所の“陰キャ”の私が教えてあげるわ」


 「いや、は!? アンタみたいなのが陰キャな訳……」


 「友達も居なければ、普通に虐めにもあった。売春ウリの噂まで流されて、どこまでも孤立した高校生活を現在進行形で送ってますが?」


 それだけ言って、右の拳を振り上げた。

 相手は随分と怯えた表情を浮かべていたが、知った事か。


 「歯を食いしばっておいた方が良いですよ、思いっきり行きますんで」


 それだけ言って、思い切り拳を振り下ろした。

 彼女のすぐ隣の床へ向かって。

 ズダンッ! と凄い音を鳴らしながら打ち付けられた拳からは、ジィィンと鈍い痛みが広がって来る。

 きっと、こんな事をしたと知られれば皆怒るのだろう。

 雪奈さんは救急箱を片手に、“女の子なんだから”といって叱って来るのだろう。

 幸に関しては、“その手で料理が出来るのか?”とか呆れた視線を向けてくるかもしれない。

 そして幸太郎は、きっと。


 「駄目だよ? 傷つけるという事は、自分も傷つく事の同義だ。特に君みたいな子は」


 そう、言ってくれるのだろう。

 コレが、私の“縁”。

 私の持っている“繋がり”。

 私が何者かではなく、外見がどうとかではなく。

 私を私として見てくれる。

 ソレが、あの場所なんだ。


 「自分勝手が出来る範疇なら好き放題やったって良いよ、でももうその枠組みを超えちゃってるんだ。生きるか死ぬかっていう領域まで来てるんだよ。だからさ、もう邪魔しないで。大人しく、助けられてよ」


 それだけ言えば、彼女は大人しく頷いてくれた。

 正直コレが正解だったのか、コレで解決したのかは分からないけど。

 それでも、大人しく付いて来て来る気にはなった様だ。

 であれば、私は私の仕事をしよう。

 彼女から身を引いて、周囲を見渡す。

 怪しいのはどう見ても祭壇付近。

 この建物から“あの狐”が出現したのは間違いない。

 だとすれば、この中に何か……。


 「あ、あれ?」


 祭壇へと近付いて行く中、一か所だけ床がおかしな感触を返して来た。

 思わず何度か踏み込み、他の床と違いを確かめていれば。


 「あ、あった! コレが元凶に間違いないよ!」


 「あ、ちょっと! 馬鹿! 今すぐ放しなさい!」


 「へ?」


 私が床を確かめている間に、依頼者が祭壇を漁っていたらしく。

 彼女は満面の笑みで、真新しい狐の面をその手に掲げていた。

 多分、としか言えないが。

 それは絶対違うと思う。

 どう見ても囮として設置されたソレ。

 だからこそ、慌てて彼女の手からその仮面をはたき落した。

 しかし、どうやら遅かった様だ。


 『子鼠共が、こんな所で何をしているのかな?』


 振り返ったその先には、巨大な狐が頬を吊り上げているのであった。

 あぁ、ヤバイ。

 終わったかも。

 そんな事を思いながら、こっちも無理矢理ニコッと引きつった笑みを返すのであった。


 「私達なんか相手して良いんですか? 狐の化け物」


 『あぁん?』


 「貴女は今、私の知る中で“生者”最強を相手にしている。貴女達“怪異”にとって最悪の存在と対峙している。なら、よそ見は良くありませんよ?」


 強がりながら、虚勢を張りながら。

 そんな台詞を吐いたその瞬間。


 「全く、その通りだよ」


 そんな言葉と共に狐は建物の外へと引っ張り出された。

 相手の尾に噛みついた幸が、偉い勢いで狐を庭に放り出した。

 更にはその先で、雪奈さんが吹雪を巻き起こす。

 そして、二枚の扇子を掲げるその人の姿が映った。


 「幸太郎……やっちゃえ!」


 「期待には、応えようかな」


 やけに軽い口調で、彼は二枚の扇子を相手に向かって投げつけた。

 まるで投扇興とうせんきょうでもするかの如く、ゆったりとした動きで。

 ゆらゆらと紙飛行機の様に飛んで行った扇子二枚は、狐の左右へと舞い降り。


 「なに、それ……」


 「世の中には色々な“道具”や、その使い方があるのですよ?」


 いつもの調子で笑う幸太郎だったが、視界の先は凄い事になっていた。

 相手が、捻じれているのだ。

 ギチギチと音を立てながら、雑巾を絞るみたいに。

これ、このまま行けば普通に勝てちゃうんじゃ……なんて事を思った瞬間、咆哮を上げる化け物。

 そして、左右の扇子は粉々に砕け散った。

 いや、え、マジで?

 あれって幸太郎が使うメイン武器というか、そういうモノだと思ってたんだけど。

 それさえもぶっ壊せるくらいヤバイ相手なのか?


 「仕事を続けなさい、美鈴。大丈夫」


 私の焦りなど気にも留めない様子で、幸太郎は静かな声を上げた。

 それこそ、いつも通りの薄ら笑いを浮かべながら。


 「りょ、了解!」


 だったら、私は私の仕事をしよう。

 どうにも、やはり今回はそう簡単には済ませてくれない相手の様だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る