第27話 探す女


「ぎゃああぁぁぁ!」


 幸太郎を呼びに言った矢先、廊下の先から随分な悲鳴が上がって来た。

 間違いなく男性のモノ。

 思わずビクッと反応してしまったが、少し経って落ち着いてくると首を傾げてしまった。

 え、今の誰の声?


 「美鈴、知ってる声? 今のは生きた人間の悲鳴だねぇ」


 「いや、分かんないけど」


 「い、今の声! 新井だ!」


 どうやら学校の生徒だったらしい。

 先生だけがいち早く反応したが、走り出そうとはしない。

 何をやっているのかと振り返って見れば、チラチラと幸太郎へと視線を送っていた。

 あぁなるほど、先行してくれと言いたい訳か。

 怖いのは分かるが、一応言ってやりたい。

 ヘタレめ。


 「ま、行ってみますか。 雪ちゃんが向かったなら心配ないと思うけど」


 のんびりと歩き出した幸太郎に続き、私達は声のした方向へと向かった。

 多分さっき私達が探索した隣の部屋。

 距離自体はほとんどないので、すぐに到着する訳だが。


 「多分ココ、隣の部屋探ってる時に音がしたから」


 「ほいほい、それじゃお邪魔しま~すっと」


 どこまでもマイペースに幸太郎が扉を開け放てば、部屋の中央に立ちすくむ雪奈さん。

 こちらを振り返って、困った様な笑みを浮かべているが……何かあったのだろうか?

 なんて事を思っていると、原因が部屋の隅に蹲っている事に気付いた。

 体を小さくして、膝を抱えながらガタガタと可哀そうなくらいに震えている。


 「主様、お願いしてもよろしいですか? どうにも、女性に対して非常に怯えているらしく……」


 「へぇ、箱庭の主は女性なのかね?」


 とかなんとか、やはりマイペースに話を進めいく二人だったが。


 「新井! 新井だよな!? 無事か!?」


 「せ、せんせぇ!」


 私達を押しのけた先生が、新井と呼ばれた男子生徒に向かって走った。

 その後抱き合うようにして抱擁しながら、二人して膝をついてその場に座り込んでいる。

 うん、こんな所まで助けに来てくれた先生って感じではあるんだけど、さっきまでその人絶対前に出なかったからね。

 あと怖かったのは分かるけど、絵面が酷いから早く落ち着きなさいよ。

 流石に口には出さないけど。


 「いやぁ、絵面が酷いねぇ」


 「言うんだ、言っちゃうんだ」


 「一応救助された感動的なシーン……ではあるんですかねぇ?」


 三人そろって微妙な表情を二人に向けてしまったが、二人はそれどころではないらしく。

 先生は「よく頑張ったな! もう大丈夫だ!」みたいな事を言いながら彼の背中を叩いている。

 もう一方の男子生徒は随分と追い込まれていたのか、先生に縋りついたまま大声で泣き叫んでいた。

 まあ随分と長い事こんな世界に居たんだから、流石に絶望した事だろう。

 しばらく待ってあげようじゃないか。


 「感動の再会の所失礼しますね? 何があったのか、何を見たのか教えて頂いてもよろしいですか? あまり時間がないモノでして」


 声掛けちゃうんだ。

 二人の隣に腰を下ろし、ニコニコと微笑みを浮かべる幸太郎。

 空気が読めないだけなのか、それとも本当に時間がないのか。

 行方不明者がでてから随分経っているので、急いだ方が良いのは確かなのだろうが。


 「えっと……アンタは……?」


 「初めまして、今回こちらの先生から依頼を受けました“語り部 結”の店主、結幸太郎と申します」


 「見た目的に陰陽師とか、そういう?」


 「正確には違いますけど、まぁ似たようなモノだと思ってください。 で?」


 「えっと……」


 その後彼が語った内容は、随分と奇妙な物語だった。


 ――――


 「コレ、マジで異世界に来ちゃったって事?」


 「すげぇ……」


 真っ黒な世界、何処まで見ても荒廃した世界。

 ソレを見た時は、正直テンションが上がったのを覚えている。

 都市伝説が本物だったという事実、そして見たことも無い世界。

 二人してギャーギャーと騒ぎながら、ビルの屋上から周囲の写真を撮ったり、自撮りしたりと楽しんでいた。


 「んじゃ、そろそろ帰るか」


 「何言ってんだよ、もっと色々探索しようぜ!」


 そんな訳で見事意見が分かれたが、それでも好奇心が勝った。

 乗って来たエレベーターは何故か動かなくなっていたので、仕方なく階段を使う。

 本当に異世界だ、誰も居ない。

 マンションの扉はどこも開いているし、いくら騒いでも誰からも文句を言われない。

 もはや有頂天になりながら、俺達は階段を下りたり適当な部屋で暴れたり。

 とにかく楽しかったんだ、“あの女”が現れるまでは。


 「あれ? 何かスマホの表示おかしくなってね?」


 「そりゃ異世界だからっしょ、不思議あるある、異世界あるある!」


 なんて、訳の分からない事を言いながらテレビをつけてみると、偉く古い映像が映し出された。

 どこかのマンション? の室内。

 まるでAVとかにある定点カメラみたいな感じで、視線は動かず室内にいる人物たちだけが動いていた。

 どのチャンネルに回しても、どれも一緒。

 なんだこりゃ?

 なんて思っている時だった。


 ――コンコンッ。


 思わず二人して黙ってしまった。

 今、間違いなく部屋の扉をノックされた。

 誰も居ない世界な筈なのに、俺達以外存在するはずがないのに。

 それでも、ノックの音は続く。

 コンコンッ、コンコンッと。

 息を殺して鳴り止むのを待ってみるが、いつまで経っても相手は諦めなかった。

 まるで「ここに居るのは分かっているんだぞ」と言わんばかりに、俺らが反応を示すまでノックを続ける。


 「俺、ちょっと出てみるわ」


 「は!? いや、ヤバいだろ!」


 友人が痺れを切らしたのか、冷や汗をかきながらも立ち上がった。

 ダメだ、コレは扉を開けちゃいけない奴だ。

 直観的にそう感じていた。

 だからこそ必死で止めたのだが、彼は聞かなかった。


 「このままこの部屋に立て籠もっても、相手が外で待ち伏せしてたらどうすんだよ! だったら正面からいった方がマシだ!」


 そんな事を言い放ち、彼は玄関へと走った。

 そして勢いよく扉を開いた……その数秒後、音が消えた。

 最初は彼の叫び声が聞こえていたのだ、だというのに。

 今は、何の音もしない。

 恐る恐る玄関の方を覗き込んでみれば、そこに間違いなく彼は居た。

 居るが、身動き一つ取らずに突っ立っていた。

 更にその向こうには、一人の女が。


 「お、おーい……大丈夫かー?」


 小声で友人に呼びかけてみたが無反応。

 その代わり彼の横から覗き込む様にして、女が俺の事を見つめて来た。

 見た目は普通というか、何処にでもいる主婦って感じ見た目。

 だというのに、彼女と目が合った瞬間。

 ゾッと全身に鳥肌が立ったのを感じた。


 『マた、迎えにきますネ?』


 ニコッと微笑む彼女は、あり得ない位瞼を開いて俺の事を見た。

 眼球が飛び出してしまうんじゃないかと思える程眼を見開いて、俺の事を“覚えよう”としていた。


 「ひっ!」


 何が普通の主婦だよ。

 あんなの、人間な訳がない。

 眼はあり得ない程見開き、口は三日月のように吊り上がっている。

 どう見たって異常者、何処からどう見てもヤバイ奴だ。

 何故を彼女の事を見た瞬間、一瞬だけも“普通”だなんて思ってしまったのだろう。

 そんな事を考えている内に、女に連れられ友人は部屋を出ていく。

 何も喋らず、自らの脚で彼女について行く。


 「お、おい!」


 思わず叫んで後を追おうとしたが、震える足がいう事を聞いてくれなかった。

 そして。


 『マタ、明日……迎えに来まスね?』


 それだけ言って、彼女は去って行った。

 友人を連れて。


 その後しばらくしてから、俺は無我夢中で走り、最初に訪れた屋上へと向かった。

 友人の事は心配だが、“アレ”は関わって良い存在じゃない。

 明日彼女とあってしまったら、俺もアイツみたいに……。


 「くそっ! なんで動かないんだよ!」


 何度エレベーターのボタンを押しこんでも、何の反応も示さない。

 どうすれば良いってんだ、こんなの。

 いくら何でもあり得ない事が起こり過ぎだろ!

 誰に対してでもなく文句を垂れながら、いつまで経っても動かないエレベーターのボタンを押し続けたのであった。


 その後、いくつか気づいた事がある。

 “エレベーターで異世界に行く方法”というのは聞いた事があったが、帰る手段が書かれていなかった事。

 そして、翌日……とはいってもずっと夜なので、一日経ったのかは分からないが。

 またあの女に会った。

 今度は廊下、その先に彼女が立っていた。

 慌てて近くの部屋に逃げ込んでから鍵を閉め、ひたすらに続くノックの音に耐えていると、やがてその音は鳴り止んだ。

 どうやら、出て来るまでずっと続けるという訳では無いらしい。

 もしかしたら彼女が近くで待っているんじゃないかと恐怖におびえながらスマホを覗き込むと。


 「なんだよ、コレ……」


 アプリのアイコンは全て真っ黒に染まり、タップしてみればテレビと同じ映像が映る。

 やる事は無いが、何かをしていないと落ち着かない。

 そんな気持ちで映し出される映像を眺めていた。

 すると。


 そこに映し出されていたのは、一人の女性。

 その部屋で生活する彼女の姿を淡々と写し出す映像だった。

 盗撮映像みたいだな……なんてぼんやりと考えながら、スマホを眺めていた。

 一人分の料理を作り、晩酌しながらテレビを見る彼女。

 映像は進み、着替える姿や風呂上りなんかもばっちり映っている。


 「何で俺、こんな所に来て盗撮モノのAV見てんだろ……」


 はぁ、と溜息を溢しながらスマホの切ろうとした瞬間。

 映像の中に変化が訪れた。

 AVだなんだと言っていたのは、あながち間違いじゃなかったのかもしれない。

 突然部屋に入って来た男性、その彼と口論を始める彼女。

 やがて雲行きが怪しくなり、男性が彼女の事を殴り飛ばした。

 そして、玄関に向かって何かを叫ぶ姿が写し出されていた。


 「おいおいおい……なんか、ヤバイ映像じゃねぇのコレ……」


 もう今の段階でも十分にヤバイものではあるのだが。

 映像は進み、俺の嫌な予感は的中した。

 部屋に入って来たのは複数の男性。

 彼等は無理やり彼女の衣服をはぎ取り、更には性的な虐待を始めた。

 一方先程口論していた男は、ニヤニヤした表情でビデオカメラを回している。

 あ、コレ……ガチの犯罪現場。

 思わず背筋を冷やしながら、画面を食い入る様に見つめていると。


 「お、終わったのか……?」


 男たちは退出し、最後にカメラを回していた男が何かを叫びながら、彼女の財布をポケットに入れて出て行った。

 最悪だ、最悪の気分だ。

 男の俺では、彼女の気持ちが理解出来るとまでは行かないのだろうが。

 とにかく胸糞悪い気分だった。

 そして。


 「おい、おいおいおい! 何やってんだよ、止めろよ!」


 玄関と部屋を繋ぐ扉の辺り、カーテンなどを設置する為に有るのだろう横に伸びるバー。

 それにロープを結び、更には自身の首に巻き付けていく。

 止めろ止めろ、本当に勘弁してくれ。

 そんな願いは、あっさりと打ち砕かれた。


 「あっ……」


 それ以外に、声が出なかった。

 椅子を蹴り、ぶら下がった彼女。

 最初の内は藻掻いていたが、すぐに大人しくなってテルテル坊主の様にぶら下がっている。

 そんな、非日常な光景。

 その映像が、未だ俺のスマホには表示されている。


 「も、もう終わりだよな……?」


 呆然としていた頭がやっと思考を取り戻し、今度こそスマホを切ろうと指を伸ばした瞬間。

 映像の中の、彼女が動いた。

 別に生き返った訳じゃない、単純に縄を中心に回転し始めただけだ。

 ゆっくりゆっくりと回転しながら、カメラの方へと顔を向けてくる。

 玄関を向いて首を吊った彼女、それが室内に向かって回転して来た。

 思わず指を止めてしまった、ソレが、間違いだったのだろう。

 もう、見るのを止めるべきだった。


 「ヒッ!」


 こちらを向いた彼女の表情、それは間違いなく見覚えがあるモノだった。

 眼球が飛び出すくらいに見開いた瞼、三日月の様に吊り上がった口元。

 笑っていた、とにかく異常な程笑っていたのだ。

 憎しみをその瞳浮かべながら、彼女は笑いながら死んでいた。

 おかしくなってしまったのか、それとも“今みたいな形”での復讐を誓ったのか。

 答えは分からないが、彼女は俺と会った時の様な、歪んだ微笑みを浮かべながらこちらを見ていた。

 そして映像は途切れ、急に鳴り響く着信音。

 宛名は、ない。


 「も、もしもし?」


 耳に当ててみれば、サーッという薄いノイズ。

 しばらく待ってから聞こえて来たその声は。


 『探してイルんです。 “その”彼等を。 ご存ジ、在りまセンか?』


 間違いなく、あの女だと理解した。


 「ヒィ!?」


 思わず手放し、投げ出したスマホ。

 その画面には、あり得ない光景が広がっていた。

 電話、メール、アプリの通話、メッセージ。

 様々な表示が現れては、誰彼構わず“何か”を勝手に送信してく異常事態。


 『アハハハハハ!』


 そんな中、彼女の笑い声だけが室内に木霊していた。

 スマホから漏れる笑い声、そして画面に映るのは友人達へと向けられた救助のメッセージ。

 あぁそうか、コイツはこうやって“異世界”に人を引き込んでいるんだ。

 この異常な連鎖が、こうやって続いていく。

 その“原因”として、俺は今使われているのだ。


 「もう……勘弁してくれ」


 俺は目を瞑り、耳を塞ぎ、布団を頭から被る事しか出来なかった。

 早くこの悪夢が醒めてくれ、そう願いながら。

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